第268回:コロナEXIVに乗る孤高のアウトロー
『辰巳』
2024.04.19
読んでますカー、観てますカー
『ケンとカズ』から8年ぶりの長編映画
冒頭のシーンでは、2人の男がクルマの中で激しく争っている。ずいぶん狭い車内だと思ったら、「トヨタ・コロナEXIV」だった。彼らはクルマの外に出てからも殴り合い、ささくれだった言葉をぶつけ合う。2人は兄弟らしい。ヤク中の弟から、兄がシャブを取り上げようとしているのだ。
『辰巳』が描くのは、闇社会の最底辺だ。監督は小路紘史。この欄で紹介した『ケンとカズ』でも似たような世界が舞台だった。長編映画は8年ぶりである。前作が高い評価を得たことで商業映画の依頼もあったが受けなかったらしい。だから、この映画も自主制作である。クラウドファンディングで資金を集め、監督が自分の思いどおりに製作できる状況を整えた。
映画全体を覆っているのは暴力の匂いだ。男たちは力を誇示して自分が上位にあることを主張し、相手を屈服させようとする。理屈や常識が通用する世界ではない。少しでも弱さを見せたら負けだ。メンツを失うことは致命的であり、ハッタリをカマしあう。彼らは本物のヤクザではないようだ。組織に守られることのない使い捨てのならず者である。
主人公の辰巳は、汚れ仕事をやらされている。殺人の後始末だ。死体処理である。発見されても誰だかわからないように、指紋のある指を切り落とす。本人特定に使われる歯をペンチで抜くシーンでは、のどの位置に据えられたカメラから映すシュールな絵面になっていた。残虐なはずなのに、奇妙なユーモアが漂う。
みんな悪い昭和顔
辰巳はシャブをやらないし、売買にも関わらない。アウトローではあるが、自尊の心を何とか保っている。むき出しの暴力が価値となっている世界では、それは弱みにしかならない。イキったチンピラからは軽んじられてしまうのだ。
彼が扱った死体は、シャブをめぐるトラブルで殺されたチンピラだった。横流しがあったようで、犯人探しに躍起となっていたのだ。金の問題である以上に、組織の危機である。裏切り者を野放しにしていては示しがつかない。見つけ出して制裁しなければ、彼ら自身がヤクザから追われることになる。
登場する人物は、みんな見事なまでに悪い昭和顔である。辰巳役の遠藤雄弥は『ONODA一万夜を越えて』で小野田寛郎を演じていたぐらいで、まごうことなき昭和顔だ。濃い顔がそろっていた当時と違い、最近の俳優はシュッとしたイケメンばかりである。戦後間もない時期が舞台となっている『ゴジラ-1.0』では、“国宝級イケメン”とされる山田裕貴が明らかに浮いていた。
小路監督は、濃いめの顔が好きなのだろう。『ケンとカズ』でも、主演のカトウシンスケと毎熊克哉は顔ヂカラが圧倒的だった。毎熊はワルっぽいイメージを生かしてかつての佐藤浩市のような役どころの脇役を演じることが多くなっていたが、大河ドラマ『光る君へ』で平安アウトローの直秀を演じてお茶の間にも広く知られるようになった。
冒頭シーンで辰巳に殴られていた弟は藤原季節で、彼も『ケンとカズ』に出演していた。『佐々木、イン、マイマイン』に主演するなどメジャー作品で活躍の場を広げていた彼だが、『辰巳』への出演を熱望したそうだ。彼に限らず、出演者たちは誰もがこの映画への熱い思いを語っている。
無垢で凶暴なメカニック少女
男だけではない。ヒロイン葵を演じた森田 想も小路映画への出演を強く願っていた。監督にもその思いが届いたようで、彼女のオーディションを見て脚本を書き換えたのだ。もともとは若い男性だったのを、女性に置き換えたのだという。そのくらいのインパクトだったということである。無垢(むく)で凶暴な少女というキャラクターは、今までに見たことのない鮮烈さだ。
観ていても気がつかなかったのだが、彼女は『私の見ている世界が全て』で自己中な野心家のいけ好かない女性を演じていた人だった。生意気で勝ち気なのは今回も同じだが、方向性は正反対である。とんでもないカメレオン女優なのだ。目まぐるしく表情が変わり、繊細な心情を表現する。若手のなかで、演技力ではちょっと次元の違う域に達しているのではないか。
彼女は自動車修理工場でメカニックをしている。辰巳のコロナEXIVを見て、不調の原因を見抜いていた。犯罪映画では定番となっているエンジンがかからないシークエンスがあり、コイルに問題があると判断する。プラグ交換で直ってしまったのは少しおかしい気もするが、細かいことはいいだろう。コロナEXIVという懐かしいクルマをセレクトしたのは、このシーンにリアリティーを持たせるためだったのだ。
小路監督がジャパニーズノワール映画を新たなフェーズに押し上げた。かつての東映映画を模したメジャー映画でもてはやされている監督とは志が違う。このままアウトロー路線を突っ走るのかと思ったら、次作はラブコメを撮りたいと話していて驚いた。それはそれで観てみたい。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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