日産自動車に告ぐ ―村山の次は追浜 経営危機を繰り返す負のスパイラルを断ち切るために―
2025.07.25 デイリーコラム村山工場の閉鎖を思い出す
2025年5月某日、日産の追浜試験場「グランドライブ」で行われた試乗会に参加した。クルマの出来は悪くない。日産に明るい光が見えてきたんじゃないかと思えた。それから2カ月、データを整理しようとパソコンに向かったところ、ネットニュースの見出しが表示された。「日産自動車が追浜工場での生産終了を発表」。思わず「えっ!?」と声が出た。
予想されていたこととはいえ、事実として示されるとやはりショックだ。追浜は日産の主力工場で、1961年に操業を開始した歴史ある拠点だ。「ブルーバード」「フェアレディZ」「マーチ」などの重要な車種を生産し、混流ライン、溶接ロボット、モジュール生産などの最新技術をいち早く導入してきた。敷地面積は東京ドーム約37個分で、生産能力は年間24万台に達する。月間8万台を出荷できる専用埠頭(ふとう)があり、海外へ向けて開かれた扉でもある。規模の大きさ以上に日産にとっては精神的支柱であり、誇りの源泉だったはずだ。
このニュースには既視感がある。20年ほど前にも日産は主力工場の閉鎖を行っているからだ。1999年に日産が迎え入れたカルロス・ゴーン氏が主導した再建計画「日産リバイバルプラン」は、国内の生産能力を年間240万台から165万台に削減する目標が設定されており、その具体策として、東京都武蔵村山市の村山工場閉鎖を決定。もとはプリンス自動車の生産拠点で、「スカイライン」「グロリア」などを生産した輝かしい歴史を持つ工場である。敷地内にはバンク付きのオーバルコースがあり、テストドライバーによる走行試験が行われていた。
日産リバイバルプランは一定の成果をあげたと言ってもいいだろう。2003年までに2兆1000億円の借金を完済し、V字回復を果たした。ただ、その陰にはグローバルで2万1000人の人員整理、下請け企業半減といった苛烈な施策があったことも事実である。村山工場では約3000人の労働者が3交代制で働いていた時期もあり、下請けや周辺業者を含めれば、数万人が影響下にあった。その巨大な経済圏が失われたのだ。
かつて「日産通り」と呼ばれていた都道55号線には、勤務明けの工員が集うスナックなどの飲食店が軒を連ねていた。工場閉鎖で訪れる客はいなくなり、今はほとんどが店をたたんでしまった。自治体の税収が激減したともいわれる。工場の跡地の一部にショッピングモールがつくられたが、大部分は今もさら地のままである。
言葉を弄するだけだった株主総会の壇上
2025年6月24日に開催された日産の第126回定時株主総会に出席した。小口ではあるが株を所有しており、ステークホルダーとして新経営体制を自分の目で見ようと思ったのだ。詳細は既報のとおりで、エスピノーサ社長が業績を説明し、再建に向けての決意を語ったのだが、会場には不満と疑念が渦巻いていた。すでに追浜工場閉鎖のうわさは広がっていたが、まだなにも決定していないと繰り返す。ホンダとの経営統合破断についても、理由や経緯については報道をなぞる説明だけ。ときに怒号が飛び交う荒れた会場を静まり返らせたのは、老齢男性の株主が発した叫びである。
「追浜工場はね、村山工場みたいに町が吹っ飛ぶんだ!」
冷静に議事を進行していたエスピノーサ社長の顔色が変わったように見えたのは錯覚だろうか。業績悪化を陳謝したうえで再建計画の「Re:Nissan」について説明していたが、会場にいた株主の心に響くような言葉はなかった。5000億円のコスト削減、2万人の人員削減、車両生産工場を17から10へ削減といった計画を事務的に説明するのみで、これから痛みに耐えなければならない社員や周辺業者、地域の利害関係者へのいたわりの気持ちは伝わってこない。彼が「業績回復が急務です」「ワンチームで協力すれば、勝てない競争はないのです」と声高に宣言しても、空虚に聞こえる。
株主がいらだったのにはもうひとつの理由がある。苦境に陥った原因についての、明確で具体的な反省の言が聞かれなかったことだ。業績悪化の責任を取って退任した内田 誠前社長も出席していて、株主からは再三にわたり発言を求める声が上がった。しかし、エスピノーサ社長は自分が説明すると言って内田氏が自ら回答することを拒絶。もちろん、いまさら内田氏を糾弾してつるし上げてもなにも得られない。それでも生の声で後悔と謝罪の言葉を述べることで、同じ過ちを繰り返さない決意を示すことはできたはずだ。
内田氏を選任した木村 康、永井素夫、井原慶子の社外取締役3氏を不再任とする株主提案もあったが、議案としてすら取り扱われない。退任する取締役に支払われる報酬についての批判もあり、経営状況にそぐわない金額が問題視されたのは当然である。リストラされる社員や周辺業者が経済的に苦しむことになるのは明らかなのに、役員だけが既得利益を失わないのは理不尽だ。これでは株主のみならず、日産のこれからを見守る誰もが不信感を抱くのは当然だろう。
日産の経営陣は、ここ十余年の自身の失態を忘れてしまったのだろうか。ゴーン氏は日産復活の立役者と称賛されたが、裏で不正に資産を流用して巨額な蓄財を行っていたことが明らかになった。うわべだけの言葉は、もはや誰も信用しない。
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また同じ過ちを繰り返すのか
Re:Nissanはリバイバルプランの焼き直しのように見えてしまう。人員削減や工場閉鎖で生産能力を減らし、縮小均衡を目指しているだけだ。目先のことだけを考えて一時しのぎの策でやり過ごそうとすれば、ブランド価値が下がって売れるクルマがなくなり、計画が破綻してふたたび事業や設備の整理に迫られる悪夢が待っている。
思えば日産は、何十年も前から同じような失敗を反復してきたように見える。70年代には長年にわたる経営陣と労働組合の不健全な共依存関係がガバナンスをゆがめ、80年代には後の赤字体質につながる無謀な海外進出が断行された。内部では無為な政争と勝者の独断専行が繰り返され、「Z-carの父」こと片山 豊氏を私怨(しえん)から冷遇してダットサンブランドを廃止(参照)してしまう等、あきれるほどの愚かしい行いが繰り返された。優れた技術や発想を持っているのに、経営の混乱が台なしにするというのが、常態となってしまった。誰も責任を取らない文化が負のスパイラルを生み出している。
固定費と変動費の削減が必要なのは事実であり、追浜工場の閉鎖も避けられないのかもしれない。無傷のままの復活は夢物語なのだろうが、今必要なのは未来の構想を示すことだ。経営能力が欠如していた原因を明らかにし、同じ失敗を繰り返さないための、新たな経営体制を示す。痛みが報われると信じられれば、少なくとも日産に残る従業員は逆境に立ち向かうことができる。Re:Nissanという言葉にリアリティーを持たせるために、経営陣は今度こそ「日産はどうなるべきか」というビジョンを示さなければならない。
(文=鈴木真人/写真=日産自動車、newspress/編集=堀田剛資)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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