第759回:ブレーキの進化がクルマの走りと安全性を変える 新技術「センシファイ」に見るブレンボの挑戦
2023.08.17 エディターから一言 拡大 | 
		
ブレンボが新しいブレーキシステム「SENSIFY(センシファイ)」を発表。電子制御で4つのブレーキを個別に制御するこのシステムには、どのような恩恵があり、クルマにどんな進化をもたらすのか? テストコースでの試乗を通し、その秘めたる可能性に触れた。
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電動化と電子制御化がもたらすブレーキの進化
イタリアのブレーキメーカー、Brembo(ブレンボ)。その製品といえば、性能と信頼性の高さから、世界中のレーシングカーや高性能車のブレーキシステムに採用されることで有名だ。日本車では「日産GT-R」や「レクサスRC F」「ホンダNSX」などの最上級スポーツモデルに装着され、その走りを支えている。
しかし、そうした高性能ブレーキシステムはブレンボの事業の一面にすぎない。乗用車はもちろんのこと、商用車やバイク向けにも製品を供給しており、それらの設計・開発・製造のすべてを手がけている。そのブレンボが目下開発を進めているのが、2023年8月2日に発表された新世代自動車向けインテリジェントブレーキシステム、センシファイだ。
センシファイは、電制でコントロールされるバイワイヤ式のブレーキをベースとしたもので、車両のセンサーから得た情報をもとに、AIを組み込んだ先進のソフトウエアが各車輪の制動を個別に制御するという、まったく新しいブレーキシステムである。
まず基本となるブレーキシステムだが、その種類は構造的に大きく2つに分けられる。ひとつは完全電動式のもの。ブレーキキャリパーにはアクチュエーターが備わり、それにより制動力をコントロールする。モーター制御のためにブレーキフルードが不要となるのも大きな特徴だ。この“ドライタイプ”のブレーキシステムは、シティーカーからSUVまで幅広い車両に装備可能だという。
もうひとつは、油圧システムを併用するタイプのものだ。これは強力なストッピングパワーを生む対向式キャリパーが必要なスポーツカーやハイパーカー向けのもの。ブレーキマスターシリンダーをバイワイヤで制御し、ブレーキパッドのコントロールは油圧式となる。
いずれにも共通するのは、車両設計の自由度だ。ともにペダルは電子式のため、省スペースで配置が可能。右ハンドル/左ハンドルといった運転席位置の違いにも対応しやすい。さらにドライタイプのシステムでは、長いブレーキフルードの経路も不要。油圧併用型でもその経路は最短距離で済むうえ、キャリパー自体の重量は変わらないため、バネ下荷重も抑えられるのだ。
危険な状態でも安定して停車できる
こうした構造上の違いに加え、センシファイは制御面でも大きく3つのレベルに分けられている。まずシンプルな制動制御のみとなる「レベル0」には、ブレーキの解除やパーキングブレーキの作動などといった機能も備わる。さらにコーナリング制御も行う「レベル1」では、スリップコントロールのマネジメントを追加。「レベル2」の車両制御では、ABS、EBD、トラクションコントロール、横滑り防止装置、回生協調、トルクベクタリング、緊急ブレーキアシストなど、ブレーキが関連するさまざまな車両制御を同システムがすべて受け持つという。完成車メーカーは、これらの機能を車両の特徴に合わせ、自由にチョイスできるのだ。このカスタマイズの柔軟さもセンシファイの売りで、例えばフルードレスの電動ブレーキシステムだけを提供してもらい、制御は自動車メーカーが開発する……なんてこともできる。
ブレンボは、センシファイが安全と運転の喜びを提供する新しいブレーキシステムであることを強調する。その実力を体感すべく、テストコースで同システムの搭載車をドライブさせてもらった。実際の開発車両でもあるテスト車は、電気自動車(EV)の「テスラ・モデル3」である。市販車のモデル3にもブレンボのブレーキシステムが搭載されているが、それをセンシファイに置き換えているのだ。気になる操作感だが、通常の運転では既存のブレーキシステムとの体感的な違いはなく、ブレーキ操作に対してリニアな挙動を見せる。言われなければまずフル電動ブレーキ車だとは分からないだろう。
しかし、センシファイの本領発揮はここから。試乗ではドライ路面におけるコーナリング中のフルブレーキ、低ミュー路でのフルブレーキ、そしてウエット路面での緊急回避も体験できたのだ。いずれも車両の挙動が乱れる危険があり、運転に緊張を伴うシーンである。
まずはドライ路面において、60km/hでのコーナリング中にフルブレーキを行う。通常なら横滑りが発生しやすい状況となるため、セオリーとしてこうしたシーンでのフルブレーキはご法度だ。しかしセンシファイを搭載したモデル3は、直線路でのブレーキングのように安定した挙動を見せた。
続く低ミュー路での直線フルブレーキでも、安定した状態のまま停車。ブレーキ時のノーズダイブが少ないのも特筆すべきところだ。バイワイヤ機構なので、ABS作動時のブレーキペダルへのキックバックもなく、しっかりとペダルを踏みつけていられる。また前輪のグリップが失われることもないので、ドライバーがパニックを起こす危険も少ないだろう。低ミュー路では左右輪で抵抗が異なる路面でのフルブレーキも体験したが、車両自体はミューの高いほうに流されるものの、それ以上クルマの姿勢が乱れることはなく、しっかりと停車することができた。
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“止める”だけでなく“操る”の領域へ
最後のウエット路面での緊急回避は、車速90km/hでレーンチェンジを行うというものだが、やはりテスト車は抜群の安定性を見せる。個人的にはそれだけでも感心に値したのだが、インストラクター役のエンジニアは「もっと障害物ギリギリで、ステアリングを切れ」とこちらに迫ってきた。それだけ姿勢制御技術は完成されており、自信があるのだろう。このように、センシファイの制御はいかなるシーンでも安定した挙動を提供するもので、ドライバーを過度に緊張させず、安心して運転に集中できるクルマをブレーキ制御の側から目指していることを強く感じた。特に予期せぬ状況変化への適応能力は高く、事故の回避に効果を発揮しそうだ。
センシファイの開発は10年ほど前からスタートしており、EVとの親和性が高いものだが、コンベンショナルなエンジン車にも対応しているという。今回のテスト走行の内容からも分かるように、公道で起こり得る緊急時に安全な停車を実現できるのが最大の強みだが、部品点数や消耗品の削減、ブレーキパッドのロングライフ化など、時代が求める環境負荷の低減にもしっかりと応えるものとなっている。加えて、ブレーキシステムそのものを車両の制御に用いることで、ブレンボが持つ知見を生かした新しい走りの体験も実現可能となっている。センシファイは、クルマの走りを大きく変えるかもしれないのだ。
ブレンボは日本にも熱い視線を向けており、センシファイを日本の自動車メーカーにも売り込む計画だ。同システムの発売は2025年を予定しており、もちろん現時点での採用メーカーは非公表となっている。とはいえ、すでにスポーツカーや大型商用車などでブレンボのブレーキを使っている日本メーカーは存在し、しっかりとした結びつきもある。日本車のなかにセンシファイの採用例が現れても不思議ではないだろう。一体どのメーカーが、どんな車種に採用するのだろうか。センシファイが生み出そうとしている新たなドライビングプレジャーとともに、要注目だ。
(文=大音安弘/写真=大音安弘、ブレンボ/編集=堀田剛資)
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大音 安弘
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