第174回:突然、ワンダーシビックな街角
2010.12.25 マッキナ あらモーダ!第174回:突然、ワンダーシビックな街角
43年前の映画にホンダ登場
1967年のミュージカル映画『Les Demoiselles de Rochefort』(邦題:「ロシュフォールの恋人たち」)には、なんとホンダのバイクが登場する。
映画は、カトリーヌ・ドヌーヴと実姉フランソワーズ・ドルレアックが演ずる双子姉妹が主役である。音楽は「シェルブールの雨傘」のミシェル・ルグランが担当している(参考までにドルレアックはこの映画公開の同年、「ルノー8」を運転中に事故死してしまう)。
舞台は大西洋沿いの町・ロシュフォール。ある週末、旅回り一座が広場に到着する。そこから数日間に繰り広げられる双子の恋物語だ。一座は展示品も町に持ち込むのだが、モーターボートやジョンソン製船舶エンジンなどとともに、ホンダ製のオートバイが登場する。
具体的にはショー当日、突然歌を披露することになった双子姉妹の前座として、ホンダ製オートバイを使った曲芸パフォーマンスが繰り広げられるのだ。ステージの上には、“HONDA”の文字と「ウイングマーク」もくっきりと記されている。
このシーン、今日映画『007』に協力するフォードほど大げさでないにせよ、当時のホンダの現地法人の尽力によって実現したものであろう。
市場の一角を占める日本車
歴史をひも解くと、ホンダは1963年、日本メーカーとしては欧州域初のバイク工場をベルギーに設立している。
他メーカーも日産は1962年、トヨタは1963年、マツダは1967年にヨーロッパ輸出を開始している。そうしたなかで映画の舞台となったフランスは、早くから日本の自動車ブランドが上陸した国であった。
筆者のフランス人の知人(51歳)も、少年時代をおくった1960年代、ドーバー海峡に面したルアーブル港での思い出を話す。
「ある日、日本の大きな貨物船が着岸したんだ」
ただし船倉部分には、クルマやラジオなど日本のあらゆる工業製品が展示されていて、人々に公開されたという。まだなじみが薄かった日本製品を、フランス人に知ってもらうためのキャンペーン船だったのだ。前述の映画とともに、日本車のヨーロッパ上陸草創期をしのばせる。
時はかわって今日、フランスで日本車は市場の一角を占めている。フランスにおける11月の登録台数速報を見てみよう。
日産6557台、トヨタ5743台、スズキ2058台、ホンダ987台、マツダ748台、三菱411台、レクサス142台、スバル98台、ダイハツ60台の計1万6804台が登録されている。欧州のなかでも依然国産ブランドが強いこの国にもかかわらず、市場の8.6%を占める健闘ぶりだ。
とくに日産、トヨタの台数は、外国ブランドのなかでフォルクスワーゲン、オペル、フォード、そしてルノー系のダチアに次ぐもので、なんとフィアットの台数よりも多い。またトヨタは、フランスで「ヤリス(日本名:ヴィッツ)」を年間22万台以上生産し、現地雇用を生み出していることも見逃してはならないだろう。
あのとき夢みた姿に違いない
そうした日本ブランドの今日に至る足跡にちょっぴり思いをはせることができるものといえば、大都市パリに生息する往年の日本車たちである。今回写真で紹介するクルマたちは、さもすると近年のクルマのようであるが、調べてみるといずれも車齢18年以上だ。
パリの重厚な建築物と対峙する姿は、他の欧州車からすると、どのモデルもどこか線が細い。だが筋肉質なカーデザインがあふれかえる今日において、それらの明快なデザインは新鮮に映るのもたしかだ。
しうしたなか、パリで見た途端思わずゾクゾクッと震えたモデルがある。3代目「ホンダ・シビック」、通称「ワンダーシビック」だ。その新車当時のテレビCMを思い出したのである。
CMは数バージョンあった。だが、いずれも「サッチモ」ことルイ・アームストロングが歌う「What a wonderful world」をBGMに、シビックが外国の風景の中に置かれているというものだった。このCM、今になってYouTube等で観なおしてみると、ときおり通り過ぎる動物や振り向くガイジンの通行人などが映るだけで、「おい、なにかオチをつけろ!」と叫びたくなる。
それでも放映当時は、従来の商品名連呼型CMと一線を画していたことから「秀作」と称され、ホンダのブランドイメージまで上げた。
何が言いたいかというと、パリの街中にたたずむワンダーシビックの風景は、まさにあのCMそのものなのだ。天然CMである。新車よりも、クルマ本体が経年変化で黄昏(たそがれ)てきた今のほうがサッチモの歌声や古い町並みと、よりマッチする。
これこそ、当時メーカーの人や担当の広告クリエイターたちが夢みたであろう、海外の風景に融和する日本車の姿ではないか。
しかしもっと大事なことは、これだけ永続性のあるデザインのクルマを日本メーカーが造っていたことを――たとえ安全装備などクルマに対する要求が緩かった時代の製品だとしても――それなりに評価すべきだろうということだ。
自動車趣味というのは、異国の街角にさりげなくたたずむクルマを眺めるだけで感動できる。まだまだ捨てたものではない。ということで、新しい年もよろしくご愛読ください。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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