第175回:イタリア式「iPhone」生活泣き笑い
2011.01.08 マッキナ あらモーダ!第175回:イタリア式「iPhone」生活泣き笑い
初めは簡単!
ここ数年、ヨーロッパでもiPhoneの人気はすさまじい。スイス人の高校生は、iPhone欲しさに夏休みをサービスエリア食堂のアルバイトで費やした。知人のイタリア人医師は夫人用とともに2機購入。その勢いで固定電話をやめてしまった。人々のこうしたiPhoneへの思い入れは、近頃クルマが話題になることが少なくなったのと対照的だ。
そういうボクも、遅ればせながら2010年にiPhoneの新品を手に入れた。最新型の「iPhone 4」ではなく「iPhone 3GS」である。幸いにしてイタリアではiPhone本体さえ持っていれば、使い始めるのは簡単だ。
音声通話やSMS送受信だけの使用だったら、従来使っていた携帯電話のSIMカードをiPhoneに差し替えるだけである。SIMフリーなので、いつでもSIMカードさえ入れ替えれば別の会社に乗り換えられる。ボクも今まで持っていたプリペイド式携帯電話のSIMカードをiPhoneに差し替えた。
ちなみにプリペイドのチャージは、イタリアの一般的プリペイド同様、タバッキ(タバコ屋さん)やエディーコラ(新聞販売店)などでお金を払って、携帯電話番号を告げれば、店の人が端末に入力してくれて、すぐに完了する。
そのうえでインターネットや電子メールを使いたい場合は、加入している通信事業者のサイトで料金コースを選び、ウェブ申込すればよい。この場合もプリペイドというのがあって、ボクの場合は週3ユーロ(約330円)/250メガバイトのコースを使うことにした。通信料は先ほどの通話料(チャージ料金)から引き落とされる。外出が少ない週は家の中でWiFiを使っていればよいので、週単位というのは大変助かる。
iPhoneの泣ける事実
このように日本からすれば、きわめて敷居の低いイタリアにおけるiPhone生活である。しかし実際使ってみると、さまざまな泣ける事実が発覚した。
まず、インターネットと電子メールサービスから。
前述のようにサイトで申し込んだあと、実際に使えるようになるまで丸1日かかるのだ。あらかじめ情報を仕入れに行った携帯電話屋さんの店員は「すぐに開通するよ」と言っていたのに、である。
だが、そんなことより困ったことが起きた。ボクが持っているポータブルスピーカーシステムと称するドッキングステーションだ。
もともとiPhoneの前に使っていたiPod Touch第1世代をつなぐため、2010年春にフランスのスーパー「カルフール」で購入したものである。デザインがイタリアで売られている同様の品よりシンプル、かつ値段が円にして3000円程度と激安だったのが、選定の理由だ。iPodに入れた音楽を気軽に部屋で楽しめ、かつ充電ができるので、毎日のように使っていた。
ところがiPod Touch同様にiPhoneを挿したあと抜くと、iPhone本体がかなりの確率でフリーズしてしまうことが判明したのである。ホームボタンを押してもメイン画面に戻らなくなってしまうのだ。
たしかにボクが買ったドッキングステーションは、アップル認定の「Made for iPod」マークはあるが、「Made for iPhone」ではない。説明書にもiPodはオーケーでも、iPhoneまで使えますと記されてないので、文句をいうのはお門違いだ。
後日iPhoneの電源をきちんと落としてからドッキングしたり、分離したりすると、フリーズ発生率が低下することが判明した。だが、iPodのときのように気楽に着脱できないのが個人的にはちょっぴり悲しい。
半年前に買った純正接続キットなのに……
iPhone導入でもっと困ったのはクルマである。昨年夏前、ボクはiPod Touchのために、ディーラーで自分のクルマにiPod用メーカー純正接続キットを取り付けてもらった。グローブボックスから生えているケーブルをiPodのDOCKコネクターにつなげば、ステアリング上のボタンでiPodの多くの操作ができる、というものだ。スピードメーターとタコメーターの間にある多機能インジケーター上にも、曲目が表示される。工賃込みで円換算にして約3万3000円かかったが、国境を越える長旅のときなどは本当に退屈せず、クルマを買い替えたに値する満足感があった。
iPod Touchの代わりにiPhoneをつないでも無事選曲操作ができたが、それはぬか喜びだった。
クルマを降りるときケーブルから切り離すと、前述のドッキングステーション同様、iPhoneがフリーズしてメイン画面に戻らなくなることが判明したのである。とくに初めてその現象が起きたときは、外出先でiPhoneの「連絡先」「電話」といったさまざまな機能を使う必要があったから本当に泣けた。iPhoneをパソコンにつないでiTunesを起動し、数十分を費やして「復元」をかければ正常に戻ったが、それでもときおりフリーズが起きてしまう。
しばらく試行錯誤を繰り返して判明したのは、装着するときはiPhone側の電源を落とし、イグニッションONにする前にケーブルにつなぎ、外すときは再びiPhone側の電源を落としてから、イグニッションをoffにする、という手順を踏むとフリーズ発生率が抑えられることがわかってきた。だが、そこいらにちょいと乗ってゆくときに、これをやるのは結構面倒である。
以来心配なときは、車両に標準装備のAUX端子とiPhoneのイヤホン端子をステレオコードでつないでiPhoneの音楽を聴くようにした。当然その場合ステアリングでのコントロールはできない。
後日メーカー純正接続キットの説明書をよく読むと、ちょっと前のiPod各種と初代iPhoneまでは対応している旨の記述があった。したがって、これもiPhoneにも、キットを供給している自動車メーカーにも非はない。
しかしながら、メーカー純正カーナビ同様、自動車がエレクトロニクスの進歩に追いつかなくなっているのは事実で、たった半年前に3万円以上かけて装着したキットかと思うと、少々複雑な心境になってしまった。
これからiPhoneの周辺機器を考えている方は、ボクの轍(てつ)を踏まないように、ちゃんと「Made for iPhone」かつ第何世代対応であるかを確認することをおすすめします。それ以前に、将来iPodオンリーでいくのか、iPhoneにステップアップするのか、長期計画も必要だろう。
図らずも知ったクルマの魅力
そんなわけでボクは毎朝iPhoneのスリープボタンやホームボタンを押すとき、「ちゃんと動いてくれよ」と知らず知らずのうちに祈っていたりする。
ボタンひと押しでいつも文句もいわずスッと起動し、手にとれば国鉄101系電車の精神と共通点を見出せるデザインが清清しい、以前使っていたiPod Touchが懐かしく思える。だが、女房に譲ってしまった以上「返せ」とはいえない。
それで思い出したのは、昔、勤めていた会社からたびたび借りて帰った中古の「シトロエンCX」である。朝イグニッションキーをひねるとき、「今日は素直にエンジンかかってくれよ」と唱えていたものだ。
いっそのこと「大学時代、大使館で教師をした金で『オースチン・セブン』を買い、雑誌創刊のために米軍人から『メルセデス・ベンツ300SL』を借りた」という自動車雑誌『CAR GRAPHIC』初代編集長・小林彰太郎の十八番的文章のごとく、「1989年に新入社員の身分で羊かん箱大のIDOハンディフォンを自腹で買い、後年まだ海のものとも山のものともつかなったPHSが登場したときは、一般人としていち早く実験機のモニターになったものだ」と、昨日今日の携帯世代とは違うところを見せつけるか……と思うことたびたびだが、どうも格好がつかない。
同じ工業製品でありながら、れっきとした読み物にできるクルマというのは、やはり不思議なものだ。図らずもiPhoneと苦楽をともにしながら思う今日このごろである。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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