知っているようで実は知らない!? 燃料電池の仕組みを「ホンダCR-V e:FCEV」で学ぶ
2024.12.13 デイリーコラムそもそもどうやって発電しているの?
読者諸氏の皆さまは、FCスタックの中身をご覧になったことがあるだろうか? 燃料電池の構造と仕組みを、具体的に説明できますか?
記者はもちろん、そんなものは見たことない。仕組みについても「ああアレね。学校で習った“水の電気分解”の逆のやつ(汗)」とごまかしてきた人生だった。そりゃあ確かに、FCスタックのハコを拝む機会は何度もあったが、その中身をつぶさに見て、現物を前に仕組みを理解する機会というのは、ついぞなかったのだ。
それが、過日催された「ホンダCR-V e:FCEV」の試乗会(参照)にて、とうとうその機会に恵まれた。せっかくなので、貴重な学びを忘れる前にここに記しておこうと思う。皆さんの需要があるかは知りませんが(笑)。
さっそく、まずは燃料電池が電気を発生する仕組みのおさらいから始めましょう。よく耳にする、「水素と酸素が反応して、水と電気が(ついでに熱も)発生する」というやつで、化学式にするとこんな感じだ。
2H2+O2→2H2O
いや、これじゃどこでどうして電気が発生するのかわかりませんな。というわけで、もうちょっと分解すると、こんな感じになる。
【負極(水素極)】H2→2H++2e-
【正極(空気極)】O2+4H++4e-→2H2O
……早くも、文系の同士諸君がブラウザバックしようとしている気配がプンプンである。記者も文系なので気持ちはわかるが、ここはちょっと、頑張っていただきたい(汗)。
そもそもだが、一般的な燃料電池車(FCEV)のセルというのは、電解質膜を水素極と空気極で挟んだ電極集合体を、セパレーターで挟んだ構造をしている。上述の化学式は、その水素極と空気極で起きる現象を表したものだ。
すなわち、水素極では水素(H2)が電子(e-)を失って水素イオン(H+)となり、いっぽう空気極では、水素極から来た水素イオンと電子が、酸素(O2)とくっついて水(H2O)ができるというわけだ。この際、水素イオンは電解質膜を通過して水素極から空気極に移るのだが、電子は電解質膜を通れないので、外部の回路を通じて空気極に移動することとなる。……そう! 「回路を電子が移動する」のである! 燃料電池は、こうして電気を起こしているのですね。
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セパレーター1枚にも工夫が満載
さて、ここからはホンダがCR-V e:FCEVに搭載する最新のFCスタックを参考に、実際の車載燃料電池の構造をひも解いていこう。
まずはFCスタックの最小単位であるセルについて。キモとなる電極集合体はセラミックを基材とした薄い板で、両面には化学反応を促す触媒(白金)を混ぜたカーボンが塗布されている。これが水素極と空気極の役割を果たすのだ。
いっぽう、もうひとり(?)の主役であるセパレーター(バイポーラプレートとも)はステンレスでできており、導電性を高めるべく特殊な表面加工が施されている。前項にて「回路を電子が移動する」と述べたが、積層型のFCスタックでは、セパレーター自体がその回路の役割を果たしているのだ。さらに、セパレーターにはプレスで微細な山/谷が加工されていて、電極集合体と重ねた際に、両者の間にトンネル状の“すき間”ができるようになっている。皆さんお察しのとおり、水素極ではこのすき間を水素が、空気極では同じく空気(≒酸素)が通るのである。
ホンダでは、この電極集合体とセパレーターとを交互に、無数に重ねることにより、数百層ものセルを内包するFCスタックを形成しているのだ。ちなみに、こうした構造のFCスタックをバイポーラ型と言うのだそうな。
……画面の前のアナタ、今こう思ったでしょう。「え、そんな簡単な構造なの?」と。いやいや。この世界では、複雑な装置をシンプルにつくることが、いちばん大変なのだ。
例えばこの一枚のセパレーターだが、実は厚さ0.1mmの極薄のプレートを、2枚重ねてできている。理由は、その内側に冷却水を流すためだ。化学反応で電気を起こす燃料電池は、稼働時に熱を発生するため、冷却システムの導入が必要となる。既存のホンダのFCスタックにも、複雑な冷却機構が取り入れられていたのだが(詳しくは後述)、この“2重セパレーター”の採用により、セパレーターに冷却機能を集約できるようになったのだ。
また、この構造はFCスタックの冷却性能向上=耐久性のアップにも寄与している。既存のホンダのFCスタックでは、2枚の電極集合体と3枚のセパレーターからなるユニットの外側に冷却水を通していた。要するに、2セルごとに冷却層を設ける“間引き冷却”となっていたのだ。いっぽう、新しいFCスタックではセルひとつにつき1層の冷却層を設けることが可能となり、冷却性能が大幅に向上したという。
ちなみにこの「冷却機能付きセパレーター」だが、金属パネルが薄すぎて、通常の溶接では組み立てるのが不可能だったとか。電圧が高いと貫通してしまうし、低いとそもそもくっつかない。そこでホンダでは、ゼネラルモーターズと共同で高精度レーザー溶接技術を新開発したとのこと。セパレーター一枚とってもこれである。新しいものをつくるというのは、げに大変なことなのだ。
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進化するFCスタックに対し……
新しいホンダのFCスタックでは、こうした工夫と新技術が随所に取り入れられている。例えば水素/空気を通す流路(=電極集合体とセパレーターのすき間)だが、これまではシーリングのため、特殊な金属プレートの上にシリコンゴムを成型し、ゴムの弾性で気密性を確保していた。しかし新型では、2枚の金属プレートによる中空バネ構造を活用(エンジンに詳しい人はメタルガスケットをご想像ください by ホンダ技術者)。一般的な金属プレートとスクリーン印刷加工のマイクロシールの合わせ技で、コストを抑えつつ高い気密性を実現したのである。
また導電性を確保するためのセパレーターの表面処理も、従来のお高い全面金メッキ加工に代えて、耐食性の高いチタン層の上にカーボン膜を物理蒸着(PVDコーティング)させる新工法を採用。反応触媒として用いる白金も、湿度コントロールの高精度化によってセルの耐久性を高めることで、実に80%も使用量を減らすことに成功したという。
このほかにも、FCスタックに空気を送るコンプレッサーの高性能化と、構造の合理化、高湿度運転の実現による加湿器バイパス弁の省略、起動時の水素置換性の向上と、それにともなう水素ポンプの廃止……などなど、補器類も含めたら進化のポイントは本当に書ききれない。
これらの技術と生産性の向上により、新しいFCスタックは以前のものよりコストを3分の1に低減。同時に耐久性を2倍以上に高め、燃料電池が苦手とする低温時の始動性も大幅に改善したという。
さらにホンダでは、このFCスタックからさらにコストを2分の1に減らし、耐久力を2倍に高めた新FCスタックを、2030年を目標に開発。ちまたのディーゼルエンジンと同等の使い勝手&トータルコストを実現すると息巻いているのだ(参照)。いやはや。世間では電気自動車(EV)の進化が注目を集めているが、FCEV(というかFCスタック)の革新も目覚ましいなと感嘆した次第である。
しかし、そうなると気になってくるのが、イマイチ進化の感じられない水素タンクである。かさばるうえに形状の自由度もないボンベは、ハードウエアにおけるFCEV最大の弱点だと思うんですが、これはどうにかならんもんなのでしょうか? ……そういえば、ずいぶん昔にダイハツが液体の水加ヒドラジンを使った白金フリーのFCEVを研究していたけど(その1、その2)、やっぱり充てんする燃料の側をどうにかしないと、この辺の高効率化はムリなのかも。
ホンダにおかれては、スーパーでミラクルなFCスタックを完成させた暁には、ぜひそちらのほうでもパワー・オブ・ドリームを見せていただきたい。
(文=webCG堀田剛資<webCG”Happy”Hotta>/写真=郡大二郎、メルセデス・ベンツ、BMW/編集=堀田剛資)
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堀田 剛資
猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。
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