フェラーリ・プロサングエ(4WD/8AT)
“純血”の名に偽りなし 2024.05.31 試乗記 “サラブレッド=純血”を意味するイタリア語を車名に冠した、フェラーリ初の4ドアGT「Purosangue(プロサングエ)」。既存の車種とはまったく異なるスタイリングのこのモデルを、それでも確かにフェラーリたらしめているものはなんなのか? 試乗を通して確かめた。ライバルとは趣を異にするたたずまい
このクルマはSUVにあらず。新種のスポーツカーであり、純然たるフェラーリだ――と、彼らはプロサングエをこう解いている。
泣く子も黙るスポーツカーの総代というイメージの強いフェラーリだが、市販車として一貫して手がけ続けているのは、むしろラグジュアリーGTの側である。1950年代以降のツーリングカーレースの隆盛に乗じて、徐々にファクトリーメイドのスポーツモデルが脚光を浴びるようになるが、そのかたわらでは工芸的なつくり込みのクーペボディーの鼻先にたけだけしい12気筒エンジンを収めて、世界の富裕層に頒布していたわけだ。
ミドシップがスーパースポーツの代名詞としてもてはやされるかたわらでも、フェラーリはラグジュアリーGTという軸を守り続けてきた。「400i」から「612スカリエッティ」の流れを経て、その後継的位置づけとして登場した「FF」では、ハッチバックボディーの四駆という新境地に挑戦した。プロサングエはこのFFから「GTC4ルッソ」のコンセプトを、4ドアという実用性を加えながら昇華させたものとも受け止められる。
それにしても、SUVじゃないっていうのは無理があるんじゃないか。そう思いつつも撮影現場に現れたプロサングエを見ての印象は、思ったより小さいなぁ……だった。
その三寸は4973×2028×1589mm。長さも幅も「トヨタ・ランドクルーザー“300”」よりちょっと大きいくらいとなると、マスとして小さかろうはずがない。が、こちらに向かってくる姿は思いのほか軽やかだ。ジャイアンのグーパンチのようなSUV独特の圧を感じないのは、絞りの効いた前下がりな顔面形状によるところか、あるいは1589mmと「アストンマーティンDBX」や「ランボルギーニ・ウルス」よりも低めの全高がゆえか。オラってナンボ系のSUVとは明らかに一線を画している。このあたりにも、SUVと呼ぶなかれというフェラーリの意向が表れているのかもしれない。
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荷物を運ぶためのクルマではない
フェラーリ初の4ドアボディーは凝った電動ヒンジを持つ観音開きだが、これによるメリットは後席へのアクセスしやすさもさておき、フロントのドア長が短くとれることによる、狭所での乗り降りのしやすさにあるかもしれない。ヒップポイントの高さも相まって、車内への出入りのしやすさは、当然ながらフェラーリのそれとは思えない。ただし、ドア開閉時は巨大なサイドスカート部が路肩の段差と干渉する恐れもあるので、その点は注意が必要だ。
後席の居住性もまた、FFやGTC4ルッソとは比べ物にならないほど快適ではある。が、身長181cmの筆者が座ると天地や左右にゆったりした余地はないのも事実だ。大人4人がぴったりくつろげる場所であれば、ほかに余裕はいらないと、このあたりもSUVとは一線を画した考え方で空間が構成されていることがわかる。スタイリング側との間でギリギリの折衷点を探ったがゆえのパッケージということだろうか。
荷室容量は473リッターを確保。さらに後席を倒して2シーターワゴンのような使い方にも対応している。トランスアクスルでありながらフラットな荷室を実現したのは大したものだと思うが、大きな荷物を載せる際には脱着式のパーティションやトノカバーはガレージに収めておくことになるだろう。こういうきめ細かい使い勝手については、さすがにこの手のクルマをつくり慣れた大メーカーのようにこなれてはいない。もっとも、プロサングエを求める層ならば、大荷物は別の荷車で運ぶんで、という話にもなるだろう。大人4人で雪山の別荘に、特別な空間で気持ちよく移動さえできれば、そのほかのお膳立てはみんな整えられている。考えてみればこれは、そういう暮らし向きの方々のために設(しつら)えられたフェラーリであるわけだ。
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見どころは足元にあり
そしてプロサングエが純血のフェラーリであるという主張は、フロントフードを開けてみれば納得させられる。搭載される「F140IA」型12気筒ユニットは、ストラットハウジングよりも向こうに、ダッシュカウルに食い込まんばかりに押し込まれ、御本尊さまの全容はのぞき込んでも拝むのが難しい。言わずもがな、ワンオフのアルミスペースフレームやトランスアクスルの功もあって、重量配分の最適化をギリギリまで追い詰めたがゆえのレイアウトだ。
天下のF140系統を搭載するこのクルマにとって、エンジンの始動音は一世一代の見せ場だろうが、昨今の他モデルのしつけからしてみても、プロサングエのそれは一段と音量が絞られている。初手こそ軽快な排気音は響くも、以降はなるべく早いこと温めて余計な音は沈めていこうね、という気遣いさえ感じられるほどだ。車内にいても、その静かさはアイドリングから中回転域くらいにかけて顕著である。それでも、まるでフェラーリじゃないみたい……とはならないのは、音圧が低かろうが音色に確たる主張があるからだ。
ただし、プロサングエのキーテクノロジーを問われれば、この珠玉の12気筒をも差し置いて触れなければならないのが「FAST(フェラーリアクティブサスペンションテクノロジー)」だろう。そしてそのコアとなるのが「TASV(トゥルーアクティブスプールバルブ)」だ。
FASTを言葉にすれば、機械式姿勢制御を備えるアクティブサスということになるだろうか。その鍵を握るTASVは、48Vの高出力電動モーターがダンパーロッドを回しながらネジ式に伸縮させることでストロークの調整を行い、2つのスプールバルブによって圧縮と伸長を調整するもの。このハードをドライブモードセレクトの「マネッティーノ」と統合制御することで、路面環境や走行状態に応じて姿勢や減衰の変化を最適化するというものだ。
TASVを供給するのはカナダのマルチマチック社で、自動車部品の生産のみならず設計や解析、実験の委託、レーシングカーやスペシャルモデルの製造などにも携わる総合サプライヤーだ。レーシングダンパーのシェアは高く、フェラーリのツーリングカーでは「296GT3」や「488GTE」が同社のダンパーシステムを用いている。
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このクルマをフェラーリたらしめているもの
プロサングエのコーナリングはともあれ饒舌(じょうぜつ)で、旋回の実感をドライバーに生々しく伝えてくれる。アクティブ……というくらいだから車重や重心から推するに姿勢制御はガッツリ利かせているのだろうが、それを全然感じさせないのは、各輪制御による作動のナチュラルさがゆえだ。この操舵応答の自然さがドライバーの自信につながるのだろう、狭いコーナーでも体躯(たいく)を気にすることなく前輪をインに導くことができる。そういう、ちょっとスポーティーなドライビングでも四駆と4WSを統合制御する「4RM-S」は出しゃばることはない。ほかにもましてボディーコントロールデバイスの塊でありながら、それらが違和感なく連携するさまはお見事だ。
ひとたびドライブモードをスポーツの側にしてむち打てば、お待ちかねの12気筒の雄たけびが前から後ろからドライバーの気持ちをかき立てる。たとえば同じ12気筒の「812スーパーファスト」ほどのキレっぷりはないが、しなやかにたおやかに速い。吸い付くようなコンタクト感と軽やかなターン、その振る舞いはエレガントでさえある。エアサスなど既成の技でお茶を濁すのではなく、経験したことのないようなこのフットワークのために、あらゆる術が注ぎ込まれている。プロサングエが“純血”のフェラーリたるゆえんの最たるところは、やはりこのシャシーの異質さにあるのではないかと思う。
(文=渡辺敏史/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
テスト車のデータ
フェラーリ・プロサングエ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4973×2028×1589mm
ホイールベース:3018mm
車重:2210kg(車検証記載値)
駆動方式:4WD
エンジン:6.5リッターV12 DOHC 48バルブ
トランスミッション:8段AT
最高出力:725PS(533kW)/7750rpm
最大トルク:716N・m(73.0kgf・m)/6250rpm
タイヤ:(前)255/35ZR22 99Y XL/(後)315/30ZR23 108Y XL(ミシュラン・パイロットスポーツ4 S)
燃費:17.3リッター/100km(約5.8km/リッター WLTPモード)
価格:4760万円/テスト車=--円
オプション装備:スペシャル4レイヤーカラーズ<ロッソポルトフィーノ>/アクティブマトリックスLEDヘッドライト/イエロ―ブレーキキャリパー/カーボンファイバー ホイールハウスフレア/リアディフューザー イン カーボンファイバー/グロッシーカーボンファイバールーフ/カーボンファイバー アンダードアカバー/カーボンファイバー アウターミラー/ブラックテールパイプティップ/カーボンファイバー フロントスポイラー/マットブラック フォージド ダイヤモンドポリッシュド ホイール/ホイールスタッドボルト イン チタニウム/プライバシーリアウィンドウ/アンチストーン チッピングフィルム/カーボンファイバー インストゥルメントカバー/カーボンファイバー ドアパネル/エクステリア シルキック イン カーボン/アッパーパート オブ センターコンソール イン カーボンファイバー/レザーアポストリー<ネロ8500>/カスタムスペシフィケーションズ/エアクオリファイセンサー/ラゲッジコンパートメントキット/フロントシート マッサージ+ベント/カーボンファイバー ステアリングホイール+LEDS/‘SCUDELIA FERRARI’シールド/タコメーター イン アルミニオ/リアシートベント+ヒート/スマートフォン インターフェイス/ワイヤレススマートフォンチャージャー/ハイエンドオーディオシステム/ヒーテッドステアリングホイール/フロントリフト/サラウンドビュー
テスト車の年式:2024年型
テスト開始時の走行距離:1686km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(7)/山岳路(0)
テスト距離:130.0km
使用燃料:30.0リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:4.3km/リッター(満タン法)
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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