第946回:欧州に「277万円以下」のクルマなし! キューバ化を覚悟した冬
2026.01.29 マッキナ あらモーダ!ステランティス首脳の発言
日本では近ごろ、車両価格の高騰がたびたび話題となっている。それではヨーロッパは? というのが今回の話である。加えて、いち自動車ユーザーとして歴史的ユーロ高に直面した筆者の思いも記す。
2026年1月、ステランティスの欧州広域および欧州ブランド最高執行責任者(COO)であるエマヌエレ・カッペラーノ氏は、ブリュッセルモーターショーで「1万5000ユーロ未満の乗用車は、ほぼ市場から消えうせた」と発言した。さらに同氏は、欧州連合(EU)の規制、顧客の要望、そして産業の持続可能性との不整合について、強い懸念を表明した。欧州の複数メディアが伝えている。
1万5000ユーロは、2026年1月23日時点の円換算で約277万円に相当する。カッペラーノ氏は、EUの厳しい環境規制に適合するための車両開発・製造費用を価格に転嫁した結果、一般ユーザーが買い求めにくくなったことを指摘。また「単一の技術に焦点を当てると、普及型の自動車が消滅し、欧州域外への技術依存が増える危険性がある」として、バッテリー電気自動車(BEV)への過度な政策的偏重と、その結果としての中国メーカーの台頭に警鐘を鳴らした。さらに同氏は「EUは自動車産業を戦略的資産とみなすかどうかを決定すべき」とも語った。
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年収の伸びを上まわる価格上昇
筆者が調べたところによると、2026年1月時点のイタリアにおいて、1万5000ユーロ以下の主要メーカー製乗用車(期間限定価格や補助金適用価格、また四輪の原動機付き自転車「クアドリサイクル」は除く)は1車種しかない。ルノーグループのいちブランドであるダチアの「サンデロ ストリートウェイ」、1万4800ユーロである。それも「エッセンシャル」と名づけられた65HP・5段マニュアルトランスミッションのベースグレードだ。日本でもよく知られる「フィアット・パンダ(パンディーナ)」は1万5950ユーロから、2025年に販売開始された新型「500ハイブリッド」は1万9990ユーロからしかない。先進運転支援システムなど、EUが求める安全装備が付加されたことも考慮すべきだが、新型コロナ禍までの「パンダ≒1万ユーロ」の印象をもってすると、現在の高額ぶりは衝撃的だ。
もちろん、社会全体で進むインフレの影響もあるのだが、イタリアの民間企業における税引き前平均年収は、2020年の2万8485ユーロに対し、2024年には3万3148ユーロと約16.4%の増加である(データ出典:Statista)。対する乗用車の平均販売価格は、2020年の2万3596ユーロに対して、2024年は2万9500ユーロと約25%も増加している(データ出典:ISTAT、ANFIA)。つまり、クルマの価格上昇は年収の伸びを上まわっているのである。
EUが新車の安全規制や環境規制を強化した結果、交通事故による死者は確実に減少し、都市部の大気汚染も改善がみられる。だが、社会的効果と価格上昇との間に均衡が取れていると感じる欧州ユーザーは多くはなく、それが販売の伸びの鈍化に表れているのである。
平均車齢は13年
以降は欧州圏イタリアの一住民であり、一般的自動車ユーザーでもある筆者の視点からつづることにする。
読者諸氏もご存じのとおり、2026年に入って為替相場では円安ユーロ高が加速している。1月22日にはニューヨーク外為市場で史上初の1ユーロ186円台をつけた。ここまで日本円の価値が下落するとは。1ユーロが100円を切っていた時代の追憶を語るつもりはないものの、「身ひとつで来伊して、ここまで頑張ってきたのに」という、自己努力では解決できない虚無感にさいなまれる。話は飛躍するが、旧日本陸軍大尉で満洲映画協会理事長を務めた甘粕正彦による辞世の句「大ばくち 身ぐるみ脱いで(一説には「もとも子もなく」) すってんてん」が脳裏をよぎる今日このごろだ。
おっと、話をクルマに戻そう。前述の数字をもとに円換算すると、パンダの価格は296万円を超える。残価設定型ローンはイタリアでも徐々に普及しているが、駐車中にぶつけられたり傷つけられたりが頻発するこの国で、残存価格が満額保証される可能性はきわめて低い。
中古車価格も、新車に連動するかたちで上昇している。かつては新車販売店でも格安中古車を容易に見つけることができた。“きちんとした店”で、そこそこのクルマが買えたのである。だが近年そうした店は、いわゆる新古車の流通を活性化するために認定中古車に注力するようになり、出物の物色は困難になってしまった。筆者が知る中堅販売店グループの関係者が明かしたところによると、中心価格帯を2万ユーロ(約369万円)に設定しているという。
筆者自身は、燃料代の安さやトルクの太さから過去3台にわたりディーゼル車を愛用してきた。当連載第918回で記したように、イタリアでは北部の大都市を中心に、近い将来、ディーゼル車は欧州排出ガス基準「ユーロ6」適合でないと運転できなくなる公算が強い。そうしたなかで、該当車種には強気な値付けがみられる。欧州の中古車インターネット販売サイト『オートヒーロー』で検索してみると、「BMW 218dアクティブツアラー」は、初度登録2016年・走行距離14万km超にもかかわらず、1万1800ユーロ(約217万円)の値札が下げられている。日本なら走行4万km台で支払総額100万円を切る同型車もあることを思うと、購入マインドがなえる。
実はイタリアでも、一部近隣諸国同様、2026年から1リッターあたりの軽油価格がガソリンより高く設定される政策が開始された。すなわちディーゼル車の不利が増したのだが、中古車価格にいまだ動きはみられない。
新車も中古車も高いということで、イタリアの人々は、現在使用しているクルマに乗り続ける。2026年1月に欧州自動車工業会(ACEA)が発表したこの国の平均車齢は、13年である。2011年には8年と6カ月だったといえば、いかにクルマの“高齢化”が進行しているか、おわかりいただけるだろう。参考までに、日本は9.44年(2025年、データ出典:自動車検査登録情報協会)である。
「税務署ホイホイ」を回避しても
では「ちょっと古い高級車」という選択肢は? ということで、欧州の著名中古車検索サイト『オートスカウト24』を閲覧する。イタリアの現行制度では最高出力185kW(251PS)以上のクルマを購入すると、新車・中古車を問わず、すべてが税務調査の対象となる。自身になんらやましいことはないが、税務署ホイホイのようなクルマは避けたい。よくしたもので、初代「ポルシェ・カイエン」には184kW(250PS)という前述の調査対象に辛うじてかからないモデルがあり、6500ユーロ(約121万円)が相場である。しかし、イタリアの高級車ユーザーは走りを楽しむので、走行距離は20万kmから30万km台だ。将来の修理代を考えると、到底現実的ではない。実際に、近所の若いカフェ経営者が初代カイエンに乗っていたが、あるときからぱったりと見なくなった。やはり高額な維持費に耐えられなかったのだろう。
いっぽうで、イタリアには自動車を歴史遺産としてとらえる「古典車登録」の制度がある。初回登録後20年もしくは30年が経過した車両が対象で、格安の諸税や保険が適用される。ただし車種は指定されており、審査には内外装ともに高度なオリジナル状態が求められる。ハードルはけして低くはないし、修復済みの個体はそれなりに高額だ。また、保険会社によって年間走行距離や用途など、細則が設けられている。
ということで、なかなかクルマを買い替える勇気が起きないまま、この冬は18年落ちのわがクルマの車検を済ませた。オドメーターは18万8000kmをまわっている。周囲のイタリア人による「まだまだ十分乗れる。この国じゃ20万km超えは当たり前だ」との励ましもあって、ハバナを走るキューバ革命前の米国車のごとく乗り倒す覚悟はできた。
そうしたなか、ふと思いついたのはピックアップトラックだ。当連載第897回で記したように、使途に若干の法的制約はあるものの、この円安下でも年間の自動車税は1万円弱。わが乗用車の約5分の1以下だ。
そもそも商用車。中古車価格も乗用車より手ごろだろうと思い、「トヨタ・ハイラックス」を前述の中古車検索サイトで調べてみた。ところが、まともな個体は、たとえ20年落ちでも円にして200万円以上する。カイエンより高い。さすが世界のトヨタと思ったのであった。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA、ダチア/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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