第927回:ちがうんだってば! 「日本仕様」を理解してもらう難しさ
2025.09.11 マッキナ あらモーダ!まぶたに残る、あの大ヒット
アメリカのドナルド・トランプ大統領が2025年に入ってから、日本市場における米国車の販売台数に対して複数回にわたり不満を表明している。そのたび、日本のメディアやインターネット上では、アメリカ車の車両寸法などを挙げながら「売れない理由」が議論されてきた。
米国車の外寸といえば、1990年代中盤に東京で所有していた初代「ビュイック・パークアベニュー」を思い出す。フロントシートに3人がゆったりと乗れ、往年の米国車の雰囲気をふんだんに残していた。ただし全長は5210mmあった。今日、日本で買える新車の輸入車だと「メルセデス・マイバッハGLS600」に相当する長さだ。ある日、渋谷の住宅街でのことだ。その十字路はもともとタイトなうえ、悪いことに電柱によってさらに幅員が狭められていた。「これは車体側面を擦っても仕方ない」と諦めかけたが、後続車がいないのをいいことに、恐るべき時間をかけた切り返しののち脱出・通過したのを覚えている。
いっぽう、日本市場での輸入車といえば、1982年「メルセデス・ベンツ190シリーズ(W201)」と、1982年「BMW 3シリーズ(E30)」を無視することはできない。いずれも当時の5ナンバー規格に収まったことから販売台数で成功したのは、webCG読者なら記憶しているところであろう。
筆者の実家にあった「190E」はといえば、価格の割に室内がタイトで、広々したクルマが好きな筆者としては正直なところへきえきした。しかしながら、後輪駆動かつフロントオーバーハングが短かったこともあって、その良好な取り回しは今でもしっかり覚えている。
W201やE30に関して、ダイムラー・ベンツ(当時)やBMWが、日本の乗用車規格を意識したという資料は見当たらない。だが、市場に適合していれば当たることを示した歴史的好例である。
ところで、筆者は過去にさまざまなジャンルで、日本市場を理解してもらう難しさを感じたことがあった。言い換えれば「ちがうんだってば感」にさいなまれたことがあった、というのが今回のお話である。
その竜、怖いです
まずは、東京の雑誌編集部で駆け出し編集記者をしていた1990年代初頭のことである。あるヨーロッパの女性画家が、日本の画商の紹介で訪ねてきた。彼女の作品は、いずれも第2次世界大戦前のフランス製高級車と女性を洒脱(しゃだつ)なタッチで描いたものだった。上司である編集長は誌面で紹介することを決めた。
後日、編集部に掲載用の作品写真が送られてきた。ところがそのなかの一点を見た上司が「これは載せられないねえ」と苦笑した。見せてもらうと、クルマこそは優雅な戦前ヨーロッパ製高級車なのだが、背景に描かれていたのは中国とも日本ともつかない庭園だった。さらに、日本人からすればけっして和装といえない着物風衣装をまとっていて、片手には俗にいう唐傘をもっていた。作者本人は日本に対する親近感と、美術市場で好印象をもってもらうために描いたのだろうが、日本のオートモビリア(自動車関連絵画)コレクターが期待するものからは明らかに逸脱していた。
イタリアに居を移してからも、同様の「ちがうんだってば感」を巻き起こす日本市場向けのアイデアに、たびたび遭遇した。
一例は、ある腕時計ブランドである。筆者と対面したイタリア人コンセプターは、すでに進出している日本市場をより開拓したいと話した。そして彼はこう続けた。「日本の伝統にちなんだ柄を裏ぶたか、ダイヤルに反映したいと思う」。それを聞いた筆者は「日本の時計コレクターは、そうした疑似日本風よりもイタリアらしさを求めている」と反対した。
後日聞いたところによると、日本のインポーターもそれを彼らに説明したようで、そのアイデアは不採用となった。代わりにイタリアの史実に基づいた文言がケースに刻まれることになった。
ロードバイク用のウエアというのもあった。長年にわたり、著名なアウトドア用アパレル企業で経験を積んだ人物が、約10年前に独立・創設したブランドだった。スタッフが「これは日本のマーケットで必ず受けると思います」といって見せてくれた試作品はといえば、あでやかな竜が描かれたものだった。イタリアに住んでいると、竜≒東洋全域の縁起物と信じている人にたびたび出会う。彼もそのひとりだったのだろう。ロードバイク用ウエアという性格上、その絵面は体にぴったりフィットする。着用状態を見ると、人によっては和彫りのタトゥーと勘違いしてしまうだろう。残念ながら時間がなかったことに加え、アドバイスを求められたわけではないので、筆者はそのまま場を後にしたが、前述の腕時計と同様、未来のインポーターには率直な意見を述べてほしいと、心の中で願った。
日本のカスタマーが持つヨーロッパのプロダクトへの期待と、つくり手の思いとのミスマッチが発生する理由のひとつとして、中国市場があると筆者は考える。ヨーロッパのクリエイターたちは、「中国らしさ」を受け入れるかの地の顧客を見て、日本人も同様のマインドを持っていると考えてしまうのである。
それでも、縮小市場といわれて久しい日本で、いまだに勝負したいという企業があることを思うと、悪い気がしないのも事実だ。そして同時に、さらに本音を明かしにくくなってしまうのである。
日本企業も要注意
そうしたなかにあって、実はよく市場を研究しているのがイタリアの帽子ブランドである。起源を19世紀にさかのぼるフィレンツェの帽子工房を訪問したときだ。無数の型が並ぶアトリエで、職人は「頭の形を比較した場合、一般的にヨーロッパ人は前後に長く細めで、日本を含む東洋人は横が広く短めです」と教えてくれた。なるほど、筆者がイタリアで売られている既製の帽子を手に入れても、横がきつめであるのは、そのためだったのだ。そこは、日本の著名政治家が愛用しているブランドほどの地名度はない、小さな工房である。しかしながら、世界各地のバイヤーを相手に、着実に販路を広げている。そうした仕向け地ごとの知識が、彼らの成功を支えているのだと思った。
最後になるが、逆に海外進出を模索する日本企業の商品にも「ちがうんだってば感」を抱くことがある。とくにお役所系の組織が絡んだ欧州イベントで、「こりゃヨーロッパの人は買わないだろう」と思わせるものにときおり遭遇する。一生懸命製作に励んでいる職人たちを尊重すべく具体的品名を記すことは控えるが、あえていえば高価な手作り工芸だ。アニメをはじめ日本のポップカルチャーの潮流に便乗できるのではないかと信じて出展するのだろうが、収入が少ない、もしくはまだ未就労の若者層が来場するイベントにはまったく適さない。関係筋の「これ、海外に紹介すれば売れますよ」の言葉は要注意である。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA、メルセデス・ベンツ、BMW/編集=堀田剛資)
拡大 |

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第939回:さりげなさすぎる「フィアット124」は偉大だった 2025.12.4 1966年から2012年までの長きにわたって生産された「フィアット124」。地味で四角いこのクルマは、いかにして世界中で親しまれる存在となったのか? イタリア在住の大矢アキオが、隠れた名車に宿る“エンジニアの良心”を語る。
-
第938回:さよなら「フォード・フォーカス」 27年の光と影 2025.11.27 「フォード・フォーカス」がついに生産終了! ベーシックカーのお手本ともいえる存在で、欧米のみならず世界中で親しまれたグローバルカーは、なぜ歴史の幕を下ろすこととなったのか。欧州在住の大矢アキオが、自動車を取り巻く潮流の変化を語る。
-
第937回:フィレンツェでいきなり中国ショー? 堂々6ブランドの販売店出現 2025.11.20 イタリア・フィレンツェに中国系自動車ブランドの巨大総合ショールームが出現! かの地で勢いを増す中国車の実情と、今日の地位を築くのに至った経緯、そして日本メーカーの生き残りのヒントを、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが語る。
-
第936回:イタリアらしさの復興なるか アルファ・ロメオとマセラティの挑戦 2025.11.13 アルファ・ロメオとマセラティが、オーダーメイドサービスやヘリテージ事業などで協業すると発表! 説明会で語られた新プロジェクトの狙いとは? 歴史ある2ブランドが意図する“イタリアらしさの復興”を、イタリア在住の大矢アキオが解説する。
-
第935回:晴れ舞台の片隅で……古典車ショー「アウトモト・デポカ」で見た絶版車愛 2025.11.6 イタリア屈指のヒストリックカーショー「アウトモト・デポカ」を、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが取材! イタリアの自動車史、モータースポーツ史を飾る出展車両の数々と、カークラブの運営を支えるメンバーの熱い情熱に触れた。
-
NEW
MTの“シフトフィール”は、どんな要素で決まるのか?
2025.12.9あの多田哲哉のクルマQ&Aクルマ好きの間では、しばしば「MT車のシフトフィールの良しあし」が語られるが、その感触は、どんな要素で決まってくるのだろうか? トヨタでスポーツカーを開発してきたエンジニア、多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
フェラーリ12チリンドリ(FR/8AT)【試乗記】
2025.12.9試乗記フェラーリのフラッグシップモデルが刷新。フロントに伝統のV12ユニットを積むニューマシンは、ずばり「12チリンドリ」、つまり12気筒を名乗る。最高出力830PSを生み出すその能力(のごく一部)を日本の公道で味わってみた。 -
アウディS6スポーツバックe-tron(4WD)【試乗記】
2025.12.8試乗記アウディの最新電気自動車「A6 e-tron」シリーズのなかでも、サルーンボディーの高性能モデルである「S6スポーツバックe-tron」に試乗。ベーシックな「A6スポーツバックe-tron」とのちがいを、両車を試した佐野弘宗が報告する。 -
あのステランティスもNACS規格を採用! 日本のBEV充電はこの先どうなる?
2025.12.8デイリーコラムステランティスが「2027年から日本で販売する電気自動車の一部をNACS規格の急速充電器に対応できるようにする」と宣言。それでCHAdeMO規格の普及も進む国内の充電環境には、どんな変化が生じるだろうか。識者がリポートする。 -
アウディRS 3スポーツバック(後編)
2025.12.7ミスター・スバル 辰己英治の目利きミスター・スバルこと辰己英治が、最高出力400PSの「アウディRS 3」をチェック。かつて、同じようなハイパフォーマンス4WDを数多く手がけてきた彼の目に、このマシンはどう映るのか? ドイツが誇る超高速コンパクトの“気になるところ”とは? -
トヨタ・アクアZ(FF/CVT)【試乗記】
2025.12.6試乗記マイナーチェンジした「トヨタ・アクア」はフロントデザインがガラリと変わり、“小さなプリウス風”に生まれ変わった。機能や装備面も強化され、まさにトヨタらしいかゆいところに手が届く進化を遂げている。最上級グレード「Z」の仕上がりをリポートする。









