売り上げ37兆円でも覚えるのは“危機感” 躍進するトヨタを支える原動力
2023.06.07 デイリーコラム売上高は過去最高も減益に……
毎年5月といえば、日本企業の決算発表の時期である。実際、今年も日本の自動車メーカー各社の2022年度(2022年4月~2023年3月期)の決算が相次いで発表された。足もとの円安もあって、国産メーカーの多くが過去最高の売上高を記録して、増収・増益となったという。これは素直にめでたいのだが、常に注目を集めるトップメーカーのトヨタはちょっと様相がちがった。
トヨタといえば、昨2022年はダイハツや日野も含むグループ全体の販売台数が3年連続で世界一となった。しかも、この5月の決算発表によると、2022年度の売上高も2年連続の過去最高となる37兆1542億円を記録している。しかし、営業利益は2706億円(7.3%)マイナスの2兆7250億円。……つまり、多くのメーカーが増益とするなかで、よりによってトヨタは“減益”だったのだ。
トヨタによると、減益の最大要因はもちろん原材料費の高騰だが、これは他社も同じだ。しかし、トヨタは原材料高に悩むサプライヤーに対する支援、サプライチェーン全体の体質強化、さらに研究開発費の積み増しなどの支出が増えたことによる減益と説明する。
減益といっても、トヨタが1年間で稼ぎ出した営業利益そのものは前記のように2.7兆円強(!)。トヨタ以外の日本メーカーのそれとは、文字どおりケタちがいである。
さらに、今後は半導体供給の好転が予想されることに加えて、サプライチェーンの体質改善や工場稼働率向上へのこれまでの取り組みも実を結び、来る2023年度は、トヨタとレクサスの世界販売台数が1040万台まで増加(2022年度は961万台)して、営業利益は日本企業初の3兆円(!!)の大台を見込む。やっぱり、トヨタは強い。
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上海ショックによる危機感
今回の決算報告からは、ほかにもトヨタの強みが見て取れる。たとえば、地域別の収益でも、北米と欧州では為替の変動以上に原材料費の高騰が響いて、ともに減益となったいっぽうで、日本やアジア、その他の地域では逆に増益になっているのだ。
トヨタは電気自動車(BEV)だけでなく、ハイブリッド車(HEV)にプラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池車、さらには水素エンジンをはじめとした内燃機関(ICE)を含めた“全方位戦略”を掲げる。豊田章男前社長が「2030年までに350万台のBEVを生産」とブチ上げても、投資家筋から「BEVに消極的」と叩かれたのは、この全方位戦略が“煮え切らない態度”と受け取られたからだろう。
ただ、トヨタが全方位戦略にこだわるのは、北米や欧州、中国といったBEVを強力に推進する市場だけでなく、前記のように、世界中でくまなくビジネスをしているからである。世界にはまだICEが普及途上の地域もあり、その後にHEV、そしてPHEV……と段階を踏む必要があると考えているのだろう。
しかし、今年春の上海モーターショーは、中国メーカーがBEVの技術と開発スピードを世界に見せつけたことで“上海ショック”と形容された。そして、その上海ショックに最大の危機感をもった日本メーカーが、ほかでもないトヨタだったともいわれる。
今回の決算報告に出席した佐藤恒治新社長も、あらためて全方位戦略の堅持を表明しつつも「とくに進展の速いBEVについては2026年・150万台を基準としてペースを速める」「米国・中国を中心に2026年までにBEVを10モデル投入」、さらには従来の「ZEVファクトリー」を廃止して、BEV専任組織「BEVファクトリー」を新設することを発表した。こうした、これまで以上に、近い将来の、かつ具体的でスピード感のあるBEV戦略を発表したのも、そうした危機感からだろう。
先述のサプライヤー支援、サプライチェーン強化、はたまた過去最高の1兆2416億円まで積み増した研究開発費にしても、それは危機感の表れともいえる。だからこそ、世界一の販売台数と過去最高の売り上げを記録しつつも、その決算発表の場はどこか緊張感があった。
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DNAに刻み込まれた危機感
もっとも、この危機感こそがトヨタ最大の強みかもしれない。
筆者は以前、トヨタから日産に転職した人物に「トヨタと日産の最大のちがいはなにか?」とたずねたことがある。その人は「トヨタは入社すると、まず徹底的に危機感を叩きこまれます。トヨタは明日にでも倒産するかもしれない、トヨタは日本経済を支えている、だからトヨタの経営が傾けば日本が傾く……と本気で考えるようになります。トヨタの人間は本能的に無駄づかいができなくなるんです(笑)」と冗談めかしながら答えてくれた。ちなみに、日産は「ルノーとの提携以降の入社なので、どこか日本の企業っぽくないのが面白いです。社員も国籍、年齢、性別を問わずに多様性に富んでいます」とのことだった。
もちろん、これはあくまで一個人の印象・感想なのだが、別の機会にお会いしたトヨタマンに対する印象と符合する。
それは、ある縁で欧州の某モーターショーに、トヨタでクルマ開発をしているエンジニア氏を案内することになったときのことだ。ショー前日の夜には夕食もともにさせていただいた。けっこう高級なお店だったのは、氏が多くの部下を抱えるそれなりの肩書をもつ人物だったからかもしれない。
ただ、氏にお任せしたメニュー選びはじつに入念で、料理ひとつひとつのコスパを徹底して吟味する姿に、先述のインタビューを勝手に重ねて「トヨタだなあ」と妙に感心してしまった。その結果として、とても美味しい料理を意外に手ごろな値段で食することができたのもウソではない。
また、翌朝のショー当日は出発点となったホテルから会場までタクシーで移動する予定でいた。しかし、筆者はちょっとした世間話のつもりで「バスでもいけます」とポロッと口にしたら、氏はがぜん強い興味を示して、結局はバスでいくことになった。それは通勤ラッシュ時間でもあるので、座ることもできない20~30分の移動となったが、専用レーンを走るので渋滞を避けられないタクシーよりは少し早く着く。氏はその点をいたく気に入ったようで、筆者と別れた翌日からもバスで通ったそうである。大メーカーのそれなりの地位にあるエンジニアなら、モーターショーくらいタクシー移動でもバチは当たらない(?)だろう。しかし、所要時間と運賃でいえば、コスパはバスの圧勝であり、トヨタ的思考ではバスに乗らない手はないということか。
……とまあ、これはあくまで筆者個人の数少ない経験談でしかないが、この特有の“危機感”は、経営危機と労働争議によって豊田喜一郎初代社長が辞任に追い込まれた1949年以来のトヨタのDNAともいわれる。
日本の自動車メーカーの過半数がトヨタとの提携関係にあるいま、トヨタの成否がわが国の自動車産業に与える影響は、これまで以上に大きい。トヨタの危機感こそがニッポンを救う……のかどうかは分かりませんが。
(文=佐野弘宗/写真=トヨタ自動車/編集=藤沢 勝)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。