今のクルマにブランド別の“らしさ”はあるか?
2024.09.24 あの多田哲哉のクルマQ&Aマニアは自動車メーカー・ブランド別に特有の乗り味やくせがあるなどと言いますが、製品の画一化が進んでいるような今でも、そうした特徴はあるでしょうか? また、その“味”とは何によって生まれるのでしょうか? トヨタをトヨタたらしめるもの、ポルシェをポルシェたらしめるものは何か、教えてください。
まず、各国のクルマの特性といいますか“味”の根幹になるのは、その国の道路事情です。日本はもちろん、フランスもドイツもそう。どこでも同様です。
で、同じ国のなかにもさまざまなメーカーがあって、それぞれの味わいになぜ違いが出るのか元をたどれば、その会社の創業者の理念、つまり「どういう思いでそのブランドを始めたのか」というところに行き着きます。
例えばホンダは、本田宗一郎さんの思いが詰まったクルマを創出し、そこにファンが集まって、レースが原点だ! 的なマインドとともに発展してきた。トヨタは豊田喜一郎さんの「日本社会をもっと豊かにしたい」という考えをもとに、商用車の実用性みたいなところを磨いてきて今がある、といえます。
つまり、各メーカー・ブランドの味の決め手は、“道路事情”と“創業者のカラー”。これに尽きます。しかし、なんでもできてしまう時代になったがゆえに、今ではそのカラーが薄まってきているというのが現実ですね。特に日本は……。
自動車製品について、仮に「スポーティー」「実用性」「もうかる/もうからない」といった評価軸のレーダーチャートをつくるとしたら、日本人は欲張りといいますか、会社のトップが「全部で一番になれ!」という掛け声を発し、従業員一同「がんばります」「ライバルに勝ちます」みたいなことを言って、実現できずともしゃかりきにがんばる、みたいな国民性なわけです。
で、その結果、かつてのトヨタらしさ、ホンダらしさというのがごちゃごちゃになっているというのが、今の日本の状況だと思います。どれもこれも全方向で一番になることを目指した揚げ句、ビジネスとしては、企業的に一番体力のあるトヨタが独り勝ちしているという構図になっていて、ホンダやマツダは自分たちのアイデンティティーを失いつつある。
一方、海外。例えばドイツに目を向けると、BMW、ポルシェ、アウディ、メルセデス・ベンツなどメジャーなところは自分たちの立ち位置がよくわかっています。BMWは決してポルシェを目指さないし、メルセデスになりたいとも思わない。まさに、その中間に自分たちのお客さまがいることをしっかり認識してクルマをつくっている。
なぜそれが可能かというと、ドイツのメーカーの人が、ほかのメーカーの人間とよく交流しているからです。ドイツでは会社よりも出身大学に対しての帰属意識が強く、大学単位で集まってはいろんなブランドの人と話をしている。そして、自分たちの立ち位置についての認識を深めつつ、会社ではなくドイツの自動車業界をよりよいものにしようという考えを深めている。だから、メルセデスらしい/ポルシェらしい/BMWらしいクルマづくりがずっと続けられているのです。
ただ、これは決して、良しあしの話ではありません。日本は前述の気質のおかげで、よりバラエティーに富んだクルマづくりができているのですから。
今の日本車にアイデンティティーがあまりないのは、国民性ゆえのことでもあります。クルマの動的性能や乗り味だけでなく、デザインについても、メーカー独自の個性がはっきりし過ぎているのはちょっと……という面もあるでしょう。
乗り味についてはまた別の機会に、このQ&Aで詳しく説明するつもりですが、メーカーやブランドの“らしさ”をあまり強調すると、お客さまには広く受け入れられなくなってしまうという現実も、一方ではあるのです。
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多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。