第837回:大矢アキオの東京アディショナルタイム(その1) ―在留邦人 4年ぶりの日本で受けた衝撃―
2023.12.07 マッキナ あらモーダ!カラスの声が目立った理由
ほぼ4年ぶりで日本に降り立った。2023年11月中旬のことである。東京の街で真っ先に気がついたのは、「街が静かになったこと」だ。交差点で信号待ちをしているクルマや、小さな街路を走るクルマを見て、理由は即座に判明した。タクシーを含め、ハイブリッド車が明らかに増えたのである。以前よりパーセンテージが低下したとはいえ、依然ディーゼル車のアイドリング音が響くイタリアとは対照的だ。
代わりに東京で耳につくようになったのは、カラスの鳴き声だ。イタリアではほとんど聞かないこともあるが、彼らの声はクルマが静かになったことで、相対的に声高に聞こえるようになっていた。
次に衝撃を受けたのも、やはり音である。ジェット機のエンジン音が聞こえてくるので空を見上げれば、都心上空を旅客機が飛んでいた。ご存じの読者も多いと思うが、「羽田新ルート」として2020年3月末から、南風時に運用が開始された航路だ。米軍基地の近くで少年時代を過ごした筆者ゆえ飛行機の音には驚かないが、都心の高層ビルをかすめるように旅客機が飛ぶ光景は、それなりに異質だった。
街を行くクルマに話を戻せば、「江東」をはじめ、筆者が知らないうちに、ご当地ナンバーが増えていた。軽自動車にもかかわらず白ナンバーのクルマを頻繁に目撃するので調べてみると、こちらも一部のご当地ナンバーを取得すればそれが可能であることを、いまさらながら知った。
いっぽうで、たとえ高価格帯のモデルでも、ちょっとしたへこみや擦り傷でも修復せずに使用しているユーザーが少なくないのが気になった。イタリアでは当たり前の光景であるが、日本のドライバーもクルマの維持費が大変になってきていることがうかがえた。
代わりに、イタリアとは対照的な自動車風景も目にした。古いメルセデスを大切に乗っている人たちだ。二子玉川駅の高島屋S・C付近は、以前と同様ドイツ系プレミアムカーが目立つ。そうしたなかに、ピカピカの3代目「Eクラス」(W211)もいた。2009年生産終了だから、最も若くても14年落ちということになる。イタリアを含む欧州では、同モデルはハイヤーとして使われていた個体が多いことから走行距離が極めて多く、大半はすでに退役している。さらに驚いたのは、初代「Cクラス」(W202)だ。こちらは2000年生産終了だから、最低でも車齢23年である。このモデルも、イタリアでは頑張って購入した一般ユーザーによって徹底的に乗られたあと捨てられていったことから、やはり絶滅種だ。渋谷の東急ハンズ改めハンズ前で目撃した初代Cクラスの車内をちらりとのぞくと、ドライバーは新車時代から愛用していると思われる、上品そうなご婦人だったこともほほ笑ましかった。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
ポケモンカードですか?
今回の東京滞在は、第1に健康診断や歯科治療を受けるためだった。クルマにたとえるなら、4年間無車検状態で暮らしてきた筆者ゆえ、それらは極めて重要な目的だった。第2は日本に来ないとできない役所や金融機関の手続きをするのがミッションだった。今回記したのは限られた自由時間、いわばアディショナルタイムに目撃・遭遇した事象である。
そうしたなか、あるイートインのスペースでは、スーツ姿の2人の紳士が隣にやってきて話し始めた。「こちらに割り印のほうをお願いします」という声。あれだけ政府が旗振り役となってデジタル化を推進しても、末端のそれなりの場所では“はんこ文化”がしっかり根づいていることを匂わせた。
思ったより残っていて驚いたもうひとつのものといえば、公衆電話である。これは数字にも表れている。イタリアで公衆電話の数は約1万6000台(2023年、出典:Agcom)、対して日本には約14万6000台(2020年、出典:総務省)も残っているのである。
日本滞在中の筆者の通信手段を説明しておけば、音声通話可能な海外在住者向け一時帰国用SIMカードを、日本用に買ったアンドロイド系スマートフォンに挿入して使っている。いまだ金融機関などには「メールでのやりとり不可」というところが少なくないから、音声通話は必須だ。
ところがそのSIMカード、着信こそ無料だが、発信はそれなりに高額だ。日本円換算で1分あたり95円から124円を要する。発信はスカイプで代用できるのだが、通話相手が0120で始まるフリーダイヤルや0570で始まるナビダイヤルの場合、スカイプでは発信できないのである。
そこで公衆電話のお世話になる。ところが、困ったことが起きた。テレホンカードが買えないのだ。かつて電話機の脇にあったカード販売機はとっくに撤去されて跡形もない。コンビニエンスストアでも売っていない。そもそもそうした店舗における日本人店員は激減していて、外国人のスタッフにテレホンカードと言ってもなかなか通じない。「ポケモンカードですか?」と聞き返された店もあった。
新橋駅前の金券ショップに赴いても、もはや売っている店は数少なかった。ようやく見つけた店で400円を払って手に入れた50度数カードも、前述のナビダイヤルにかけると一気に通話度数が吹っ飛んでいく。
救いの手を差し伸べてくれたのは、心優しきwebCG編集部員の人々であった。「たしか財布の中に眠っていたな」「私も持っている」と、即座に数枚が私に差し出された。それらは筆者の目に、かつて高額取引されていた斉藤由貴や石田ひかりが印刷されたテレホンカード以上の後光を放っていたのであった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第970回:クルマの背中に浮かぶ文字たち――空いた字間が語るもの 2026.7.16 アナタは自動車のボディー背面に施されたメーカー/ブランドのロゴについて考えたことがあるだろうか? 字間を詰めたり、広げたり、時代によって変わるそのトレンドと、その背景にあるメーカーの思惑を、自動車史にも精通する大矢アキオが語る。
-
第969回:裏地に『大脱走』! ピッティ・イマージネ・ウオモと自動車模様 2026.7.9 イタリアで開催された世界屈指の紳士モード見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ」を、現地在住の大矢アキオが取材。自動車にまつわるアパレルの最新トレンドを探り、新興ブランドのひたむきさと、老舗の刻んできた年輪に触れた。
-
第968回:初代「ルノー・トゥインゴ」は「フィアット500」と同じ旋風を起こせるか? 2026.7.2 リバイバルデザインの新型「ルノー・トゥインゴ」がデビューしてはや3カ月。このクルマの登場により、オリジナルにあたる初代がネオヒストリックとして脚光を浴びることはあるのか? 「フィアット500」の例を振り返りつつ、欧州在住の大矢アキオが考察する。
-
第967回:初代「トヨタ・クラウン」や“ヨタハチ”が「ミッレミリア」を走った! 2026.6.25 イタリアの歴史あるヒストリックカーラリー「ミッレミリア」に、日本のクルマが初めて参加! 石畳の道を行く初代「トヨペット・クラウン」に「トヨタ・スポーツ800」「2000GT」「スープラ」の姿を、現地在住の大矢アキオがリポートする。
-
第966回:フェラーリ・ルーチェ 地元イタリアで一般人はこう見た&大矢的こころ 2026.6.18 その斬新すぎるデザインで物議を醸している、フェラーリ初の量産電気自動車「ルーチェ」。このクルマは、おひざ元のイタリアではどのように受け止められているのか? かの地において自動車史と自動車文化をつぶさに見てきた大矢アキオがリポートする。
-
NEW
電気自動車の人工的な走行音はどうあるべきか?
2026.7.21あの多田哲哉のクルマQ&AEVの走行時に車内で聞こえてくる人工的な“音”は、本来、どうあるべきなのか? やはり、疑似エンジン音が最適なのか? トヨタでさまざまなクルマを開発してきた多田哲哉さんの考えを聞いてみた。 -
NEW
アストンマーティン・ヴァンテージS(FR/8AT)【試乗記】
2026.7.21試乗記アストンマーティンの擁するFRスポーツ「ヴァンテージ」が、より高性能な「ヴァンテージS」に進化。よりたくましいエンジンを獲得し、卓越したコーナリング性能に磨きをかけつつ、“優しさ”も身につけた最新モデルの走りを報告する。 -
第340回:一にエンジン、二にカッコ
2026.7.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。マツダ渾身(こんしん)のラージ商品群を応援するカーマニアのひとりとして、「CX-60」と「CX-80」の動向は常に気になっている。3列シートSUV、CX-80の最新モデルにあらためて試乗して感じたこととは? -
日産は“再挑戦”でホンダは“終了” 新型「エルグランド」発売に見る、プレミアムミニバンの今
2026.7.20デイリーコラムトヨタが圧倒的なシェアを占める上級ミニバンの世界において、新型「エルグランド」で復権をねらう日産。しかし、なぜフルモデルチェンジは16年ぶりになったのか? ホンダはどうするのか? この市場の今を考察する。 -
ホンダ・インサイト(FWD)【試乗記】
2026.7.20試乗記3000台の限定で販売される新型「インサイト」は、クロスオーバー風のフォルムと、これまでのホンダ車にはなかった内外装のデザインテイストが新鮮だ。中国で生産され、日本独自の名前が与えられた新型電気自動車の走りと仕上がりを、ロングドライブで確かめた。 -
ポルシェ911カレラT(後編)
2026.7.19ミスター・スバル 辰己英治の目利きスバルとSTIでクルマの走りを鍛え、モータースポーツにも積極的に取り組んできた辰己英治さん。彼の目に、“スポーツカーの水準器”こと「ポルシェ911」はどのように映ったのだろう? 走りの楽しさを追求した「カレラT」グレードに乗っての印象を聞いた。











