第173回:「同性愛者の古典車クラブ」に見るユーモアと誠実さ
2010.12.18 マッキナ あらモーダ!第173回:「同性愛者の古典車クラブ」に見るユーモアと誠実さ
旧車ショーの中の「墓場」
今年もさまざまな国で、数々の自動車クラブの人たちと出会うことができた。メンバーたちと話したり自慢のクルマを見せてもらうのは、今やほとんどのニューモデル情報が事前にわかってしまうモーターショーよりも格段に楽しい。そうしたなか今回は、1年を振り返って最も印象的だったクラブの話をしよう。
今年4月、ドイツ・エッセンの古典車ショー『テヒノクラシカ2010』を訪ねたときのことだ。欧州最大級のヒストリックカーイベントということもあって、メルセデス、BMW、フォルクスワーゲングループなど、メーカー自ら立派なスタンドを設けるいっぽうで、クラブスタンドが並ぶ一角も充実している。
あるスタンドをのぞくと、ドイツのNSU社が製造していたオレンジ色の「NSU Ro80」が展示されていた。1967年、流麗な4ドアボディに2ローター方式のロータリーエンジンを搭載して彗星(すいせい)のごとく登場したものの、機械的信頼性が命取りとなり、1977年に市場から消え去ったモデルだ。そのRo80、よく見ると、クモの巣を模した糸がドアノブやアンテナに掛かっているではないか。
隣には英国車・リライアント社の「シミター」が置いてあった。こちらにもクモの巣が掛かっている。さらによく見ると、フロントバンパーの前に「墓標」がある。「リライアント 1935-2001」と生年/没年が記されたあと、「君のラッキーナンバーは3だった」「苦しまずに死んでいった」などとメッセージがつづられている。
リライアント社は、3輪軽便車「ロビン」(映画Mr.ビーンでたびたび登場する、あれである)が最大のヒット作で、かつ2001年に自動車生産撤退後も他社製軽便車のインポーターとして会社存続していることを表しているのだと、すぐにわかった。
さらにもう1台置いてあった旧東独の大衆車「ヴァルトブルク」にも同様の墓標が立っていた。こちらには「1898-1991 自由の到来とともに、君の没落は始まった……」と記されていた。脇には、スタンドの中には、教会を模したテントが設営されていて、屋根には「Lost in peace」ならぬ「Rost in peace(安らぎの錆(さび))」とつづられている。
そのクラブとは
なるほど、ヨーロッパ自動車界から消え去ったブランドの墓場という設定か。なかなかユーモアの効いたクラブだ。しかしながら、メイクはばらばらである。さっそくスタンドで番をしていたメンバーをつかまえてみる。「墓場」に相応しく、黒スーツ、黒ネクタイの礼装でキメていた。手が込んでいる。
「あの、皆さんどういうクラブですか?」と尋ねると、「同性愛者による古典車クラブです」と教えてくれた。
壁に貼られたプレートには「Queerlenker(クイアレンカー:セクシャルマイノリティのドライバー)」とクラブ名が書かれている。
「クイアレンカー」は1998年、オランダ/ベルギーに接したドイツの街アーヘンで設立された。発足時のメンバーは12人だったが、現在60名にまでその数を増やしているという。
毎年春参加しているこのテヒノクラシカには、毎回メンバーたちがアイデアをひねったディスプレイを展開してきた。さらに2010年は、春から秋にかけて、5回のイベントやツーリングを企画。加えてそのデザインセンスが評価されたのだろう、彼らのウェブサイトは、ドイツの古典車誌「モータークラシック」誌のウェブサイトコンテストで2位を獲得した。
フランスやベネルクス諸国、そして英国にある同様の同性愛者古典車クラブとも緊密な連絡をとっている。この原稿を書いている2010年12月中旬には、フランスの同性愛者団体と「ヨーロピアン・ゲイ・カーオブザイヤー」の投票を実施中だ。その活動ぶりは、きわめて活発かつ、国際的なのである。
また、ガイジンのボクに対する彼らの熱心な説明には、他の自動車クラブのメンバーに勝るとも劣らない誠実さと、自動車に対する並々ならぬ愛情を感じた。
古典車趣味存続のカギ
修理工場の標準装備品であるヌードカレンダーを見ればわかるように、とかくクルマの世界というと、むくつけき男性+セクシーなマスコットガールという組み合わせが定着してしまった。
そのあまりに使い古された、ときには低俗ともいえるムードが、たとえ同性愛の人でなくても今日クルマ趣味を忌避する人を生み出してしまったのは事実であろう。
欧州の同性愛の人たちのなかには、高い社会的地位や収入を得て、かつ古いものに対して高い造詣をもつ人がいる。古典車ファンの人口が減少するなか、こうした強い結びつきをもった人たちの愛好会は、これからもこのジャンルが存続するにあたって大切な存在になる、とボクは読んだ。
ところでクイアレンカークラブのパフォーマンスは、まだまだ続いていた。彼らが展示していた4台目のクルマだ。本物のボルボ製霊きゅう車のテールゲートから、これまた本物のお棺がオーバーハングしているのだ。お棺の中をのぞくと、パナールやローバーといった、もはや消滅したメイクのミニカーが何台も安置されていた。
それだけではなかった。垂れた糸にくくられた1台のミニカーが、今まさにお棺に収まろうとしている。そのクルマとは「サーブ900カブリオレ」だった。
思わず、「皆さん、なかなかきついっすねえ」と日本語でつぶやいてしまった筆者だった。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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