トヨタ・クラウン セダンZ<FCEV>(RWD)
水素がかなえる洗練と上質 2024.01.27 試乗記 歴代モデルの伝統を色濃く受け継ぐ「トヨタ・クラウン セダン」のなかから、水素で走る燃料電池車(FCEV)に試乗。先進のパワートレインを搭載したクラシックなサルーンは、私たちにどんな世界を見せてくれるのか。FCEV独自の魅力に触れ、その普及に思いをはせた。伝統を受け継ぐFRの正統派セダン
現行の16代目クラウンがデビューする1年ほど前から、「次期クラウンはFF系プラットフォームのSUVになる」とうわさされ始めた。1955年に誕生し、15世代にわたってFR系プラットフォームの正統派セダンとして生き永らえてきたクラウンも、時代の流れには逆らえないのかと一抹の寂しさを覚えたものだが、2022年の発表会の場では、「クロスオーバー」「セダン」「スポーツ」「エステート」と4種類を取りそろえ、そのうちセダンはFR系のプラットフォームが採用されると知ってうれしくなった。
たしかにここ数世代のクラウンは、セダン離れの波に翻弄(ほんろう)されて右肩下がりの苦戦を強いられてきたが、16代目は多種多様なラインナップを取りそろえ、海外展開にも取り組むという抜本的な改革の鉈(なた)が振るわれたのだ。これは最近のトヨタが採用している群戦略によるものでもある。群とは文字どおり「むれ」「集まり」のことで、ビジネスで群戦略をうたい始めたのは、ソフトバンクの孫 正義氏である。グループ企業を永続的に価値向上させる戦略を指すが、トヨタでは製品群としても用いている。「センチュリー」や「アルファード/ヴェルファイア」はフラッグシップ群とされ、このたびそこに“クラウン群”が誕生。ラインナップを増やすだけではなく、クラウン専門のブランド拠点「THE CROWN」の展開にも取り組むという力の入れようだ。クラウンはトヨタの単なる一車種ではなく、新しい体験や価値を提供する製品群となったのである。
今回試乗したのは、第3弾商品となるクラウン セダン。第1弾のクロスオーバーが販売台数や海外展開ではメインとなるが、クラウンというクルマの歴史を思えば、「新時代の正統派セダンを継承する、ニューフォーマルセダン」と銘打たれたこのクルマこそが、その王道といっていいだろう。
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気になるのはロードノイズだけ
試乗車はFCEVで、「ミライ」とハードウエアの多くを共有する。ミライの初代モデルはFF系プラットフォームだったが、2代目でFR系の「GA-L」プラットフォームにした理由のひとつが、かさ張る水素タンクのレイアウトに有利だからだった。3本あるうちの1本は、エンジン車ではプロペラシャフトが通るフロアトンネル部に配置されている。
そういった基本構造を含め、FCスタックやモーター、水素タンク容量などはクラウン セダンでも共通。ただし、ボディーサイズは一回り大きく、ホイールベースも3000mmとロングでショーファー需要にも対応している。そのぶん車両重量はわずかに増すが、燃費性能および一充填(じゅうてん)走行距離はほとんど変わらない。WLTCモードで約820kmと十分な航続距離があるのがBEV(電気自動車)に対して有利な点だ。また、充填にかかる時間は約3分で、ガソリン車やハイブリッド車と変わらぬ利便性となっている。
走らせ方やフィーリングはBEVとほぼ同じ。システムを立ち上げても静かで、アクセルを踏めば音もなく加速していく。モーター駆動ならではの低回転・低速域でのトルクの太さとレスポンスのよさ、シームレスな加速感は、高級車と抜群に相性がよく、これまで乗ったどのクラウンよりも上質だ。
FCEVは外部から空気を取り込んで酸素と水素を化学反応させているので、強く加速させるときには吸気音が聞こえてくるものだが、クラウン セダンではそれも抑え込まれていて耳には届いてこない。パワートレインのノイズをミライ以上にシャットアウトしていて風切り音も抑えられているが、ロードノイズだけは気になる場面もあった。十分に低いレベルではあるのだが、最近はプレミアムブランドの高価格なBEVが徹底的にノイズを低減していて、それを体験していると「やればまだできるはず」と思ってしまう。電動化時代の静粛性のつくり込みは、メーカーにとって悩みの種だろう。
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「GA-L」プラットフォームで随一の乗り味
街なかでも高速道路でも、普通に走らせているだけならばパフォーマンスに不満はなく、低・中速域などはモーター駆動らしく頼もしいのだが、絶対的なパワー&トルクはさほど大きくはないので速さはたかが知れている。0-100km/h加速は9秒台で、プリウスの2リッターハイブリッドの7.5秒やプラグインハイブリッドの6.7秒に比べると見劣りしてしまう。
とはいえ、一般的に0-100 km/h加速は10秒を切っていれば公道では十分といわれていて、実際に走らせてもそのとおりだと納得する。むしろスペックよりも速く感じるほどなのだが、それはリアタイヤをモーターで駆動していて、なおかつピッチングが少なく抑えられているので、ことのほかダイレクトな感覚があるからだろう。回生協調ブレーキのフィーリングもあまたある電動車のなかでトップレベルにあり、加速にも減速にも操る楽しさがしっかりとある。
そうしたパワートレイン以上に感心させられたのが、シャシー性能だ。GA-Lプラットフォームは「レクサスLC」や「LS」で乗るとボディー剛性があまり高くなく感じられ、パワーステアリングの妙なフリクションも相まって、シャシー性能は今ひとつだったのだが、ミライで一気によくなり、クラウン セダンではさらに進化している。嫌な突き上げ感はなく快適な乗り心地ながら、どっしりと落ち着いていて路面が荒れていてもボディーがフラットに保たれているのは見事だ。柔らかすぎず、硬すぎず、ゆっくりと流してもハイペースで走らせても常に心地いい。パワーステアリングはフリクションが少なくてスッキリとしており、ハンドリングはクイックではないものの正確性が高い。
さらなる拡販に期待したい
面白いのはドライブモードセレクトに「REAR COMFORT(リアコンフォート)」というモードがあることだ。リアの電子制御可変ショックアブソーバーの減衰力を低めにして後席の乗り心地を重視した設定で、たしかにノーマルよりもソフトになる。低速域で凹凸が連続する場面などでは、入力が優しくて快適になるから、後席に人を乗せて移動するときには向いている。路面のうねりが大きい場面では上下動の収まりが悪くなる傾向はあるが、速度の高まりとともに減衰力も高くなっていき、高速道路ではほぼノーマルと同等になるので、状況によってはかえって不快になってしまうという心配もあまりしなくていい。基本的なシャシー性能、それに制御系も含め、ショーファーとしてもドライバーズカーとしても優秀だろう。
モーター駆動で静粛性の高いFCEVは、クラウンらしい上質感をエンジン車やハイブリッドカーでは達成しえない領域まで高めた。これと同等以上を望むならBEVしかないが、航続距離と充填時間は圧倒的にFCEVが有利となる。
水素ステーションについては、まだ日本のどこでも便利といえるほど普及していないのが残念だが、数としては2017年に国が策定した水素基本戦略のとおり、ほぼ順調に増えて全国に160カ所強となっている。ところが、FCEVの販売台数が見込みを大幅に下回っているので、各ステーションは仕方なく営業日を減らしたり、営業時間を短くしたりしているのが現状。インフラと車両のバランスがとれていないのである。
FCEVは大型車・重量車になるほど向いているので、そう遠くない将来にバスやトラックなど商用車が普及をけん引するとみられているが、クラウン セダンFCEVをはじめ、2024年中に国内販売される「ホンダCR-V FCEV」や、2020年代後半の市販を目指しているBMWのFCEVなど、乗用車の拡販にも期待したいものだ。
(文=石井昌道/写真=山本佳吾/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
トヨタ・クラウン セダンZ<FCEV>
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5030×1890×1475mm
ホイールベース:3000mm
車重:2000kg
駆動方式:RWD
モーター:交流同期電動機
最高出力:182PS(134kW)/6940rpm
最大トルク:300N・m(30.6kgf・m)/0-3267rpm
タイヤ:(前)245/45ZR20 103Y XL/(後)245/45ZR20 103Y XL(ダンロップe SPORT MAXX)
燃費:148km/kg(WLTCモード)
価格:830万円/テスト車=865万9700円
オプション装備:ボディーカラー<プレシャスメタル>(5万5000円)/ブラックパッケージ<245/45ZR20タイヤ&20×8 1/2Jアルミホイール[ブラックスパッタリング塗装]+ヘッドランプモール[漆黒メッキ加飾]+ロアグリルモール[漆黒メッキ加飾]+フェンダーガーニッシュ[漆黒メッキ加飾]+ベルトモール[漆黒メッキ加飾]+リアバンパーモール[漆黒メッキ加飾]>(19万8000円)/デジタルキー(3万3000円) ※以下、販売店オプション フロアマット<エクセレントタイプ>(7万3700円)
テスト車の年式:2023年型
テスト開始時の走行距離:1108km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(7)/山岳路(0)
テスト距離:372.4km
使用燃料:--kg(圧縮水素)
参考燃費:94.5km/kg(車載燃費計計測値)
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石井 昌道
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