BMW i7 eDrive50 Mスポーツ(RWD)
ひとり見本市 2024.04.08 試乗記 あまりのキラキラぶりにドライバーも同乗者も目がくらみ、(意図しなくても)前を行くクルマが進路を譲る。「BMW i7」とはそういうクルマである。シリーズでは最廉価、後輪駆動の「eDrive50 Mスポーツ」の仕上がりをリポートする。唯一無二のルックス
ゴージャス、ラグジュアリー、マジェスティック、スペクタキュラー、ブリリアント、マグニフィセント……。BMW i7の威容を目の当たりにしたときの感慨は、この程度の言葉では言い尽くせない。BMW傘下の超高級車ブランドを想起させるという指摘は多いが、英国の伝統に裏づけられた美意識とは異なる哲学が感じられる。2018年に大ヒットした映画のタイトルを借りて、「クレイジー・リッチ」と表現するのがいいかもしれない。原題は『Crazy Rich Asians』で、アジアの尋常ではない金持ちの世界を描いていた。i7のデザインは中国市場を意識しているというから、あながち的外れな形容ではないのではないか。
i7はBMWのフラッグシップセダン「7シリーズ」のトップグレードの位置にある。先代まで設定されていた12気筒エンジンモデルが廃止され、ガソリンもディーゼルも直列6気筒が上限となった。価格と出力の両方で、電気自動車(BEV)が上回っている。試乗したeDrive50 Mスポーツは105.7kWhのリチウムイオン電池を搭載し、最高出力455PS、最大トルク650N・mのモーターで後輪を駆動する。
フロントとリアにモーターを持つ4WDのMパフォーマンスモデル「M70 xDrive」は2198万円なので、eDrive50 Mスポーツの1598万円は比較的安価ということになる。ただ、試乗車には626万7000円のオプションが装備されており、合計で2224万7000円という価格だ。2トーンペイントだけで164万3000円が上乗せされている。頭がクラクラしてくるが、これがクレイジー・リッチの世界なのだろう。
フロントには巨大なキドニーグリルがにらみを利かせていて、この意匠は中国の富裕層にウケそうだ。照明と連動してグリルのフチが光るので、夜にはかなり迫力のある顔面になる。サイドの上下2段に分かれたライトがシャープな印象で、うまくバランスをとっている印象だ。万人向けではないが、見栄えのする唯一無二のルックスを生成することに成功している。
巧みなサウンド演出
重厚でいかめしいだけではない。内外装ともにキラキラ感があふれている。ライト上部にはクリスタルカットが施されていて、点灯しなくても太陽光が当たれば虹色に光る仕組みだ。乗り込むと、キラキラ度はさらにアップ。ダッシュボードからドアに続くラインのオーナメントがやはりクリスタル調で、アンビエントライトになっていて妖しく光る。シフトセレクターやダイヤル、シートの調整スイッチもキラキラだ。
レザーとカシミアで仕立てたシートは落ち着いた色合いで、適度な柔らかさのゆったりとした掛け心地にようやく心が安らぐ。ウッドパネルとメタルパーツが用いられたインテリアはスポーティーなイメージと上質感がいいバランスだ。ゆっくりとアクセルを踏むと、比類なき滑らかさで音もなくそろそろと走りだした。微低速でもコントロールはしやすい。
その気になれば、加速は爆発的だ。タイムラグを感じさせない電光石火の動きで、みるみるうちにとんでもないスピードに達しそうになってあわててブレーキを踏む。減速の振る舞いも優雅で、巨体をスムーズに停止させる。当然ながらエンジン音やエキゾーストノートは聞こえないが、電気自動車ならではのサウンド演出が巧みだ。モーターとインバーターが低音と高音で心地よい和音を奏で、エンジン車とは異なる高揚感をつくり出している。
「マイモード」を選んで、出力の制御とともにサスペンションの設定やディスプレイのデザインなどを切り替えることができる。「スポーツ」を選ぶとメーターが赤く光って戦闘態勢が整ったことを分かりやすく知らせてきた。加速力が高まるのとシンクロしてサウンド演出も派手になる。なぜかエンジンに寄せた音質になるのが面白かった。
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至れり尽くせりのおもてなし
ワインディングロードを駆け回るようなクルマではない。高速道路での巡航が最も似つかわしいステージだ。静粛性も乗り心地も恐ろしくレベルが高く、高級車の見事なお手本になっていると感じた。スピードを出しているわけではないのに前を行くクルマが道を譲るのには困惑したが、ルームミラーに映し出される王者の貫禄につい恐れをなしてしまうのは理解できる。
3215mmという長大なホイールベースを持っているから、後席には広大なスペースがもたらされている。ミニバンのようなだだっ広い空間ではなく、セダンらしい節度あるくつろぎを提供する。運転するのも楽しいが、できれば後席に収まってまったりしたいのが本音だ。ショーファードリブンの用途が考慮されているのは当然で、至れり尽くせりのおもてなしが用意されている。
後席ドアにはスマートフォンのようなパネルが装備されていて、エアコンやエンターテインメントなどを手元でコントロールできる。シアターモードを選ぶと天井から超大型の横長ディスプレイが下がってきた。同時にシートが倒れてリアとサイドのブラインドが下ろされる。外光がさえぎられて薄暗くなった車内で、リラックスして映画を楽しむことだってできるのだ。
助手席の後ろのシートには巨大なオットマンが装備されていて、ほとんど寝ているような体勢にもなれる。その場合は助手席を折りたたんで前に出すことになり、ドライバーの視界がさえぎられてしまう。どんな状況で使うのか想像できないが、後席の乗員に別格の厚遇が与えられていることだけは分かった。
社会が追いついていない
ゆったりとした室内空間を得たのはいいが、ロングホイールベースには副作用もある。最小回転半径は6.2mに達するのだ。取り回しに苦労しそうなので、狭い道は避けて走るのが賢明だろう。駐車場にも近寄りたくないが、ありがたいことに自動パーキング機能が優秀だ。ディスプレイに示された場所を選択すると、ステアリングや前進後退をすべて自動で操作し、ぴったりとスペースに収まった。電動車のメリットが存分に生かされている。
大容量のバッテリーを搭載しているので、東京から試乗地の御殿場までの往復は無充電でも問題なくこなせる。残量は十分にあったが、海老名サービスエリアでチャージすることにした。不都合なことに、出力90kWの充電器がふさがっていて、40kW機しか残っていない。容量105.7kWhのバッテリーには能力不足である。パワフルな急速充電器はまだ数が少ないので争奪戦になる。充電インフラが高性能BEVに対応できていないのだ。
充電以外にも困った事態に遭遇した。eDrive50 Mスポーツの車両重量は2560kgである。2.5tを超えると、駐車できるタワーパーキングが限られてしまう。エンジン車の時代に設計されているから、重いバッテリーを搭載するBEVは想定されていない。電動化が思ったよりも急速に進んだことで、社会の側が追いつけていない状況が生まれている。
BEVの普及スピードが鈍化傾向にあり、自動車メーカーは戦略の見直しを迫られている。最も過激な電動化ロードマップを示していたメルセデス・ベンツは、2030年にすべての新車をBEVにするという目標を修正した。比較的マイルドな電動化戦略をとっていたBMWは、悪くないポジションにいるのだと思う。
i7が最先端の高性能BEVであることは確かで、走行性能と快適性の高さには感心した。デザインやエンターテインメントなどにも、電動車だからこその提案がある。BMWが考える現時点での技術や構想が盛り込まれているが、激変するクルマの環境を考えるとこれが最適解なのかどうかは分からない。今は過渡期なのだ。i7はBEVの現在位置をアピールしながら、BMWの未来を予感させるエキシビション的な役割を担っているのだと思う。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
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テスト車のデータ
BMW i7 eDrive50 Mスポーツ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5390×1950×1545mm
ホイールベース:3215mm
車重:2560kg
駆動方式:RWD
モーター:交流同期電動機
最高出力:455PS(335kW)/1万3000rpm
最大トルク:650N・m(66.3kgf・m)/0-5000rpm
タイヤ:(前)255/45R20 105Y XL/(後)285/40R20 108Y XL(ピレリPゼロ)
交流電力量消費率:185Wh/km(WLTCモード)
一充電走行距離:652km(WLTCモード)
価格:1598万円/テスト車=2224万7000円
オプション装備:BMWインディビジュアルスペシャルペイント<トワイライトパープル>(84万円)/BMWインディビジュアル2トーンペイント<オキサイドグレー>(164万3000円)/BMWインディビジュアル フルレザーメリノ&カシミアウールコンビネーション(136万2000円)/セレクトパッケージ(75万2000円)/リアコンフォートパッケージ(61万9000円)/Mアルカンターラルーフライニング(0円)/エグゼクティブラウンジシート(30万1000円)/リアシートエンターテインメントエクスペリエンス(75万円)
テスト車の年式:2023年型
テスト開始時の走行距離:2128km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:324.1km
参考燃費:3.8km/kWh(車載電費計計測値)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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