第838回:大矢アキオの東京アディショナルタイム(その2) ―アイドルグループと軽自動車の共通点―
2023.12.14 マッキナ あらモーダ!日本人が「日本車化」している!
前回に引き続いて、2023年11月に、実に4年ぶりに東京に降り立った筆者の滞在記におつきあいいただこう。
普段イタリアに住む身にとって、東京生活で最も快適なことといえば「電源プラグ」である。プラグも差し込み口も1種類。どんな電化製品でも迷うことなくつなげる。
「つまらぬことを書くな」という方のために説明しておくと、イタリアには少なくとも3種類のプラグが存在する。差し込み口とそれが適合していないと、変換プラグを介す必要がある。筆者の場合、日本から持ち込んだ電化製品があるから、さらにもうひとつ変換プラグが必要となる。
こうしたささいなことまで心地よい。だから、久方ぶりに東京にやってきたというのに、用事や仕事がないときは宿泊先の部屋から出るのがおっくうになる。「日本にいるのがいちばん楽」と、海外旅行に関心のない人が増加している背景が、おぼろげながら理解できる。
それでも、昔ながらの単語帳、天ぷらを調理したあとの廃油シート、さらにはプラスチック製湯たんぽ……と、イタリアでは買えない品々のリストを片手に街へと出た。
東京の街は、カトリック暦にしたがって12月8日から祝いの準備が始まるイタリアとは異なり、11月からクリスマスのムードが満点だ。ただし気がついたのは、ショッピングモールのBGMから歯科医院待合室のオルゴールまで、「クリスマス楽曲のアップデートがない」ことだ。「恋人がサンタクロース」や「ロマンスの神様」で止まっているのである。“名曲”であるといえばそれまでだが、クリエイティビティーという観点からすると、どこか複雑なものを感じる。
日系ファストファッション店では、ちょうど11月末ということもあって、ユニクロのヒートテックに代表される「吸湿発熱繊維」のプロモーションが盛んだ。外箱の説明を読むかぎり、筆者が不在にしていた間に、もはやイタリアで販売されている類似製品が到底追従できない技術レベルに達している。ダテな薄着よりハイテク肌着・靴下に身を固める日本の消費者は、エクステリア以上に内部の技術に気合を入れた日本車に似ている。
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日本が「イタリア化」していた!
日本の歩道は歩きにくい。といっても構造を責めているのではない。筆者が問題なのだ。誰かが対向して歩いてきたとき、筆者は習慣的に右によける。対して日本に住む人は、大半の人が左側によけるのだ。そのたび、人同士で正面衝突しそうになる。どちらの国も自動車の進行方向が、無意識のうちに人間に転写されているのに違いない。
それ以上に意外だったのは自転車ユーザーだ。2023年4月から自転車に乗る際のヘルメット着用が努力義務化されたにもかかわらず、かぶっている人はかなり少ない。イタリアでも努力義務で、ロードバイク愛好家以外、ヘルメットをして自転車に乗る人は決して多くない。だが日本ではもっと普及しているかと思っていた筆者にとって、その着用率の低さは意外だった。日本の徹底した順法精神は、長年海外でも有名だった。いっぽう今日、その良しあしはともかく人々は柔軟に、別の言葉で表現すればたくましく対処するようになっている。そうした意味で、日本もイタリア化している。
いや、イタリアを超えている。それが確認できるのは「歩道走行」だ。日本では2022年11月に「自転車安全利用五則」が15年ぶりに改訂され、「自転車は基本的に車道走行」が強調された。この問題は深掘りすると本欄に収まりきらなくなるので、このくらいにしておく。とにかく車道走行が原則、かつ歴史的旧市街の中心部では自転車は押して歩くイタリアで、日ごろ歩道をのんびり歩いている筆者である。東京でいきなり背後から無音、かつかなりの速度で接近してくる自転車は、上海の歩道で電動スクーターが背後に迫ってくるのに次ぐ恐怖である。
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「完成していない」から引き込まれる
都内のショッピングモールでは、いわゆるアイドルのライブイベントも行われていた。観客を見ると、筆者よりも明らかに年上と思われる白髪の男性たちが少なからずいて、ペンライトを振っていた。
だがそれ以上に驚いたのは、アイドルに対する筆者自身の心境の変化である。最初数曲を聴いていたときは、K-POPのトップアイドルたちが見せるような「切れ」がないことに失望の念さえ抱いた。だが不思議なことに、やがて「外国の人にはわかるまい」という心地よさが心をよぎったのある。
さらに認識したのは、アイドルは日本の軽自動車と同じである、ということだ。イタリアで常々筆者は、韓国系ブランドのシャープでアグレッシブな意匠や細部に舌を巻き、日本車のデザインは到底かなわない、と思ってきた。ところが、日本でハイト系・かわいい系の軽自動車に接するたび、ワーグナーのオペラ『タンホイザー』で、主人公が女神の住む異界「ヴェーヌスベルク」に溺れるがごとく、独自の世界に引き込まれてしまうのである。
そうした筆者の印象を聞いたwebCG若手スタッフは、別の観点から説明してくれた。彼によると、日本ではファンがアイドルを推す理由として、「育てる」感覚があるからだという。
筆者にいわせれば、海の向こうにも『マイ・フェアレディ』や『プリティ・ウーマン』といった“育成もの”は存在した。だがいずれもフィクションであり、かつ男性側は前者が学者、後者は実業家であった。それに似たものを一般人でも手軽に味わえるところに、和製アイドルの魅力があるのだろう。
そこから考えたのだが、K-POP同様、韓国車のデザインは完成しすぎていて、ファンが口を挟める余地は限りなく少ない。対して日本の軽自動車のデザインは、どこか未完成なあどけなさを匂わせている。そして車両カタログに匹敵するくらい厚いアクセサリー専門カタログが用意されている。実際に筆者も、それを読み始めると時間を忘れてしまう。ユーザーに、もう少し手を加えればかわいくなる=育ててあげたくなる余地を残しているのだ。それこそ、軽自動車に日本版アイドル的心地よさを感じる理由に違いないと考えた筆者であった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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