第824回:大矢アキオの夏休み博物館見学 「ミッレミリア博物館」で往年のレースをしのぶ
2023.09.07 マッキナ あらモーダ!巨匠の名作にも登場
2020年にデビューした「フィアット500e」は電気自動車ゆえに、低速時には接近警告音を発するようになっている。そのメロディーがしゃれている。1973年の映画『フェリーニのアマルコルド』の、作曲家ニーノ・ロータによるテーマ曲をベースにしているのだ。
フェリーニのアマルコルドは、監督を務めたフェデリコ・フェリーニ自身の少年時代を回想したものといわれている。時代背景はファシスト政権時代のイタリア、舞台はリミニ近郊だ。そのなかで「ミッレミリア」が町を通過する場面がある。垂れ幕には第7回と記してあるから、1933年大会である。ミッレミリアといっても、今日のラリー形式ではなく、純粋な公道スピードレースだった時代だ。
シーンのなかではフェリーニお得意のスタジオ内セットが駆使されている。そのなかで主人公の少年チッタと仲間たちは、走り去るクルマを眺める。彼らはやがて自らがレーシングドライバーになり、沿道の女性たちから祝福される妄想を描く。1927年から始まったこのイタリア縦断レースが、いかにイタリア人の間でもてはやされていたがうかがえる。
「クルマが女性になった瞬間」も
今回紹介する「ミッレミリア博物館(Museo Mille Miglia)」は、この競技の伝統的出発およびゴール地点である北部ブレシアにある。地元の企業家有志たちによって2004年に開館した。建物がコの字型に庭を取り囲んでいるのは、修道院跡を活用しているためである。
内部には、1927年の第1回より、度重なる事故が問題となって最終回となった1957年まで、スピードレース時代のミッレミリアの参加車両が展示されている。
ただし筆者自身は、クルマ本体以上に興味深いものを館内で多数発見した。その一例がポスターである。イタリア未来派を代表する画家のひとり、フォルトゥナート・デペーロが、数回にわたってその図案を手がけているのだ。参考までに、彼はイタリアを代表するリキュールのひとつ「カンパリ」の円すい形の瓶をデザインしたその人である。
未来派のアーティストたちは、自動車、機械、飛行機といったものに、従来にない美を見いだした。ミッレミリアで疾駆するクルマたちも、彼らのイマジネーションを大いに拡大する役目を果たしたに違いない。
もうひとつ興味深い解説は、かつて戦わされた論争に関する説明だ。19世紀末に誕生した自動車を意味する語「automobile」は、まずフランスで「自動の」「自動車の」を示す形容詞として生まれ、やがてイタリアにももたらされた。ただし名詞化する際、フランス語・イタリア語ともに議論が必要だった。それを、男性名詞とするか女性名詞とするか、という問題だ。
イタリアでそれに決着をつけたひとりは、この国の20世紀を代表する詩人でファシズムの急先鋒(せんぽう)でもあったガブリエレ・ダヌンツィオ(1868-1938)だった。彼は第1回ミッレミリアの前年である1926年、フィアットの創業者ジョヴァンニ・アニェッリ(1世)に宛てた書簡で「自動車は女性です」と定義。理由を「優雅さ、スマートさ、誘惑者としての活発さを持ち合わせています。また女性が意識していない美徳、つまり完全な従順さを持っています。それでいて、女性は、いかなる荒々しさをも乗り越える、さりげない軽やかさも持ち合わせています」と説明している。
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ワンシャッター入魂の時代
そして、ミッレミリアを追ったジャーナリストにも焦点が当てられていることも記しておきたい。1947年から1957年まで公式フォトグラファーを務めたアルベルト・ソルリーニの愛機は、今日の写真撮影機器とは比較にならないほど重装備である。モータードライブなどなく、フィルムが高価だった時代。ワンシャッターごとに入魂していたのだろう。ストロボ発光のためのブラウン製バッテリーパックも、飯盒(はんごう)かと勘違いするほどの大きさだ。今日のフォトグラファーも強靱(きょうじん)な体力が必要だが、当時はそれ以上であったことがうかがえる。
取材に用いられた二輪車も紹介されている。繰り返しになるが、当時はスピードレースである。全速力で疾走する参加車を、心もとないバイクにまたがり、今日以上に整備されていない道路で追うのは、危険な仕事であったと想像できる。
筆者が住むシエナは、ヒストリックカーラリーとなった現代版ミッレミリアの定番ルートである。「オリジナル版の参加車もしくは同型車」という厳格な参加ルールによって、車両のバリエーションは頭打ちともいえる。そのため近年の筆者は、わが家の近所をミッレミリアが通過するというのに、たびたび「今年はもう見なくていいや」と思うようになってしまった。
しかし今回、ミュージアムで時代背景やそれを報じた人々を知り、新たな視点が加わった。来年初夏に再びやって来るミッレミリアが、当時をほうふつとさせるものとして筆者の目に映るか、今からちょっとばかり楽しみである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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