第275回:子供たちはサンダーバードで魔女に挑む
『リトル・ワンダーズ』
2024.10.24
読んでますカー、観てますカー
子供向けに見えるけれど……
とても変な映画である。宣伝を見ると子供が楽しく冒険する古典的なアドベンチャー映画のようだが、そんな単純な作品ではない。『リトル・ワンダーズ』はマニアックな仕掛けがちりばめられていて、大人の映画好きこそが楽しめるだろう。監督のウェストン・ラズーリは本作が長編デビューの新鋭。自分が好きなものを好きなように撮っていることが伝わってくる。
ストーリーや設定は、確かに子供向け作品に見える。悪ガキ3人組が失ったものを取り返すために魔女を倒す冒険の旅に出る、と聞くとゲンナリしてしまうかもしれない。しかも、彼らは自分たちのことを“不死身のワニ団”と称しているのだ。敵の魔女が率いる集団は“魔法の剣一味”である。……バカバカしいと思わずに、もう少しお付き合いいただきたい。
アリス(フィービー・フェロ)、ヘイゼル(チャーリー・ストーバー)、ジョディ(スカイラー・ピーターズ)は、ダートバイクに乗って現れる。ペイント弾を仕込んだ銃を持ち、倉庫を襲撃するのだ。彼らの目的は、“OTOMO”のゲーム機である。何だか日本語っぽい名前だと思ったら、これは大友克洋へのリスペクトを込めたネーミングなのだという。
アリスが乗っているバイクに記された“AKIZUKI”のロゴは黒澤 明の『隠し砦の三悪人』に登場する秋月城からとっていて、着ているTシャツのイラストはアニメ『マッハGoGoGo』のキャラクターである。『ドラゴンボール』や『未来少年コナン』も好きだと話していて、監督はかなりの日本オタクらしい。
16mmフィルムのノスタルジックな映像
悪ガキたちは首尾よくゲーム機を手に入れ、ヘイゼルとジョディの家で遊ぼうとする。しかし、なぜかテレビにはパスワードがかかっていた。ゲームばかりしている子供たちを心配した母親の仕業である。風邪で寝込んでいる彼女は、ブルーベリーパイを買ってきてくれたらパスワードを教えるという。店に行くとパイは売り切れで、自分たちで作るしかない。スーパーマーケットで材料を仕入れようとするが、残っていた卵の最後の1パックをいかつい男(チャールズ・ハルフォード)に横取りされてしまった。
男をつけていくと、彼は怪しげな家に入っていく。そこは、魔女(リオ・ティプトン)のアジトだったのだ。見つかりそうになってトラックの荷台に隠れていると、一味がやってきて乗り込んできた。悪ガキを乗せたまま、トラックは山へ。ヘラジカを狩りに行くのだ。卵はキャンプの料理に使うためだった。3人が奪還作戦を練っていると、魔女の娘ペタル(ローレライ・モート)が現れた……。
こうして序盤のあらすじを振り返ってみても、やはり大人の鑑賞に堪えうる映画には見えてこない。でも、物語は凡百の子供アドベンチャー映画とは異なる展開を見せていくことになる。このジャンルで古典といえば『グーニーズ』や『スタンド・バイ・ミー』を思い浮かべるが、どちらの要素もありながらまったく似ていない。
映像がザラッとした質感になっているのは、16mmフィルムで撮影しているからである。ノスタルジックなイメージは、意図して作られたものだ。監督は美大出身で、この作品でも美術やイラストを自ら手がけている。細部にまで神経を使って自分の好みを全体に行き渡らせた。
盗んだクルマで走りだす
魔女一味から逃げなければならないが、家までは歩ける距離ではない。万事休すと思ったら、FOR SALEの札を付けた「フォード・サンダーバード」が放置してあった。そんなわけあるか! というツッコミはさておき、イグニッションキーがない。1976年型なので金属片を使ってエンジンをかけられることにアリスが気づいて脱出に成功する。子供がなぜそんなことを知っているのかといぶかしむのはもっともだが、スマホで調べたのである。
ほかにもいろいろとご都合主義が散見されるし、伏線回収が雑なところもある。完成度が高いとはいえない。それでも魅力的な作品になっているのは、監督の熱がストレートに伝わってくるからだ。莫大(ばくだい)な予算をかけて有名監督が人気俳優を使っても、いい映画になるとは限らない。最近では、日本の人気脚本家が豪華キャストを集めて作った鳴り物入りのコメディー映画が酷評にさらされた。
超低予算で撮った自主映画の『侍タイムスリッパー』は、単館から始まって口コミで評判が広がり、300を超える劇場で上映されるようになった。イリヤ・ポヴォロツキー監督のロードムービー『グレース』は、ウクライナ侵攻でロシアが強く批判されるなかでもカンヌで絶賛を浴びた。どんな逆境にあっても、映画への熱い思いがあれば道は開ける。
『リトル・ワンダーズ』も、子供アドベンチャー映画という注目されにくいジャンルでありながら、驚くべき水準の作品に仕上がった。世界にはまだまだ才能が眠っている。不意打ちのように知られざる傑作に出会う時、映画が好きでよかったと心から思う。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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