第270回:ダッジ・アリエスでフロリダに“ブツ”を運べ!
『ドライブアウェイ・ドールズ』
2024.06.05
読んでますカー、観てますカー
『テルマ&ルイーズ』のような設定だが……
女子2人がクルマに乗って南へ向かう。道中でハメを外し、犯罪に絡んで追われることに……。『ドライブアウェイ・ドールズ』の設定とストーリーは、1991年に公開されたリドリー・スコット監督の傑作『テルマ&ルイーズ』を思わせる。自由奔放キャラと内気なカタブツの凸凹コンビという構成も同じだ。ならばマッチョな男どもの支配から抜け出して自由の地へと爆走する映画なのか……というと、まったく違った。
監督はイーサン・コーエン。兄のジョエルとともにコーエン兄弟として『ファーゴ』『ノーカントリー』などの名作を手がけてきたが、今回は初の単独作である。オフビート感覚はイーサン1人になっても健在だ。この作品では意図的にB級映画的なつくりを目指したという。
マリアン(ジェラルディン・ヴィスワナサン)は仕事も私生活も思うようにいかず、ウツウツと悩む日々。気分を変えようと、フロリダ州タラハシーへのドライブ旅行を計画する。一緒に行きたいと名乗りを上げたのが友人のジェイミー(マーガレット・クアリー)。彼女は恋人のスーキー(ビーニー・フェルドスタイン)と別れたばかりで、フラストレーションがたまっていたのだ。
アメリカ縦断は楽しそうだが、長距離移動には金がかかる。節約のために、彼女たちはいい方法を思いついた。ドライブアウェイである。drive-awayというのは「追い払う」という意味の動詞としても使われるが、この場合はクルマの配送のこと。目的地まで運転してクルマを届けるサービスなのだ。
「いいクルマなの?」「そうでもない」
配送事務所に行くと、ちょうどタラハシーに運びたいクルマが届いていた。「ダッジ・アリエス」である。「いいクルマなの?」と聞くと、「そうでもない」との返答。『テルマ&ルイーズ』では「フォード・サンダーバード」でさっそうと駆け抜けたが、この映画ではさえない小型の実用車である。
走行中にパンクし、スペアタイヤに交換しようとしてトランクを開けるとそこにはシルバーのブリーフケースが。中を確認したらそこにはとんでもないものが入っていた。それが何なのかは書けない。ネタバレになるということもあるが、それ以上にコンプライアンス的に問題があるのだ。あまりに下品で、不適切にもほどがある。ブツ、あるいはイチモツと表現するしかない代物なのである。
彼女たちは、本来ブリーフケースを受け取るはずだった男たちに追われることになる。要するに、このブツはマクガフィンなのだ。物語を進行させるためにサスペンス映画などでよく使われるキーアイテムのことである。監督はノワール映画『キッスで殺せ』に言及しているから、この古典的手法を意識したのは間違いないだろう。中身は何でもよくて、札束、麻薬、秘密が記された書類といったものがよく使われる。『キッスで殺せ』では放射性物質だった。
もう一つ意識した映画があるという。1965年公開の『モーター・サイコ』だ。ラス・メイヤー監督作品だから、エロ&バイオレンスの典型的なB級映画である。バストを強調する不自然なポーズをとる美女が登場し、今の基準では明らかにアウトな表現に満ちている。比較すると、B級映画というジャンルも大きくアップデートされていることがよくわかった。
B級映画の最新型
いずれの作品も、性行為が直接的に描かれてはいない。ただし、理由は異なる。『モーター・サイコ』はハリウッドに導入されていた自主規制のヘイズコードが撤廃される以前の公開で、ガイドラインから逸脱できなかっただけである。形式的には基準に従っていても、性的搾取が行われているのは明らかだ。
現在では、不必要な性描写は排除することが常識となった。たとえ古くさい男性性を批判的に描くことを目的にしていても、女性の体を映し出すことが結果的に性的に消費されてしまうことは許されない。『ドライブアウェイ・ドールズ』はB級映画の最新型として、性描写にも十分な配慮が払われている。
『テルマ&ルイーズ』との最も大きな違いは、主人公たちがレズビアンであることだ。共同脚本としてクレジットされる監督の妻トリシア・クックは、クィアであることを公表している。彼女が「クィアの人物を映画の主役にするのは自然なこと」と話しているように、レズビアンは特別な存在としては描かれない。映画は1999年が舞台なので実際には差別が横行していたはずだが、今はフラットに表現できるようになった。クックは「大切なのは、クィアの登場人物が活躍しつつも、そのセクシュアリティーそのものが映画のすべてにはならないこと」とも話している。
マリアンとジェイミーが元気ハツラツで未来志向なのに対し、男たちはマヌケで過去にとらわれている。過去の価値観を代表する存在として描かれるのが共和党上院議員のゲイリー・チャネルだ。演じているのはマット・デイモンで、彼はちょくちょくこういうヘンな役をやりたがる。もうひとり、サプライズで出演しているのがマイリー・サイラス。これもキテレツな役なのだが、実在の人物がモデルだ。なぜ彼女が出演を受けたのかを知るために、「シンシア・プラスター・キャスター」という人物について調べておくことをオススメする。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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