第870回:輸入車乗りはマゾヒストだった
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マッチこと歌手・近藤真彦氏の持ち歌「ギンギラギンにさりげなく」は、イントロしか歌えない筆者であるが、氏の持論に同意したくなる記事を先日発見した。
日本の『日刊スポーツ』2024年7月15日電子版で、タイトルは「近藤真彦『港区でフェラーリだ、ランボルギーニだ』速度出せないスポーツカーに私見…解決案も」である。
要約すると、近藤氏が民放番組に出演し、自動車について語った。レーシングチーム監督としてレースに取り組む彼は、番組MCから「街なかでスポーツカーを見るとかわいそうに思うか」と尋ねられ、同意を示す◯(まる)の札を上げた。そのうえで彼は、イタリア製高級スポーツカーの名前を挙げて、「東京都心や高速道路では制限速度があるため、スポーツカーの性能を発揮できない」と説明。さらに合法的に高速を楽しむ方法として、サーキットでのスポーツ走行を勧めた、というものだ。
筆者は東京に赴くたび、近藤氏に近い感情をたびたび抱いてきた。たとえば、東京・南青山5丁目の紀ノ国屋前交差点で信号が変わって発進したイタリア製高級スポーツカーが、「東京納品代行」のトラックを避けながら進むのだが、1分もしないうちに表参道交差点の赤信号に引っかかる。気がつくと徒歩の筆者のほうが速かったりする。そうした光景を見るたび「あのクルマは、これから一生故郷エミリア地方の平野を快走することはないのだろう」と悲しみが湧いてくるのである。
実は、イタリアの公道も全開で走れる場所は、ほぼなくなっているといっていい。2024年2月に消費者団体コダコンスが発表した統計によると、世界における稼働中の自動速度取締機のうち、ほぼ10台に1台にあたる1万1171台をイタリアが占めており、その数を超えるのはロシアとブラジルだけという。今やイタリアは、“世界で最もスピードを出しにくい国”のひとつなのだ。
……話がやや脱線してしまったが、そんなイタリアのスーパースポーツカーを含め、日本ではいつの時代にも、輸入車に憧れを抱き、あえてそれを楽しむ人が存在し続けた。今回は、そのあたりについて考えてみたい。
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人を引きつける違和感
近藤氏は性能という観点から、日本の公道との不釣り合いを説いた。いっぽう筆者は、なぜ外国車が日本の「風景」に完全に溶け込まないのかを考えてみた。
イタリア・バロックを代表する画家カラヴァッジョの絵画作品《聖マタイの召命》には、窓から差し込む光が描かれている。それは、作品が掛けられているローマのサン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会の窓から差し込む光を計算しての構図だ。要は、別の場所に持ち出しては、図像的な価値は減ってしまうのである。
いっぽう、同じく美術には「デペイズマン」と呼ばれるものもある。まったく違う環境に置いてみる手法だ。鑑賞者はその衝撃に思わず引きつけられる。シュールレアリスムの画家たちが多く用いたもので、たとえば「場所のデペイズマン」と呼ばれるものは、ある背景に、本来あるべきでない物や動物を組み合わせる。ルネ・マグリットが描いた1959年の絵画《ピレネーの城》は、空中に城をいただいた巨大な岩が浮かんでいる。ありえない風景に、人々は引きつけられるのである。
《聖マタイの召命》は、教会内のしかるべき場所にあってこそ成立する。いっぽうで、《ピレネーの城》はありえないところにありえないものが浮かんでいるから、作品として成り立っている。
なにが言いたいかといえば、表参道を走るイタリア製スポーツカーは、デペイズマンではないかということだ。極東アジアの風景のなかで低速走行するという、ブランドの歴史や商品の性能とはまったく無関係な場所と行為に不自然さが否めない。仮に「トヨタ・センチュリー」がイタリアの風景に投げ込まれたたら、これもかなりの違和感があるだろう。
しかしながら東京のイタリア製スポーツカーは、その不自然さゆえ、魅力を発しているとも捉えられる。かつて「ランボルギーニ・ミウラ」を購入したウォール・ストリートの金融家が、自邸があるビルの屋上に飾ってしまったという逸話は、その究極ともいえる。
サディストだったインポーター
視覚的な奇異さと同時に、取り扱いの不便さをあえて楽しむことが、輸入車を日本で乗る人のたしなみであったことも、私たちは認めなければならない。“外車”は被虐的、つまりマゾヒスティックな行為であったのだ。
マイル表示まで併記された難解な速度計、曲がったあとのオートリターン機能がないシトロエンの方向指示器、といったものはその一例である。かつて東京の雑誌編集部に在籍していた頃、ある先輩はちょっと古い英国車のキーの束を見せ、「これはドア用、これはトランク用、そしてこれはグローブボックス用……」と得意げに教えてくれた。それを聞いて「それは自慢すべきことか」と疑問に思ったものだ。だが正直に告白すれば、私も当時所有していた米国車ビュイックのシートべルトで、キャッチに入れたまま乗降できるモードを「アメリカン感覚」として喜々として使っていた。あやとりのごとく張られたベルトの間に体を滑り込ませる必要があり、かつドアを開ける操作が極端に重くなるにもかかわらず、である。同乗する人にも、そのベルト装着モードを強制していた。先輩を笑えない。
ついでに記せば、輸入車マゾヒズムのゆがんだかたちとして、1980年代末の日本では、「右ハンドルの国である英国製のジャガーを買う際、わざわざ左ハンドル仕様を選ぶ人がいた」という話も挙げられる。高価=外車=左ハンドルという既成概念が跋扈(ばっこ)していた時代ならではである。
また当時のインポーター、すなわち輸入業者が、装備の不足や使いにくさを、輸入車ならではの特色として言い訳していたことも事実だ。1980年代中盤、懇意にしていた輸入業者のセールスパーソンから、社外秘セールスマニュアル、つまり販売虎の巻を閲覧させてもらったことがある。当時、日本車の間では、座席にランバーサポートが装着され始めていた。対してその資料には、「◯◯(車名入る)はシート設計に長年の技術的蓄積があります。調節機能などは、一切不要なのです」といった旨の解説が記されていた。同様に、日本車が導入していたバンパー高から開くトランクリッドもしかりだった。「後部の強度を保つため、◯◯はあえて採用しないのです」。いわばサディスト側にまわっていたのである。
ちなみにそのブランドのクルマには後年、しっかりとランバーサポート機能が装着され、トランクリッドもバンパー高から開くようになって現在に至っている。
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アウトバーン=大阪環状線?
今日、自動車のデザインや操作系、装備を見るに、以前ほど異国情緒を感じさせる要素は希薄になってきた。背景の第一には、多様化する仕向け地に応じて、さまざまな保安基準への適合が求められるようになったこと、第二には同様に、仕向け地のニーズに合わせて、装備が拡充したことが挙げられる。それらに筆者が付け加えるなら、近年は車載ディスプレイの普及が無国籍性を加速させたと思う。多くの読者もご存じのとおり、ひとつのディスプレイ、ひとつのプラットフォームで、日本語も含めて自分にふさわしい言語環境を選べるのだから。
そうしたなかで、日本でより異国性を求めたい自動車ファンは、イタリア製スーパースポーツカーなどに帰着する。いっぽうで、かつてのように安価でありながら異国情緒が存分に味わえるクルマが少なくなっているのは残念なことだ。
興味深いのは、イタリアにおける近年の日本車ファンたちである。欧州未導入のバージョンを得意とするスバルSTI仕様のショップがあるかと思えば、先日はあえて右ハンドルの「マツダMX-5」に乗るファンに出会った。不便さを通じて、ブランドゆかりの地に思いをはせるのは今、かの地で日本車で反復されているのである。
かと思えば、別のイベントでダミーの日本ナンバーを付けてイベントに参加した若者を発見した。「カンジョ、カンジョ」と繰り返すので聞いてみたら、大阪の環状線を走るルーレット族“環状族”に憧れているという。インターネット時代は意外な情報が伝わっているものだと驚いた。同時に「アウトバーンで鍛えられた高速巡航性能」というフレーズに酔っていた、かつての自分を思い出したのであった。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里 Mari OYA、Akio Lorenzo OYA/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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