ベントレー・ベンテイガEWBアズール ファーストエディション(4WD/8AT)
健やかなラグジュアリー 2023.08.01 試乗記 ベントレーのラグジュアリーSUV「ベンテイガ」に、ロングモデルの「EWB(エクステンデッドホイールベース)」が登場。「ミュルザンヌ」の後継を担う“フライングB”の新しい旗艦は、その肩書とは裏腹に“控えめさ”を感じさせる一台となっていた。ベントレーが提唱する高級車の新しい価値に迫る。ロングのほうがそれらしい
筆者にとって初めて見るベントレー・ベンテイガEWBは、標準のベンテイガより佇(たたず)まいが控えめであるように感じた。え? このでっかい、黄金色のSUVが控えめだなんて、筆者の目は節穴か。と読者諸兄はいぶかられるかもしれない。じつのところ、書いていて懐疑的である。控えめ。アンダーステイト。でも、そう感じたのは本当である。あくまで標準型との比較の話かもしれないけれど、そうなのだ。
例えば、グリルである。レーシーな網模様ではなくて、オーセンティックなクロームの縦方向のスリット型に変わっている。これが攻撃性を薄め、華やかさと同時に落ち着きを醸し出している。真横から見ると、後ろのドアの長さに一瞬ギョッとする。ホイールベースが180mmも延びているのだから当然だ。でも違和感がない。しばらく眺めていると、長い胴体がプロポーションをより流麗に見せ、いわばドレッシーなスカート、男性の服装でいえば、えんび服のような優雅さを感じさせる。フォーマル感がアップしていて、ベンテイガは最初からこうだった、と思わせる。
フロントのドアを開けると、真っ白の内装が歓迎してくれる。結婚式の会場さながら。それでも、この白はシルクというより木綿のような白さで、控えめに感じる。
テスト車が「アズール」であることもあるかもしれない。アズールはベントレー各モデルに共通するグレードのひとつで、ウッドパネルや刺しゅうなど、吟味した素材と多めの職人仕事による、正統的英国調の内装を特徴とする。写真では真っ白けでハデに見えるけれど、落ち着いた雰囲気がある。22インチのアズール専用のキラキラのホイールは外観の話で、乗車すると見えなくなる。
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実車に見る“控えめ”の美学
でもって、この個体はそのベンテイガEWBアズールの“ファーストエディション”である。名前のとおり、発売記念でつくられた限定モデルで、随所に「First Edition」と入っていたり、本来はオプションの高級オーディオをあらかじめ装備していたりする。ちなみにベンテイガEWBアズールの車両価格は3162万5000円。そのファーストエディションは200万円高である。
安いではないか。あくまで比較の話です。世のなかにはもっと大きくてぜいたくなSUVがある。例えば、「ロールス・ロイス・カリナン」。カリナンのホイールベースは3295mm、全長は5340mmもある。対するベンテイガEWBのホイールベースは、広げられたといっても3175mmで、カリナンより120mm短い。カリナンに並ぶには300mm延ばす必要があったのだ。でも、ベントレーはそれをしなかった。そこにベントレーの控えめさを筆者は見る。
フロントのキャビンはフツウの現行ベンテイガと変わらない。リアは、この個体がオプションのエンターテインメント用のスクリーンを装備していなかったこともあって、がらんどうみたいにシンプルである。天然自然のウッドとレザーに覆われてはいるものの、それよりも新幹線のグリーン車よりも広い足元とSUVだからこそ可能な大空間に目を奪われる。余計なものがないその大空間を利してリクライニングするシートがそこにある。
ベンテイガEWBの目玉のひとつが、オプションで用意される「エアライン・シート・スペシフィケーション」という名称のリアシートである。後席乗員のウェルビーイング(健康で安心なこと。幸福)に配慮したというこのシートは、世界初の自動温度感知システムと、世界初ではないものの、先進的な姿勢制御システムを備えている。前者は乗員の体温と路面の湿度を25ミリ秒ごとに0.1°Cの精度で感知し、7段階ある温度から希望の温度を選ぶと最適な環境を保ってくれる。後者は12個の電気モーターと3個の空圧バルブECUユニットを、マスターECUで制御し、乗員の着座位置やツボを自動的に微小調整して、移動中の疲労を最小限に抑えるという。マッサージ機能ではなく、シート表面を微妙に変化させて、体の同じ部分に長時間の圧力がかかることを防ぎ、それによって乗員に快適さを提供する……らしい。なんと控えめなことだろう。
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もう数字の大きさで競う時代ではない
もっとも、今回のショーファーは筆者のみだったため、このエアライン座席のスペックを長時間楽しむことはできていない。
筆者が行ったのは、ベンテイガEWBをひたすらドライブすることだった。驚くべき静粛性と、高速直進時の安定性、街なかでフツウに運転しているときの運転のしやすさには、さほど驚かなかったけれど、そのフツウさの裏には少なくとも4輪操舵システム(4WS)の働きがある。ホイールベースが180mmも広げられ、3mを楽々超える長さがあるというのに、その長さをみじんも感じさせない。
4WSの威力は、低中速の山道でも顕著で、巨体に似合わぬオン・ザ・レール感覚でもって、スイスイ俊敏に走ることができる。高速巡航時の安定感とは別人格といってよい。
書き忘れていたけれど、エンジンは4リッターV8のみである。排気量3996ccのV8直噴のこれは、ツインスクロールターボチャージャーを2基装着することにより、最高出力550PSと最大トルク770N・mを発生する。チューンは異なるものの、「ポルシェ・カイエン」のすごいやつや「アウディRS Q8」などのV8と同型の高性能ユニットである。
とはいえ、世のなかには6.75リッターのV12ターボもあれば、6.5リッターV12を搭載するイタリアのSUVもある。同じV8でも、もっと強力なパワーを主張するSUVもある。ベンテイガにも6リッターW12は健在だ。それらに比べると、なんて控えめなことだろう。
ベントレーによれば、ベンテイガEWBは単にベンテイガのホイールベースを180mm延ばしたモデルではなくて、ミュルザンヌの後継、すなわちブリティッシュGTの名門、ベントレーの新しい旗艦だというのに。
その新しい旗艦が掲げる旗は、300km/hオーバーの超高性能ではなくて、ウェルビーイングということのようである。乗ると健康になる。高級車に限らず、今後の自動車のテーマのひとつになるのではあるまいか。
(文=今尾直樹/写真=荒川正幸/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
ベントレー・ベンテイガEWBアズール ファーストエディション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5305×1998×1739mm
ホイールベース:3175mm
車重:2514kg
駆動方式:4WD
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:550PS(404kW)/5750-6000rpm
最大トルク:770N・m(78.6kgf・m)/2000-4500rpm
タイヤ:(前)285/40ZR22 110Y/(後)285/40ZR22 110Y(ピレリPゼロ)
燃費:--リッター/100km
価格:3362万5000円/テスト車=3730万4390円
オプション装備:ボディーカラー<ローズゴールド>(105万7630円)/カーペットオーバーマットにコントラストバインディング(4万6980円)/ベントレーエアラインシートスペック(151万5990円)/フェイシアとウエストレールにピアノリネン<by Mulliner>(49万4570円)/ヒーテッドデュオトーン3スポーク多孔ハイドステアリングホイール(11万9990円)/22インチ10スポークホイール<ポリッシュ>(36万1170円)/セルフレベリングホイールバッジ(8万3060円)
テスト車の年式:2023年型
テスト車の走行距離:866km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:265.4km
使用燃料:46.0リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:5.8km/リッター(満タン法)/6.1km/リッター(車載燃費計計測値)
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今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。
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