ダイハツ・ムーヴXリミテッド(FF/CVT)/ムーヴカスタムRS(FF/CVT)【試乗記】
魅力ある軽自動車とは 2011.01.07 試乗記 ダイハツ・ムーヴXリミテッド(FF/CVT)/ムーヴカスタムRS(FF/CVT)……134万1000円/153万2000円
5代目へと進化したダイハツの主力車種「ムーヴ」。近い将来、軽自動車が置かれる環境に向けて、ダイハツが動き始めた。
軽はツライよ
外観はあまり変わってないように見える新型「ムーヴ」だが、実はいろいろな意味で見どころの多いクルマである。その中から何かひとつ象徴的なものを挙げろと言われたら、やはり27.0km/リッター(10・15モード)を達成した燃費ということになるだろう。「トヨタ・プリウス」が燃費38km/リッターをうたい、純ガソリン車の「日産マーチ」にしたって26km/リッターを実現している中ではそれほど“スーパーな性能”には見えないかもしれないが、そこに込められた意味合いは数字以上に大きい。
近い将来、軽自動車が遭遇しそうな大きな試練は、例の「環境自動車税」というやつだろう。総務省が2010年11月に発表したところによれば、この新税は自動車税・軽自動車税(地方税)と自動車重量税(国税)を一本化することによって生まれる地方税であり、課税の基準を「環境」、すなわちCO2排出量(燃費)と排気量に改めるとされた。
しかもだ、この新税の導入を機に軽自動車の税負担を引き上げ、登録車(リッターカーなどの小型車)との格差を縮小することが明言されていた。「あなたはなぜリッターカーではなく軽を買っているのですか」と聞かれて、「維持費が安いから」と答える人はおそらく相当いると思われる。税負担が重くなった軽自動車に残る魅力とは何だろうか。
この新税は結局2012年4月の導入が事実上見送られたが、軽には維持費の安さだけではない、クルマとしての魅力の強化が求められていることがあらためて浮き彫りになったように思う。
その試練の軽自動車新時代に向けたダイハツの一撃が100万円を下回る価格設定と30km/リッターを実現するという2011年発売予定の「e:S(イース)」と見られる。しかしその“前哨戦”だからといってムーヴで手を抜いていいわけがない。いわゆるスペース系軽自動車のエース的存在であるムーヴを見れば、今後のダイハツの方向性がはっきりと見えてくるはずだ。
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クラスを超えた室内空間
スタイリングは新型「ムーヴ」にとって一番退屈なところかもしれない。各部のエッジがピッと立ち、全体的にシャープな印象になったけれども、フォルムそのものに大きな路線変更はない。モデルチェンジに“攻め”と“守り”があるとすれば、スタイリングに関しては“守り”の印象を持った。
聞けば、ムーヴの中心的な顧客層は子離れしたミドルエイジとのことである。なるほど、だから冒険より熟成に重きを置いたスタイリングなのか、と思ったりする。が、それでいて実はひと一倍アグレッシブで活動的だったりするのも最近のミドルエイジだったりするのでかんたんではない。
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全長と全幅は、すでに軽自動車の枠いっぱいまで広がっているために、新型でもなんら変化のない3395mmと1475mmである。ただし、ちょっと意外なことにホイールベースは35mm短縮された。もっともこれによって後席のニールームにしわ寄せが生じたかというと、まったくそんなことはない。後席は240mmも前後スライドするようになっており、一番後ろにすると身長180cmクラスの乗員でも余裕で足が組めるリムジンのような空間ができあがる。
シートの掛け心地は、ベンチシート形状の前席が思いのほかふかふかしており、それに比べると後席は硬め。いっぽうで後席はヒップポイントが高く、前席のヘッドレスト越しに前方視界が開けていて“走行体験”が共有できるのがいい。つまり乗せられる側として見ると、ムーヴはある意味で軽自動車の枠を完全に超えたクルマである。
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サンダルっぽくてもいいじゃないか
さらなる低燃費化技術が投入された660cc直3自然吸気エンジンは、郊外の一般道ののんびりとした流れに乗っているかぎり、パワーの面でも遮音の度合いについても車格相応という印象であり、これで十分と感じた。もちろんいい意味で、である。
たとえばコンビニに行くのに、本格的な軽量ランニングシューズやゴツいトレッキングシューズを履いていく人などそれほどいないように、軽自動車にはその使われ方に適したサンダルっぽさというか、一定のあきらめがあってもいい。
また、見どころのひとつであるアイドリングストップからの復帰もスムーズで、わずらわしさがない。毎日の足としては堅実にバランスよくまとめられていると思う。
もっとも「ムーヴ」には最高出力64psのターボエンジンを搭載する「ムーヴカスタムRS」という選択肢もあって、これならなんら我慢が必要ない活発な走りを楽しむことができる。ただ、こちらはこちらで足まわりがかなりしっかりしており、ロール剛性が高いぶん活発なハンドリングが体感できるが、ロードノイズの大きさが少々気になった。
乗って楽しいのはどちら? と聞かれれば、明らかにムーヴカスタムRSのほうである。しかし、そういった価値感で軽自動車を語り始めると、パワー競争と重量化にサヨナラしようとしている軽自動車をまた振り出しに戻してしまいかねない。新しい価値感を模索し始めた軽自動車には、新しい気持ちで乗る。これが今後、魅力ある軽自動車を育てる秘訣(ひけつ)ではないだろうか。
(文=竹下元太郎/写真=荒川正幸)
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