第887回:にくい? あざとい? シートに付いたタグの話
2024.11.28 マッキナ あらモーダ!クラゲにやられたかと思った
読者諸氏は、新しい服やスポーツグッズを買うたび困ることはないだろうか? 私の場合、それは、ずばりタグだ。特にヨーロッパ各地に店舗展開する大手衣料品店やスポーツ用品チェーンで購入すると、商品に何枚ものタグが縫い付けてある。
少し前に購入したバッグには4枚付いていた。表裏にびっしりと記された言語の数を確認してみると、製造国名は13、洗濯する際の説明は27、品質表示に至っては28に及んでいた。
欧州における表示規則への準拠にしたがったものである。同時に、つくり手からすれば広範な国・地域の店舗に供給するにあたり、いちいちタグを付け替えているよりも、たとえ複数枚にわたっても同じものを縫い付けてしまったほうが工数が少なくて済むのだ。逆に、東京で日本を中心に展開しているブランドの商品を買うと、タグの少なさに驚く。
バッグならよいが、衣類の場合はチクチクしていけないし、うっかり外に露出したりすると格好悪い。そこで買って帰ったらすぐにリッパーを使って、繊維を傷つけないように注意しながらタグを取り外す。いちばん困ったのはウオータースポーツ用ライフジャケットだ。シュノーケリングをしている最中にチクッとしたので、「クラゲにやられたか」と水中で必死に払いのけようとしたら、外し忘れていたタグの刺激だった。
今回は、近年、自動車でも「タグ」がささやかな潮流になっている、というお話である。
国旗まである
自動車のタグとは、シートの一部に、見えるように縫い付けたものだ。
最近では「アバルト75°アニヴェルサリオ」や、「アルファ・ロメオ・ジュニア」の一部仕様のシートに、スポーツシートを供給しているサベルトのタグが発見できる。
先代「ランチア・イプシロン」の場合、ファションブランドであるアルベルタ・フェレッティとコラボレーションした2021年の特別仕様車に見ることができる。海洋プラスチックのリサイクル素材を用いたシート地の一端に、製造しているシーカル・イニシアティブのタグが付いていた。
いっぽうボルボの一部車種のバックレストには、テキスタイルの認証ロゴである「ウールブレンド・パフォーマンス」が縫い付けられている。特定の機能・用途において優れた性能を発揮するウールブレンド素材に与えられるマークだ。ボルボのシートに付いているタグといえばもうひとつ、スウェーデン国旗もある。デザイン家具で知られた国だからこそできる、にくい演出だ。
超エクスクルーシブなクルマにおける例として筆者が記憶しているのは、2018年「フェラーリGTC4アッズーラ」だ。フィアット創業家の血を引くラポ・エルカンが当時プロデュースしていたガレージイタリアによるワンオフで、シートの表皮を担当したトリノのフォリッツォ・レザー社のタグが付いていた。
タグ依存への疑問
そうかと思えば、ポピュラーブランドであるフィアットの2015年「ティーポ」にもタグが付いている。こちらは何のことはない。「AIRBAG」と記してあるだけだが。
なぜタグが付いているだけで、スタイリッシュな感じが漂うのか? 理由を筆者なりに考えて到達したのは、ジーンズである。特にリーバイスにおける、タブと呼ばれる赤いものであろう。その起源は1930年代という。近年、メルセデス・ベンツのスリーポインテッドスターは廃されかけたり復活したりと定まらない感があるが、リーバイスの赤タブは一貫していてブレない。同じジーンズのラングラーも、完全な縫い付けであるが小さなタブが付いている。タブ=ありがたいはジーンズが起源であり、さまざまなアイテムがカジュアルを指向するなかで、スタイリッシュになったのに違いない。
個人的には、タグを付けたり、そこに文字を記して格好よく見せる手法には、若干疑問を抱く。15~16世紀の画家アルブレヒト・デューラーは、自画像など数々の作品中にしゃれたレタリングをラテン語で加えている。天に向かって唾を吐くことを承知で言えば、たとえ彼が巨匠とはいえ、そうした作品はそれほど筆者の心を打たない。絵画は文字の力に頼ることなく、図像で勝負すべきだ。同様にインダストリアルデザインにおいても、タグに頼らず、形状や質感で勝負してほしいのだ。実際、1955年「シトロエンDS」や、2013年「BMW i3」の秀逸なシートのデザインにタグは要らない。
そのような筆者の心情とは裏腹に、タグは意外なところにも波及していた。シエナ~フィレンツェ間を走る鉄道だ。改装された古い車両のシートに、タグが付いているのである。よく見ると、そこには耐火基準の等級が刺しゅうで記されていた。後年につくられた新型車両には、同様のものが見当たらないこと、タグの生地色といい糸の色といい、しゃれていることからして、明らかにつくり手が意図して付けたものである。なかなか、あざとい。
……と書き連ねたところで、もしや? と予感がして調べたら、現行「ダイハツ・ムーヴ キャンバス」「スズキ・ワゴンRスマイル」のシートにも、ちゃんとタグが付いているではないか。アニメ「ドラえもん」の主題歌を拝借すれば、やはり日本の軽自動車は、みんなみんなかなえてくれる。そうしたディテールを見逃さず採り入れる、日本のインテリアデザイナーには脱帽せざるを得ない。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=ボルボ、ステランティス、フォリッツォ・レザー、BMW、Akio Lorenzo OYA/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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