電動モビリティーならではの風情がある! ホンダ&松江市の電動遊覧船に見る未来の可能性
2023.08.11 デイリーコラム松江市とタッグを組んで遊覧船を電動化
読者諸兄姉の皆さまは、「HONDA」と聞いてどんなイメージを持たれるだろう? F1? 本田宗一郎? ……口さがない人は「軽とミニバンの会社」なんて言うかもしれませんが、その話はまた別の機会にしましょう(笑)。
かくいう記者は、「なんだかよく分からないけど、いつもちょっと面白そうなことをしているメーカー」である。それは私が、二足歩行型ロボット「ASIMO(アシモ)」の活躍を目の当たりにしてきた世代だからかもしれないが、しかしそれだけじゃないだろう。二輪・四輪のみならず、耕運機から飛行機まで、こんなにいろいろやってるメーカーは本当にほかにない。それどころか、今のホンダは宇宙領域(!)への事業展開にも取り組んでいるわけで、そんな彼らの挑戦を思えば、記者のイメージもあながちハズれではないと思う。
最近も、そんな「よく分からないけど面白いHONDA」を実感する機会があった。ひとつは、「これさえあれば、アナタの自転車がコネクト機能付き・電動アシスト付きに早変わり!」という「SmaChari(スマチャリ)」。もうひとつが、今回のテーマである「小型船舶用電動推進機」……つまり、電動モーターを使った船外機だ。
2023年7月26日、ホンダは島根・松江市と共同で、電動遊覧船の実証実験を開始すると発表した(参照)。テストが行われるのは「プロが選ぶ水上観光船30選」にも選ばれる松江市観光振興公社の堀川遊覧船。まずは彼らの遊覧船2艇に電動推進機を取り付け(運用されるのは1艇、もう1艇は予備)、1年をかけてその実用性を検証するというものだ。
電動推進機といえば、例えばヤマハは、リモコン操船装置とそれをセットにした「HARMO(ハルモ)」を2022年に欧州で発売。日本導入も検討しているという。ホンダとしては「先を越された! ウチが一番がいいのに!」と歯ぎしりしているところだろうが、いずれにせよ、海や川にも次世代のモビリティーが広がりつつあるのはステキなことだと思う。
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キモは自慢の着脱式バッテリー
話をホンダの電動推進機にもどすと、彼らがそのコンセプトモデルを発表したのは2021年11月のこと。同年末には早くも松江市が「ウチの遊覧船に使えないか」と手を挙げたというからフットワークが軽い。
そもそも松江市は、低炭素先行地域として環境負荷の小さい環境事業を推進しており、宿泊施設の設備刷新をサポートしたり、太陽光による電力の導入を進めたり、グリーンスローモビリティー(20km/h以下で公道を走る電動車を活用した移動サービス)の採用を検討したり……と、さまざまな施策に取り組んでいる。堀川遊覧船の電動化もその一環で、すべての船をデンキにすれば、年間およそ47tのCO2削減効果が見込めるという。ホンダとしても、堀川遊覧船は1997年の事業開始以来、ずーっと自社の4ストローク船外機を使ってくれているお得意先だ。実証実験をするうえでもこれほど信頼のおけるパートナーはないということで、協業とあいなったのだろう。
次いで肝心の推進機の話をすると、こちらは電動三輪スクーター「ジャイロe:」などに使われるモーター&コントロールユニットを利用したもので、加減速制御を船舶用のパワートレイン向けに最適化。電源には交換可能な着脱式可搬バッテリー「Honda Mobile Power Pack e:(モバイルパワーパック・イー)」を2個直列で採用し、電圧96Vの駆動システムを構成している。
キモはこの脱着式バッテリーで、それを使用する他のモビリティーと同じく、わずか20秒での交換が可能なのだ。お客さんが乗り降りしている間に、余裕で差し替えられる。しかもホンダによると、「お堀を8周・約8時間という1日の稼働に要するバッテリーは、3セット(6個)」とのことなので、1日のバッテリー交換は1艇につき2回だけで済む。これなら遊覧船の運行に支障はないし、「電池切れになったら、充電が済むまでその船は使えまへん」という電気自動車的システムのものより、フレキシブルに使えるに違いない。
このほかにも製品的特徴はたくさんあるのだが、文字数の都合で泣く泣く割愛。気になる人は、写真キャプションをご覧ください。
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新しい技術がかなえる新しい風流の発見
さて、このようにいろいろな点で見どころの多い堀川の電動遊覧船Powered by HONDA。このたびwebCGは、それを乗船取材する機会を得たのだが……ホンダと松江市の皆さまには申し訳ないけど、実際に乗ったら、今までに書いてきたことはキレイさっぱり忘れた。無粋な記者が言うのもなんだけど、しずしずと進む電動船に新しい風流を見いだし、しみじみ感じ入ってしまったのである。
どこにそれを感じたかって、とにかく静かで穏やかなのだ。流れに掉(さお)さす船でもないのに、船床に振動がないのである。セミの声や、水のせせらぎが聞こえるのである。比較のために乗ったエンジン船も確かに風情があったけど、そちらでは、こうした“季節の音”を記者の耳は感知しなかった。気づかぬうちに、騒音にかき消されてしまっていたのだ。
船頭さんに話を聞いても、通常の船ではマイクを使ってガイドをするのが精いっぱいで、お客さんの声は聞こえないという。それが新しい電動船では、普通に乗客と言葉を交わせるのだ。船頭さんとのコミュニケーションが、これまでの堀川遊覧船にはなかった新しい楽しみのひとつになるのかもしれない。
また「新しい楽しみ方」といえば、関係者いわく「夜間の堀川めぐりというのもアリかも」とのこと。街なかをいく堀川遊覧船は、水燈路などの特別なイベント時期を除くと、夜間の運行をしてこなかった。理由は皆さまお察しのとおり、エンジンの音である。推進機が電動になって騒音が抑えられれば、そうした新しいサービスに対する、近隣の理解も得やすくなるかもしれない。
電気自動車や燃料電池車が現実的なものとなってこのかた、このかいわいでは、「電動化による未来」というのが、環境負荷低減のためのガマンや味気なさとセットで語られるようになってしまった。でも実際には、技術革新によって得られる楽しさ、新しく発見される趣というのが確かにあるのだ。「未来は必ずしも無味乾燥なモノではないよなぁ」と、松江城のお堀で再確認させてもらった。
もっとも、エンジン船だろうと電動船だろうと、堀川遊覧船がとても気持ちいいアトラクションだったことも事実である。読者諸兄姉の皆さん、松江に行く機会があったら、ぜひ堀川めぐりを楽しんでみてください。
(文=webCGほった<webCG”Happy”Hotta>/写真=本田技研工業、webCG/編集=堀田剛資)
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堀田 剛資
猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。
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