電動化時代に“走るよろこび”をどう実現するのか?

2025.06.17 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
【webCG】クルマを高く手軽に売りたいですか? 車一括査定サービスのおすすめランキングを紹介!

電動化が進むと、モーターをはじめクルマの基本構造は大きく変化し、運転の仕方や味わいも少なからず変わっていくものと思います。そんな時代にあっても“走るよろこび”は得られるものでしょうか? 車両開発者としてのご意見をお聞かせください。

皆さんが今イメージされている“走るよろこび”というのは、音にしても、においや振動にしても、従来のガソリンエンジン車が長い時間をかけて確立してきたものですよね。

その点、エンジンとモーターは似て非なるパワーソースであり、いわゆる“走るよろこび”の特性自体がまったく異なっています。しかし、今のような(純内燃機関車から電動車へと移行する)過渡期は、昔の技術で確立されたテイストやフィーリングを正として話が進められるのが常であり、新しい時代の技術を評価するにあたっては、従来の価値観を引きずってしまうものです。疑似的な電子音でエンジン音や排気音を再現してみるなどという試み、つまり「かつてのフィーリングを実現てきますよ」という提案も、その表れといえます。

しかし、そんな時期がずっと続くかというとそんなことはなくて、必ずまた新しい価値観、電動化時代のクルマを基盤とした“よろこび”というものが、いろんな人と共有されて常識になっていくはずです。

ただ、それにはある一定の時間を要します。今はまだ、EVが普及したといってもたかが知れています。周囲を見回しても、EVユーザーなんてほとんどいませんよね? 少なくとも路上のクルマの半数くらいがEVにならないと、そういう新しい価値観は出てこない。あと数年はこのままの状況が続くでしょう。

ちなみに私は(その新しい価値の体験を特徴のひとつとする)プラグインハイブリッド車をマイカーにしているのですが、普段使いの走りでいうと、EV(EVモード)のほうが純エンジン車よりも圧倒的にいいと感じます。スタート時の滑らかさや、低速域からのトルクの立ち上がり、静粛性、振動など、あらゆる面でガソリンエンジン車を上回っている。逆に、EVモードが途切れてエンジンがかかった瞬間がイヤだな、と思うくらいなんです。

こうした過渡期に、例えば「モーターなんかつまらない」といったような、さまざまな不満がユーザーサイドから寄せられるのはメーカーの車両開発者の側もわかっていて、仕方ないと思っている部分がありますね。

「走るよろこび」とはよく言うものの、なにせ「走る」ということ自体が今後は大きく変わっていくのです。全面的にクルマ任せの運転が可能になってしまえば、極端な話、「あとは寝ていればいい、酒を飲んでも問題ない」ということになるし、そんな時代はすぐそこまで近づいています。そこで「ハンドリングがどうのこうの」と言っていること自体がおかしい、そんなことを言うのは極めて少数で、ほとんどの自動車ユーザーは「移動する車内でいかに快適に過ごせるか、エンターテインメントが楽しめるか」にしか関心がないという時代に移っていきます。よろこびの定義が大きく変わってしまうわけです。

よく例に出されることではありますが、馬で移動していた時代から自動車を使う時代に変わっても、馬に乗ることに楽しみを見いだす人は一定数いて、その機会は乗馬クラブなどに受け継がれています。

クルマも同様に、電動化が進んで自動運転が当たり前になる時代には、サーキットをはじめとするクローズドコースに“かつての価値観のクルマ”を持ち込んで、乗馬のように楽しむ、ということになるのではないでしょうか。

→連載記事リスト「あの多田哲哉のクルマQ&A」

多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。