コストの制約がなかったらどんなクルマを開発したいか?
2023.09.05 あの多田哲哉のクルマQ&Aメーカーの自動車開発においては、コストの制約が大変厳しいと聞きます。では、そんななかで長年開発にたずさわってきた多田さんが、コスト・生産効率度外視で自由にクルマをつくっていいといわれたら、どんなクルマを世に出したいですか? 制約なきクルマの理想像、のようなものを聞かせてください。
「制約のない自由なクルマづくり」については、クルマ全体を取りまとめる仕事をするようになってから何度も考えたことがあります。また、同じような仕事をする仲間と集まって、そのテーマで話をしたこともあります。
で、考えに考えた結論は……「そんなクルマは、つくる楽しみがない」ということでした。
クルマづくりといいますか、製品づくりにおいては、まずコストの制約があります。それは単に安くつくればいいということではなくて、製品に見合った価値としてお客さまにいくら払ってもらえるのかということですが、それを懸命に考え、その範囲で――もちろん企業も一定の利益を得ながら――最大限の魅力と性能を持ったモノをつくらないといけない。その全体のバランスをとるのが一番のだいご味なんです。
特にクルマというのは、飛行機をはじめとする大型の輸送機器などを除いた量産品としては、部品の構成点数が最も多く複雑なものです。それを、コストの制限内におさまるように技術を組み合わせてつくるところに面白さがある、というのが結論。いわば「コストも性能のうち」だと思うのです。
今という時代も、そう考える理由のひとつかもしれません。もし30年くらい前に同じことを聞かれたら、喜んで“夢のクルマづくり”を語ったでしょうから……。
しかしいまや、世界中の自動車部品メーカーの技術レベルは格段に向上し、言ってしまえば「おカネと開発の時間・猶予さえあればどんな製品でもつくれる」時代になっています。
そこでコストのタガをとってしまったなら、単にまとまりのない、つくり手のわがままだけが表に出た……つまり、自分以外の人が見て魅力を感じないものしかできないと思うのです。それに、一切の制約がなくなってしまったら、もう考える余地も工夫も生まれません。そんなクルマはきっとつまらない。本当にお客さまが欲しいと思えるものにはならないでしょうね。
ここはやっぱり、「すごい素材を使った、ものすごいパワーのクルマをつくりたい!」なんて答えが期待されるところかもしれませんが(笑)、制約がなければそのようなものはいくらでも実現できてしまうし、それが楽しいのか? という問題があります。最高峰レースのF1だって、レギュレーションがあるから面白い。それに等しいことですね。

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。