アウディR8スパイダー 5.2 FSI クワトロ(4WD/6AT)【試乗記】
全部盛りのスポーツ・アウディ 2010.11.24 試乗記 アウディR8スパイダー 5.2 FSI クワトロ(4WD/6AT)……2412万円
525psのパワーを誇るアウディのフラッグシップスポーツ「R8スパイダー」。オープンモデルならではの走りと乗り心地を試した。
映画とクルマ
学生のころに比べると、映画館に行く機会は減ってしまった。でも、話題の映画はレンタルしてわりと観ている。特にクルマが出てくる作品は仕事柄、なるべく目を通すようにしている。映画は時代の鏡。その作品中でどんなクルマが選ばれ、それがどう扱われるかというのは、クルマと時代を考えていくうえで、かなり重要なヒントが隠されていたりするからである。
古くは1966年の『男と女』。この時代、スポーツカーは文句なく格好よく、レーサーは憧れの職業で、クルマは男女のロマンスを運ぶものだった。それがアメリカンニューシネマの時代に入ると、マッスルカーブームを背景に『イージーライダー』(バイクだが)や『バニシングポイント』では若者の社会に対する示威ツールとして描かれ、ロマンスは置き去りになる。
そして1980年代に入ると『キャノンボール』に代表される大陸横断カーチェイス物が人気を博し、21世紀に入ると『タクシー』シリーズや『60セカンズ』では、クルマはもはやありえないアクロバットを演じるまでにいたった。
それでこの「アウディR8」だが、『アイアンマン』というアメコミヒーロー物の映画に起用されているのはご存じだろうか。2008年に公開された第1弾では「クーペ」が、今年6月公開の第2弾では「スパイダー」が登場した。
劇中では、天才科学者で巨大軍事企業経営者の主人公がパワードスーツを着てアイアンマンとなり、平和を守るというベタなストーリーが展開されるのだが、それはさておき、そこで描かれる都市やキャラクターのメタリック感や、ロボットという性別のないアイテム、あるいは正義と悪しか存在しないような二極社会の狭間を駆け抜けていくオブジェクトして「R8スパイダー」はとても絵になっていた。
怒濤の5.2リッターV10
偶然にして、そんな映画を観たあとだったので、「R8スパイダー」に乗るとき、ああ、アイアンマンじゃんと、ほんのちょっと緊張した。「アークリアクターの副作用によって体がむしばまれていく主人公のアンソニー・スターク。みずからの余命が短くなっていくことを誰にも相談できず、自暴自棄になっていくのだった」という脳内ナレーションが終わったところでエンジンスタート。キャビンの背後で525psという強大なパワーを秘めた5.2リッターV10エンジンが獰猛(どうもう)なうなりを上げた。
メタリックなトーキョーをくぐり抜け、東名高速に出る。このエンジン、まあとにかく速い。しかも足元は4WDのクワトロシステムで固めているから、磐石の安定性を誇る。「R8 5.2」のサーキット試乗ではリアのスタビリティが低く、アウディらしからぬ不安定な挙動に終始した(換言すれば、コントロールしがいがあった)そうだが、一般道で乗っているかぎり、いつものアウディである。路面を確実にとらえて、貪欲(どんよく)に前へ前へと進んでいく。
エンジンは大排気量の多気筒ユニットとは思えないほど、軽々と吹け上がり、ピックアップも鋭い。そしてシングルクラッチのRトロニックも、テンポのいいシフトを決めてくれる。街中のストップ・アンド・ゴーでこそややギクシャクとした動きも見せるが、ひとたび動き出してしまえば不満は何もない。「ファン」と軽々とブリッピングして、ほれぼれするような素早いダウンシフトを終えてくれる。
クールで完璧
それではいざ、ソフトトップを開け放ってみることにしよう。開けるのに必要とする時間はわずか19秒。キャビンが小さく、そのぶんトップの作りも小さいから動作が速い。今回は試さなかったが、時速50km/hまでなら走行中でも開閉可能となっているので、不意の雨でもスマートに対処できるだろう。
ひとつだけ、「R8」ではシート背後にカバンを置けるくらいの収納スペースがあったが、「R8スパイダー」ではソフトトップの収納スペースにあてられてしまったらしく、それがなくなってしまったのは残念だ。手荷物はボンネット下の収納に入れなくてはならず、毎度毎度の出し入れは、結構めんどうだ。
それはともかく、オープンボディに作り変えられるとボディの剛性が低下するクルマが多いなか、「R8スパイダー」ではそれがまったく感じられないのが素晴らしい。路面の荒れや突起を乗り越えてビシッときつい入力に見舞われても、ASF(アウディ・スペース・フレーム)はミシリとも言わない。磁性オイルを用いた例の可変ダンパーシステム「アウディ マグネティックライド」がもたらすフラットな乗り心地とともに、ハイウェイクルージングはこの上なく快適だ。
フェラーリやランボじゃ絶対に出せないクールで完璧主義な世界観。なるほど、『アイアンマン』に「アルミカー」はお似合いだ。スーパースポーツカーの世界でアウディのイメージは、今後、もうひと伸びもふた伸びもあるかもしれない。
(文=竹下元太郎/写真=荒川正幸)
