アウディR8スパイダーV10 5.2 FSIクワトロ(4WD/7AT)
理性の仮面をつけた狂気 2017.08.23 試乗記 フルモデルチェンジで2代目となった「R8スパイダー」に試乗。自然吸気のV10エンジンを搭載するアウディの最上級オープンはどんな走りを見せるのか。先代との比較を交えつつ、その印象を報告する。様変わりしたスパイダー
夜、東京・恵比寿某所にあるwebCG編集部の入ったビルの地下駐車場でR8スパイダーを借り出す。扉が開いて、ベガスイエローのテスト車が姿を現す。ヴァフォンッ! と狭い駐車場内に5.2リッターV10の咆哮(ほうこう)がとどろき、その数秒後、野獣が息をひそめて獲物を待つように静かにアイドルしはじめる。
自動車でいう「スパイダー」は、主にイタリアで使われた用語で、屋根を開けた状態を基本形とする2座スポーツカーを指す。ほろは簡素な最低限の代物で、ウインドスクリーンは小さく、サイドウィンドウはなしで、はめ込み式だったりする。イギリスで「ロードスター」と呼ばれるスタイルがこれだ。スパイダーを名乗るクルマで、ほろを開けるにためらってどうする。
まして、現代のスパイダーはスパイダーといえども、全自動開閉式のソフトトップを常識的に装備する。R8スパイダーもまたしかり。センターコンソールのスイッチを20秒間押し続けるだけでクローズドからオープンに変身し、50km/h以下であれば、走行中でも開閉できる。ためらうにしかず。好きな時に屋根を開け、嫌になったら閉じればよい。
そんなの当たり前じゃん、と思われる読者諸兄もいらっしゃるでしょう。でも、そうではないのです。いまからほんの30年ほど前、そのエポックは1989年に登場した「メルセデス・ベンツSL」(R129)だったと筆者は思うけれど、初めて完璧な全自動開閉式のほろを備えたこの4代目SL以前、ほろをつけたり、はずしたり、というのは一大決心を必要とする面倒事だったのぢゃ。
サルーン顔負けの乗り心地
……というような昔の話はともかく、屋根を開けて夜の街に繰り出し、恵比寿方面から旧山手通りの坂を駆け上がって、国道246号を右折、渋谷入路から首都高速3号線に上がる。真夏のことだけれど、すでに日が落ちていて、この日は熱帯夜ではなく、エアコンが完璧に室内をコントロールしている。R8スパイダーはそればかりか、空気の流れも完璧に制御していて、首都高速に上がってからも風がそよそよと頭頂部を過ぎ去るのみ。フロントのボンネットの下に格納されているウインドディフレクターを後ろに立てずとも、あるいは垂直に上下するリアのガラスを上げずとも、後ろからの風の巻き込みもごく穏やかで、快適至極。
乗り心地がまた素晴らしい。サルーン顔負けである。あまりに昔風の表現で恐縮です。この場合のサルーンとは何を指すか? 例えばBMWの新型「5シリーズ」なんぞはどうでしょう。あるいは「メルセデス・ベンツSクラス」。はたまた足まわりをグッと固めた「アウディS8」。ひょっとして、R8スパイダーはS8よりも硬くないかもしれない。オプションの20インチを履くテスト車の場合ですら、タイヤの大きさや重さをほとんど感じさせず、サスペンションがしなやかに動いて、首都高速の目地段差もなんのその。ぼかぁ、幸せだなぁ、とつぶやきたくなる。
新世代のASF(アウディスペースフレーム)によって、ボディーのねじり剛性は先代より50%も向上しているという。いや、先代だって別にヤワだった印象を持った記憶はない。さりとて、過度なガチンゴチンの合金っぽさもない。「ランボルギーニ・ウラカン」と共通の、フォルクスワーゲングループの精華と呼ぶべきアルミとCFRPのハイブリッドスペースフレームが実現した、ボディーの精緻で穏やかな動きを乗員はただ享受するのみである。
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重厚感のあるV10エンジン
なんだか、トニー・スタークになった気分だな、こりゃ。高層ビルが並んだ夜の3号線を都心に向かって走りながら思ったりする。ブラック・サバスの『アイアンマン』の曲がいずこから聴こえてきそうだ。技術による先進。アウディの掲げる標語テクノロジーに対する信奉というものを感ぜずにはいられない。オープン化に当たっては、サイドシル、Aピラー、ウインドシールドフレームが強化され、全自動ソフトトップ機構の分だけ重くなっている。クーペに比して重量増は80kgにとどまる。マグネシウム等の軽量素材で骨組みがつくられたソフトトップの重量は44kg。
車重1770kgに対して5.2リッターV10の最高出力540psと最大トルク540Nmは、もちろん十分以上のパフォーマンスを秘めている。0-100km/h加速は3.6秒、最高速度は318km/hというスーパーカーであることをしばし忘れそうになる。フツウに走っていると2000rpm以下でこと足りる。そのとき、V10の片バンクは休憩しているかもしれない。
そこから右足にそっと力を込めてアクセルを開ける。エンジン回転が3000rpmから4000rpmを超えるとカミナリが落ちたような、あるいは砲撃が始まったかのようなごう音をリアから発し、場合によっては鎌首をグイッと持ち上げるようにしてR8スパイダーはダッシュする。電子制御の電動油圧多板クラッチによって前後トルクを自動的に最適配分し、極限状況ではフロント、またリアに100%、トルクを伝達するということだけれど、ステアリングを真っすぐにしている状況では後輪駆動的な動きを見せるのだ。
ロングストロークのV10は先代より全体に軽やかになったとはいえ、筆者の感覚では依然、重々しい。といって回りたがらないわけではない。重厚な演技というような感じで重々しい。
本性はランボルギーニ
「アウディドライブセレクト」を「コンフォート」「オート」から「ダイナミック」に転じ、ステアリングの赤いスタートボタンの下にあるマフラーの図案が描かれたボタンを押すと、エキゾーストシステムのフラップが開いて排気音がいっそう大きくなる。パドルでダウンすると、マニュアルがしばしキープされ、デュアルクラッチトランスミッションの7段Sトロニックは自動のギアアップをしなくなる。
液晶のタコメーターが6000rpmを超えるとグリーンに光り、さらにガスペダルを開け続けると、ニードルが8000を超え、一瞬目の前が真っ赤になる。液晶画面全体が真っ赤っかに光るのだ。これをもっと繰り返し味わいたいのだけれど、公道ではなかなかかなわない。
腰から回り込んでいくようなミドシップ特有のコーナリング感覚は格別の魅力だ。ゾクゾクする。いいなぁ、と思う。翌日、木更津方面に出掛けて、つかの間の非日常を味わう。頭がボーッとする。熱につかれたごとしである。V10の野太いサウンドにやられる。あっという間にトンデモナイ速度に到達し、理性を失いそうになる。マシンが人間にもたらす高揚感、ドラッグ感覚をR8スパイダーは与えてくれる。
それでいて日常性がありそうに思える。アウディの皮をかぶったランボルギーニである。理性の仮面をつけた狂気、二重人格。一見、顔の似ていない双子のモンスター。R8スパイダーは610psの「ウラカン スパイダー」よりちょっぴり控えめで、それでいて価格は2618万円と、500万円以上もお求めやすい。私はR8スパイダーを選ぶ人の、理性を装った狂気がコワイ。
(文=今尾直樹/写真=郡大二郎/編集=関 顕也)
テスト車のデータ
アウディR8スパイダーV10 5.2 FSIクワトロ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4425×1940×1240mm
ホイールベース:2650mm
車重:1770kg
駆動方式:4WD
エンジン:5.2リッターV10 DOHC 40バルブ
トランスミッション:7段AT
最高出力:540ps(397kW)/7800rpm
最大トルク:540Nm(55.1kgm)/6500rpm
タイヤ:(前)245/30ZR20 90Y/(後)305/30ZR20 103Y(ピレリPゼロ)
燃費:--km/リッター(JC08モード)
価格:2618万円/テスト車=2809万円
オプション装備:ダイナミックステアリング(20万円)/ステアリングマルチファンクション4コントロールサテライト(24万円)/アルミホイール10スポークYデザイン グロスブラック8.5J×20 11J×20<鍛造>+245/30R20 305/30R20タイヤ(21万円)/デコラティブパネルグロスカーボン(25万円)/サイドブレードカーボンシグマ(16万円)/Bang & Olufsenサウンドシステム(27万円)/拡張デコラティブパネルグロスカーボン(27万円)/エンジンカバーカーボン(24万円)/カラードブレーキキャリパー レッド<Audi exclusive>(7万円)
テスト車の年式:2017年型
テスト開始時の走行距離:4011km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(8)/山岳路(0)
テスト距離:226.2km
使用燃料:38.8リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:5.8km/リッター(満タン法)/5.4km/リッター(車載燃費計計測値)

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。