第163回:日本車よ、レトロに浸ってる場合じゃない! 大矢アキオ式パリサロン漫遊記(前編)
2010.10.09 マッキナ あらモーダ!第163回:日本車よ、レトロに浸ってる場合じゃない!大矢アキオ式パリサロン漫遊記(前編)
ターゲットは中国
第111回パリモーターショー(パリサロン)が2010年10月2日、ポルト・ド・ベルサイユ見本市会場で一般公開された。9月に起きたエッフェル塔爆破予告事件をきっかけにテロ警戒体制が敷かれ、連日ショー会場も所持品検査が実施された。
それはさておき、今年フランス系ブランドのプレス・コンファレンスで強調されたのは、「中国市場の重視」である。プジョーは今回発表した新型セダン「508」を、世界最大の自動車市場である中国でも生産する。その意気込みを、「offensive」(攻撃的な)という形容詞で繰り返し表現した。
シトロエンも、同ブランドにとって中国は母国に続く第2の市場であることを冒頭で誇らしげに触れた。
昨今話題の米国の電気自動車メーカー「テスラモータース」も同じだ。アップルから移籍したことで有名なデザイン&店舗開発副社長のジョージ・ブランケンシップ氏は筆者の問いに、「中国は私たちにとって重要なマーケットである」として、すでに当局の保安基準に適合させるべく計画を着々と進めていることを明かした。
いっぽう中国メーカーといえば、2年前の2008年にはフランスのインポーターが双環汽車製で「BMW X5」風のSUV「CEO」を持ち込んで議論を呼んだが、今回自動車としての出展はなかった。意外に厚かった欧州クラッシュテストの壁や、意匠権に関するゴタゴタを考えれば、爆発的に成長している自国の市場を優先したほうがよいというメーカーサイドの選択が働いたのだろう。
ボーダーレスな時代がやってきた
パリサロンといえば、日本ではなかなか報道されないものの、名物スタンドとして「無免許カー」の一角がある。車重350kg以下、最高速45km/h以下、出力4kW以下に収まる軽便車だ。
フランスでは1988年1月1日より前に出生した人は無免許で、それ以降に生まれた人は16歳になったら、教習所で簡単な実技試験を受ければ乗れるという車両だ。
こうした車両の主要メーカーはフランスに5社ある。これまで一般人気車のデザインにどこか似ている、「なんちゃって風デザイン」のクルマが多かったことから、いわばお笑いととらえるジャーナリストが多かった。ところが今年、ちょっとした変化が現れた。
「無免許カー」メーカーのひとつ、リジェ社が他の数社と共同開発したクルマだ。「VIPA(Vehicule Individuel Public Autonome/公共自立個人移動車両)」と名づけられた6人乗り電気自動車で、3Dカメラで周囲の物や人を認識し、完全自動運転を実現するものだ。時速は20kmで、空港や公園など閉鎖空間で人々の移動を助ける。同様の試みは過去にもなかったわけではないが、リジェは早くも来年2011年に商品化するという。
こういう面白いモノがあるから、既存のブランド意識でショーを見ていてはいけない。
逆に、ルノーが公開した電気コンセプトカー「Twizy(トゥイジー)」は、カルロス・ゴーンCEOが「スクーターと一般車の間を狙ったもの」という。スペック的には重量・出力とも「無免許カー」の枠を超えているが、限りなくそのコンセプトに近い。
「無免許カー」メーカーが高度な次世代モビリティに携わり、一流メーカーが無免許カーの領域をうかがう。なんともボーターレスな時代になってきた。
一般来場者の反応は?
いっぽう、ちょっと複雑な気持ちになったのは、マツダのスタンドだ。創業90周年を祝うべく「マツダR360クーペ」「コスモスポーツ」、初代「MX-5」の3台を展示した。1月に同じパリの見本市会場で行われた古典車の祭典「レトロモビル」でも同様に歴史車をディスプレイしたのに続くものだ。
過去の名作からメーカーの姿勢を示すのは一手段だし、ボクも古いクルマが好きだ。2年前の2008年パリサロンではスバル(今年は欠席)も「スバル360」をお立ち台のようなところに飾った。
しかしあのダイムラーでさえ、イタリアの大手電力会社と「スマート」の電気仕様の普及について模索したり、パリ市でまもなく発足するカーシェアリングに、フランス系メーカーより先にスマートを納入すべく努力している昨今である。
プレミアム車メーカーまでもが国境を越えて新時代のクルマ社会における覇権を探っているなかで、歴史の浅い日本メーカーがレトロ趣味に浸っている場合ではないだろう。
といっても、このレトロ趣味展示、実は日本メーカーだけではなかった。今年創業200周年を迎えたプジョーもしかりで、自動車製造に至るまでのコーヒーミルやミシン、自転車、スクーター、そして現在の“CC”モデルのご先祖である1930年代のメタルトップ「601エクリプス」をアーチ状の橋上に並べた。
「601エクリプス」は、過去にもプジョーのキャンペーンにたびたび使われてきたものだ。古いクルマのイベントに立ち会うことが多いボクにとっては、それほど目新しいものではない。
ところがどうだ。一般公開日に観察していると、そのエクリプスと記念写真を撮っているお客さんが多いことよ。最新コンセプトカーに負けず劣らずの人気だった。一般来場者の反応は、プレスデイだけ見ていてはわからない。
いつも変わる、お客さま心
洗面所に行くと、ヴェルディのオペラ「リゴレット」の有名なアリア『女心の歌 La donna è mobile』がBGMで流れていた。「風の中の、羽根のように、いつも変わるおんな心〜」というやつだ。
膨大な投資をした電気自動車が、一般来場者からまだそれほど注目を浴びぬいっぽうで、レトロ風情が意外に人気を博す。加えて、テスラのような新興メーカーが話題となる。
某メーカーの社員バッジを付けたおじさんが、その旋律を口笛で繰り返しながら立ち去って行った。メーカーにとっては、顧客の心が読めない時代になってきた。いつも変わる“おんな心”ならぬ、いつも変わる“お客さま心”だ。おじさんの気持ちは、まさにそれだったに違いない。
ついでながら悲しかったのは、「プジョー・イオン」と「シトロエンC-ZERO」が、いずれもプレス・コンファレンスで、「欧州初の本格的市販電気自動車」と紹介されながらも、日本の三菱からのOEM供給であることは、口頭では触れられなかったことだ。フランスのちょっとした自動車ファンなら三菱製であることを知っているし、この国で有名な朝のニュースバラエティ番組でさえ、ちゃんと三菱製であることに触れていたから、今さら隠す必要はないと思うのだが、そういう扱いだった。
少々感傷的な気持ちになりながら、帰りに会場と同じ15区のアジア食料品店に寄ったら、以前よりコリアン食品が増えていた。日本人の駐在員が減っているためだろう。ここでも存在感が弱まっているのか。
そう思いながらも、韓国美人アイドルグループ「f(x)」のソルリ嬢がキャラクターのラーメンスナックについ目がくらみ、空腹でもないのに購入してしまった。奇しくも商品名は「プジョ・プジョ」というらしい。翌日カバンに入れっぱなしにしておいたため、ショー会場の所持品検査で赤面する、というおまけ付き。(後編につづく)
(文と写真=大矢アキオ/Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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