第833回:創業97年のカロッツェリアに輝く、若い感性
2023.11.09 マッキナ あらモーダ!トゥーリング小史
「トゥーリング・スーペルレッジェーラ」(以下トゥーリング)は、ミラノ北郊でアレーゼにも近いローを本拠とするカロッツェリアである。今回はその最新情報をお伝えしながら、イタリアの自動車産業がもつ、ある“度胸”を解説する。
ヨーロッパの自動車史に詳しい方なら承知だろうが、トゥーリングの起源はフェリーチェ・ビアンキ・アンデルローニによって、1926年に設立された車体製作工房にさかのぼる。日本の元号で言えば、大正15年・昭和元年のことだ。
彼らは1937年に、独自技術で自動車史にその名を残す。それがスーペルレッジェーラ(超軽量)工法だった。細い鋼管フレームをシャシーに取り付け、その上にアルミニウム製パネルを貼っていく方法だ。重量低減に貢献するだけでなく、それまで不可能だった曲線と極端な空力形態の実現を可能にした。アルファ・ロメオは早くから彼らの技術に着目。車体発注先のひとつとした。
第2次大戦後も、その技術をもってフェラーリ、アストンマーティン、ランチア、マセラティそしてランボルギーニといったクライアントを獲得していった。しかし、自動車の大衆化にともなうメーカーの車体内製化の波に乗り切れず、1966年に会社は解散する。
その後、2006年にオランダ企業ゼータ・ユーロップ社がトゥーリング・スーペルレッジェーラの商標権を取得。ちなみに同社は、スポークホイールのボラーニも買収している。かくして名門カロッツェリアの名前は、40年ぶりに復活した。以降、コンコルソ・ヴィラ・デステやジュネーブモーターショーなどを舞台に、次々とフォーリ・セリエ(超少量生産車)を公開。2023年春には、ヨーロッパ各地の放送業界で実績を積んできた人物であるマルクス・テッレンバッハ氏に経営が引き継がれ、現在に至っている。
栄光のネーミング復活企画は、ヨーロッパにおいて失敗例が少なくない。そうしたなかでトゥーリングは、近年極めて珍しい成功例である。
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後ろ姿に宿るインテリジェンス
その彼らが、2023年10月26日から29日までイタリア北部パドヴァで開催されたヒストリックカーショー「アウトモト・デポカ」で「アレーゼRH95グリージョ・アルティコ」を公開した。同車はシザードアを持った2座のハイパースポーツで、先に18台限定で発表した「アレーゼRH95」(2021年)をもとに、車体色にマットカラーである「グリージョ・アルティコ(Grigio artico=北極のグレー)」を施したものである。
エンジンは公式には明らかにされていないが、現地メディアの多くはフェラーリ製V8ツインターボと報じている。それを覆うリアカウルは、「マスケラ」(仮面)だという。筆者が補足すれば、16世紀から17世紀中盤まで続いた演劇「コメディア・デッラルテ(Commedia dell’Arte)」におけるマスクである。フロントに意匠を凝らす自動車は多いが、後続するクルマのドライバーに強く印象を植えつけるクルマは、スーパースポーツカーであっても少ない。昨今の高級車のように、やみくもに形状に凝っていたり、横一面のLEDテールランプで威嚇したりするのではなく、インテリジェンスあふれる威圧感。これぞデザインの妙というものだ、と筆者は感心した。
2023年7月に就任したばかりのデザイン・ダイレクター、マッテオ・ジェンティーレ氏に、トゥーリングのデザイナーとして守っていきたいものとは? と質問してみると、「トゥーリングが常に大切にしてきた先見の明です。かつてのスーペルレッジェーラ工法は、自動車のデザインを、より3次元的に変えたのです」とまず答えた。
そのうえで、彼はこう続けた。「われわれは自分たちのラインを“アエレオライン”と呼んでいますが、空力(Aerodinamica)、超軽量(Superleggera)の追求から生まれてきたデザインは、極めてイタリア的です。ドイツのデザインも美しいのですが、連続する面の処理がある種ロボット的です。対して私たちのデザインは、より丸みを帯び、ハーモニーを醸し出すのです」。
イタリアの“伝統”
ジェンティーレ氏は1985年ローマ生まれ。ローマ・サピエンツァ大学の工業およびプロダクトデザイン学科を2007年に卒業したあと、セアト、ブガッティ、ランボルギーニ、ロータスなどを、フリーランスもしくはフルタイムのデザイナーとして渡り歩きながら、16年にわたり経験を蓄えてきた。
イタリアの自動車産業が若い才能を積極的に活用するのは、伝統ともいえる。フィアットは第2次大戦前の「500 “トポリーノ”」(1936年)の開発にあたって、のちに名設計者となるダンテ・ジアコーザを起用しているが、当時彼は30歳になる前で、これ以前はトラック担当だった。しかし、おかげで既成概念にとらわれない設計が随所で実現された。そのフィアットは戦後も、小型車「127」のデザインにあたり、やはり30歳前のフリーランスデザイナー、ピオ・マンズーを起用している。
カロッツェリアもしかりだ。ジョルジェット・ジウジアーロがカロッツェリア・ベルトーネの社主ヌッチオ・ベルトーネによってチーフデザイナーとして採用されたのは、わずか21歳のことだった。ジウジアーロの後任であるマルチェロ・ガンディーニが同社にやってきて、同じくチーフとなったのも25歳のときで、組織のなかで自動車をデザインするのは事実上初めてだった。
なにを隠そう、前述の2006年に新生トゥーリングが発足したときのデザインダイレクター、ベルギー人のルイ・ド・ファブリベッカースもしかり。1977年生まれの当時29歳だった。最も大切な製品企画のときにこそ若い才能を用いる勇気を、イタリア企業は常に備えている。
こうした環境で、若きデザイナーは先達(せんだつ)と対等に向かい合うための知識と経験を必死で吸収する。板金職人は、自分よりひとまわりふたまわりも年下のクリエイターによる斬新な感性をかたちにすることにプライドを持って取り組む。
ジェンティーレ氏がこれからトゥーリングでどのような業績を残すかを、われわれはリアルタイムで楽しむことができるのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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