トヨタ・クラウン セダンZ(FR/CVT+4AT)
至高の保守本流 2024.01.09 試乗記 「クラウン」が生まれ変わったといっても、トヨタは古くからの顧客を置き去りにしたわけではない。新しい「セダン」はショーファーカーとしてもドライバーズカーとしても第一級であり、これならロイヤルカスタマーも納得することだろう。ハイブリッドモデルの仕上がりをリポートする。堂々たるサイズ
保守とは何かについて、思いを巡らせた。クラウン セダンに乗ったからである。16代目クラウンには4種のボディータイプが設定されている。2022年9月に発売されたのは「クロスオーバー」で、1年以上遅れて「スポーツ」とセダンが加わった。さらに「エステート」が続く予定である。1955年に始まる長い歴史を持つクラウンが、これまでとは違う路線に一歩を踏み出したのだ。保守ではなく、革新である。
最初に発売されたことで分かるように、4種のうちで中核的存在なのがクロスオーバーだ。世界的にSUVが主流となっているなかで、これは適切で妥当な判断だといえるだろう。ボディー形状だけでなく、駆動方式も変更された。4WDではあるが、前輪駆動の「GA-K」プラットフォームを使っている。かたくなに後輪駆動を守ってきたクラウンにとっては、革命的な変化だといっていい。
トヨタの頂点に立つクラウンを乗り継いできたユーザーのなかには、唐突な方向転換に戸惑う向きもあるだろう。保守的なモデルを求める人々の救世主となるのがクラウン セダンである。後輪駆動の「GA-L」プラットフォームを用いているのだ。これは燃料電池車の「ミライ」と同じものであり、クラウン セダンにも燃料電池仕様が用意されている。もうひとつはハイブリッドシステムのFR車で、今回試乗したモデルだ。
対面すると、堂々たる体格に圧倒される。全長と全幅はクロスオーバーを超えているのだ。サイズを大きくした恩恵で、威厳のある流麗なフォルムが実現した。ルーフは後方に向かってなだらかに降下し、ハッチバックのようにも見える。実際には広いリアウィンドウの下部も含めてトランクリッドになっており、独立した荷室を持っているのだ。
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思いのままの加減速
極限まで薄くしたヘッドライトやシャープな形状のフロントグリルの組み合わせが、洗練された新世代のデザインであることを主張する。斬新なエクステリアデザインにたじろいでも、ドアを開けて運転席に座ると落ち着きを取り戻すはずだ。インテリアは奇をてらわずオーソドックスなつくりである。木目調パネルや穏やかなカラーの本革が使われていて、高級感を醸し出す。縦置き型のスマホ充電器が備えられているなど、使い勝手もアップデートされている。
スペース効率に難があるといわれるFRレイアウトだが、全長が5030mmでホイールベースは3000mmというサイズだから後席にも十分なスペースがある。ただし、頭の上はすぐ天井だ。ミニバンや軽ハイトワゴンに慣れ親しんでいると狭く感じるかもしれないが、むしろあれが過剰なのだ。一応5人乗りということになっているが、後席は実質2人しか乗れない。太いセンタートンネルが通っていて、中央に座ると不自然な開脚姿勢を強いられてしまう。
2.5リッターの直4エンジンとモーターが組み合わされ、システム最高出力は245PS。電気式CVTに加えて4段ATが備わっていて、レスポンスを高めるとともに、高速巡航ではエンジン回転数を抑える効果があるという。発進は静かでスムーズだ。静粛性は申し分なく、低速での加減速は思いのままでストレスがない。
運転を楽にしてくれるのは「プロアクティブドライビングアシスト(PDA)」である。周囲の状況を感知し、ブレーキやステアリング操作を支援する機能だ。コーナーに差し掛かったり前のクルマに近づいたりすると、絶妙なタイミングで減速する。以前にもほかのトヨタ車で試したことがあったが、作動の洗練度が向上しているように感じた。おせっかいになりすぎない、ちょうどいい介入がトヨタらしい。
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大型化の功罪
弱点がないわけではなくて、ボディーの巨大化が狭い道での取り回しで不安要素になる。古くからある商業施設の駐車場では、パーキング時にかなり気を使うことになった。自動駐車の「アドバンストパーク」が付いているが、一定の広さがないと機能してくれない。従来のクラウンは日本の道路事情を考慮し、全幅の上限を1800mmとしていた。新型クラウン セダンの全幅は1890mmになり、5mを超える全長もあって路地では苦労する。視点の高いSUVならばもう少し楽なのだが、クラウンに限らず大型セダンのウイークポイントである。
高速巡航ではボディーの大きさがアドバンテージになり、ゆったりとした乗り心地を提供する。4段ATの恩恵もあってか、静かで快適なドライブだ。ただ、段差を乗り越える際には揺れの収まりに時間がかかるように感じた。おおらかで泰然とした振る舞いがかつてのクラウンでは好まれたが、その伝統を受け継いでいるのだろうか。
しかし、ワインディングロードに乗り入れると別の表情が表れる。アクセルを踏み込むと勇猛なエンジン音が響き渡り、アグレッシブな一面を見せるのだ。高速コーナーが続く上り坂では無敵感を味わえる。冷静になるとサウンドの演出よりは加速が控えめであることに気づくが、気分は上々である。
山道では、ドライブモードを「スポーツ」に設定する。パワートレインは加速重視になり、シャシーはスポーツ走行に適した制御に変わる。電子制御サスペンションの「AVS」が装備されており、減衰力を変化させることができるのだ。ほかに「エコ」と「ノーマル」があるのはいつもどおりだが、新しく加えられたのが「リアコンフォート」モードである。
万能なリアコンフォートモード
リアコンフォートは、文字どおり後席の乗り心地を優先するモードだ。パワートレインは標準状態で、AVSの制御が乗り心地重視に変わる。カンパニーカーやタクシーとして使われることも想定して生まれたクラウンなのだから、後席の快適性は断固として守るべき伝統である。運転を代わってもらい、具合を試してみた。路面の悪いところでは違いが顕著である。スポーツモードがゴツゴツするのは当然だが、ノーマルモードと比べても上下動が気にならなくなった。
ありがたいのは、操縦性が犠牲になっていないことだ。後席の乗り心地をよくするためにドライバーが苦労するのでは困るが、リアコンフォートモードは運転にも好影響を与えている。フラットな動きになることで、操作に安心感と確実性が得られるのだ。ノーマルがデフォルトになっているので、高速道路でもノーマルモードで走っていたことに気づいた。後でリアコンフォートモードを選んで走ってみたら、段差での揺れの収まりが明らかに改善されている。こちらがデフォルトでもいいのではないかと思った。
助手席のヘッドレストを前に倒せるようになっていて、後席の乗員に配慮していることが分かる。ショーファードリブンの伝統は守られているわけだが、クラウン セダンはドライバーズカーとしても一級品である。かつてクラウンには「ロイヤル」と「アスリート」というグレードが設定されていて、前者は乗り心地を、後者は操縦性を強みとしていた。14代目クラウンのチーフエンジニアは、「これからはアスリートがメインのクルマになると思います。近い将来、ロイヤルは陳腐化していくんじゃないでしょうか」と語っていたのを思い出す。新型クラウン セダンは、そんな悩みを過去のものとしたのだ。
クラウンは保守的なクルマといわれていたが、実際には最新のテクノロジーをいち早く取り入れてきた歴史がある。ならば革新のクルマと呼ぶべきなのかというと、それは違う。性急な変革を避け、丁寧に少しずつ改良を積み重ねることによって穏やかに理想を目指していく。それがエドマンド・バークの提唱した保守思想だった。まさにクラウンである。堂々と保守本流であることを主張していい。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
トヨタ・クラウン セダンZ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5030×1890×1475mm
ホイールベース:3000mm
車重:2020kg
駆動方式:FR
エンジン:2.5リッター直4 DOHC 16バルブ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:CVT+4段AT
エンジン最高出力:185PS(136kW)/6000rpm
エンジン最大トルク:225N・m(22.9kgf・m)/4200-5000rpm
モーター最高出力:180PS(132kW)
モーター最大トルク:300N・m(30.6kgf・m)
システム最高出力:245PS(180kW)
タイヤ:(前)245/45ZR20 103Y/(後)245/45ZR20 103Y(ダンロップe SPORT MAXX)
燃費:18.0km/リッター(WLTCモード)
価格:730万円/テスト車=776万9700円
オプション装備:ボディーカラー<プレシャスメタル>(5万5000円)/ブラックパッケージ<245/45R20タイヤ&20×8 1/2アルミホイール[ブラックスパッタリング塗装]、ヘッドランプモール[漆黒メッキ加飾]、ロアグリルモール[漆黒メッキ加飾]、フェンダーガーニッシュ[漆黒メッキ加飾]、ベルトモール[漆黒メッキ加飾]、リアバンパーモール[漆黒メッキ加飾]>(19万8000円)/パノラマルーフ<電動シェード&挟み込み防止機能付き>(11万円)/デジタルキー(3万3000円) ※以下、販売店オプション フロアマット<エクセレントタイプ>(7万3700円)
テスト車の年式:2023年型
テスト開始時の走行距離:1214km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:392.2km
使用燃料:--リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:11.5km/リッター(車載燃費計計測値)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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