第972回:黒船来襲も! イタリア自動車販売店は戦国時代
2026.07.30 マッキナ あらモーダ!あるフォルクスワーゲンショールームの開店
2026年7月8日、著者が住むイタリア中部シエナ県で、1軒のフォルクスワーゲン(VW)販売店が開店した。オープニングセレモニーは夕方7時の開場だったが、サマータイムで日没前ということもあり300人以上の招待客が訪れ、シェフがゆでるパスタを展示車の脇で楽しんだ。
この新ショールームは、第758回をはじめ本連載にたびたび登場してきたイタリア中部の中堅販売店グループ、ウーゴ・スコッティによるものである。
一帯では長年にわたり別の地元企業がVW販売店を営業していた。しかし、2025年に突然閉業。そこで以前から別都市でVWを扱っていたウーゴ・スコッティが、既存のフィアット/アルファ・ロメオ用ショールームの一部を分割・改装するかたちで、VW用ショールームを開設した。
イタリアでは近年、販売店の廃業や統合が進んでいる。シエナでは第889回で紹介したマツダ販売店のスーペルアウトも、2025年にその地区販売代理権を、併売していたヒョンデ、ホンダとともに隣街であるフィレンツェの販売店グループに譲渡した。
懸命な中堅ディーラー
最大の原因はイタリアにおける自動車登録台数の減少だ。2025年のそれは約153万台で、2017年の約197万台から44万台も減った。それに伴い、合併や買収などにより、自動車の流通ネットワークが大幅に縮小している。調査会社クインテジアが2026年5月に発表したデータによると、2016年と比較すると事業者数は41%も減少し、実店舗数も23%減少しているという。
とくに小規模な販売店の多くは危機にひんしている。理由についてイタリアの業界サイト『フォーラム・オートモーティブ』は、2026年6月26日配信号で「利益率の圧迫、デジタル化・脱炭素対応への投資負担増、仕入れ・管理の効率化への対応の遅れ、そして創業家の世代交代が、小さな店の存続を脅かしている」と分析している。また筆者が聞いたところによれば、メーカーのイタリア現地法人(販社)によるスクラップ&ビルド、すなわち地区販売店の取捨選択強化も背景にある。
その一方で、メガディーラーは経営難に陥った小規模店が手放した地区販売代理権を取得したり、ときには販売店の施設そのものまで買収したりしている。外資系販売ネットワークの勢力拡大も目覚ましい。米国のペンスキー・オートモーティブ・グループは、日本上陸よりも早く2012年にイタリア市場にボローニャ企業と合弁で進出。フェラーリも含め、プレミアム系を中心に十数ブランドを二十数拠点で扱うに至っている。黒船来襲だ。
そうしたなかで、冒頭のウーゴ・スコッティのような中堅販売店グループは懸命に生き残りを模索している。彼らによると、台数ベースでは創業時からの取り扱いブランドであるフィアットが依然首位で、地元の既存販売店から引き継ぐかたちで始めたメルセデス・ベンツ、アウディ、VWでその脇を固めようとしている。波乱の時代に対応する人材として、2021年にはメルセデス・ベンツのドイツ本社およびイタリア法人で長い勤務経験のあった、ウド・ヘルベルト氏を社長に迎えた。参考までに、彼のもと、2025年にはいずれも中国・奇瑞系のオモダ、ジェコーを、2026年にはBYDの販売を開始して、経営の強化を図っている。
家族経営の懐かしさも
より大きな販売店グループがクルマを手がけることについては、いちユーザーである筆者の視点からすると長短がある。長所は即納車のストックから認定中古車まで品ぞろえが豊富になることだ。前述のマツダ、ヒョンデ、ホンダ販売店も中古車ブースが一気に充実し、選択肢がおおいに広がった。筆者などは用がなくても面白くて立ち寄るようになった。サービス工場の設備も更新されることが多い。
一方で、販売店グループ傘下になって困るのは、オーナーの裁量が利かないことだ。恥ずかしながら、小さな販売店のサービス工場で、社長の裁量で修理代金をたびたび適当な分割払いにしてもらった筆者としてはかなり困るのである。
小さな販売店といえば、イタリアに住み始めたころまで時間をさかのぼれば、さらなる思い出がある。今以上に貧乏で、明らかに新車を購入しそうにない、しかも外国人であった筆者にも展示車を熱く解説してくれたうえに、帰りには得意客向けのぶ厚いカタログまで持たせてくれた。筆者の不気味なまでのクルマへの関心を高く買ってくれたのだろう。そうした店は大抵家族経営で、オーナーの秘蔵車が展示されていたり、ときには彼らの自宅が敷地内にあったりした。そうしたほのぼのした街かど自動車文化が消えてゆくことに、一抹の寂しさを覚えるのである。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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