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ブーム再到来はあるか!? 国産ステーションワゴン興亡史(前編)

2026.09.07 デイリーコラム 沼田 亨
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今や絶滅危惧種

アメリカの若者の間でセダン人気が復活しつつある、というニュースをネットで見た。その情報にどれほどの信頼性があるのかは不明だが、要はSUV一辺倒の風潮に飽きがきたということらしい。とはいうものの、現在アメリカでセダンを買おうと思っても、アメリカンブランドではキャデラックの「CT4」「CT5」の2車種しかない。あとはドイツ車と日本車しか選択肢がないのだ。

セダン人気が復活するなら、ついでにワゴンも? などと一瞬思ったが、こちらの復権はセダン以上に厳しいだろう。かつてはアメリカの豊かな生活の象徴のように思われていたステーションワゴンだが、米国車のラインナップから消滅して久しい。アメリカンブランド最後のワゴンとなったのは「キャデラックCTSスポーツワゴン」だが、その生産終了は10年以上も前の2014年。すでに歴史が途切れてしまっているのだ。

では日本におけるワゴンはどうだろうか。あらためてチェックしたところ、現在入手可能な国産ワゴンは「トヨタ・カローラ ツーリング」と「スバル・レヴォーグ」の2車種のみだった。「クラウン エステート」もあるじゃないかと思ったが、トヨタではSUVに分類している。

それ以外のワゴンが欲しいとなれば、まず思い浮かぶのはドイツ車(しか選択肢はない)。メルセデス、BMW、アウディ、フォルクスワーゲンのいずれもが複数のワゴンをラインナップしている。セダンと同様、ワゴンというカテゴリーもドイツ車が最後の砦という雰囲気なのか。おっといけない、「ボルボV60」と80台の限定販売ながら「プジョー308SW」もあった……とはいうものの、かつて輸入ワゴンといえば真っ先に名が上がったボルボでさえ、いまでは8年前にデビューした1車種だけなのだ。

という感じで、いまや絶滅危惧種と呼んでもおかしくない存在となってしまったワゴン。そこで今回は、そんなワゴンのなかでも国産ワゴンの歴史について振り返ってみたい。

1961年「フォード・カントリースクワイア」。「ウッディ」と呼ばれた木製ボディーパネルの名残を意識的に装飾としてあしらった、往年のアメリカのフルサイズワゴンの典型的なモデル。サードシートを備えているのが分かる。
1961年「フォード・カントリースクワイア」。「ウッディ」と呼ばれた木製ボディーパネルの名残を意識的に装飾としてあしらった、往年のアメリカのフルサイズワゴンの典型的なモデル。サードシートを備えているのが分かる。拡大
2010年に登場した、アメリカ市場向けのキャデラックとしては最初で最後のワゴンとなった「CTSスポーツワゴン」。2014年に生産終了し、これまでのところアメリカンワゴンとしても最後のモデルとなっている。
2010年に登場した、アメリカ市場向けのキャデラックとしては最初で最後のワゴンとなった「CTSスポーツワゴン」。2014年に生産終了し、これまでのところアメリカンワゴンとしても最後のモデルとなっている。拡大
希少な現行国産ワゴンの一台である「スバル・レヴォーグSTI Sport EX」。「レオーネ ツーリングワゴン」に始まるスバル伝統のシンメトリカルAWDワゴン。
希少な現行国産ワゴンの一台である「スバル・レヴォーグSTI Sport EX」。「レオーネ ツーリングワゴン」に始まるスバル伝統のシンメトリカルAWDワゴン。拡大
「フォルクスワーゲン・パサート ヴァリアント」。7代目となる現行パサートは伝統的にヴァリアントと呼ばれるワゴンのみで、中国市場にのみセダンが用意される。
「フォルクスワーゲン・パサート ヴァリアント」。7代目となる現行パサートは伝統的にヴァリアントと呼ばれるワゴンのみで、中国市場にのみセダンが用意される。拡大
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国産ステーションワゴンの始まり

国産初の量産乗用ワゴンは、1960年に登場した「ダットサン・ブルーバード1200エステートワゴン」ではないかと思う。それ以前の「ダットサン110型」などにもワゴンは設定されていたが、少量生産の特装車の趣が強かった。それに対して初代ブルーバード(310)をベースとしたこちらは、オールプレス製のワゴン専用ボディーを持つ量産車。以後ブルーバードは7代目のU11(5代目810を除く)までワゴンを設定するが、2代目以降のボディーは基本的にバンと共用だった。

1962年には、日産は「セドリック」にもエステートワゴンを設定する。ボディーは基本的に4ナンバーの商用バンと同じだが内外装はセダンの「デラックス」に準じており、日本車では初めてサードシートを設けて3+3+2の8人乗りとした。同年にはライバルの2代目「トヨペット・クラウン」にも「カスタム」の名でワゴンが設定された。こちらも「マスターライン」と呼ばれていたバンとボディーは共用で、サードシートはなし。クラウン カスタムにサードシートが設けられたのは次の世代からである。

クラウンやセドリックと5ナンバーフルサイズ市場を争っていた「プリンス・グロリア」にワゴンが追加されたのは1964年。クラウンとセドリックのエンジンが1.9リッター直4 OHVだったのに対して、「グロリア6ワゴン」は2リッター直6 SOHCを搭載していた。だがこれは、ワゴンと名乗るものの実体は4ナンバーの商用バンで、翌1965年に「グロリア6エステート」の名で乗用ワゴンが加えられるという、ややこしい状況だった。これら5ナンバーフルサイズ車には、世代によって設定がないこともあったものの、1990年代まではバンと基本設計を共有するワゴンが用意されていた。

これらのほか、1960年代には「ダイハツ・コンパーノ」、初代「マツダ・ファミリア」、2代目&3代目「スカイライン」、初代「トヨペット・コロナ マークII」などにも5ナンバーのワゴンが設定されていた。いずれも4ナンバーのバンと基本設計は共有で内外装をセダンのデラックス並みとしたもので、バンにもデラックス仕様が設定されている場合は、外観からはほとんど見分けがつかなかった。

バンと比べたらワゴンのほうが多少は乗り心地がよかったものの、動力性能は実質的に変わらず、乗用登録なので税金などの諸費用はバンよりも高くつく。クルマがステータスだった当時、少なくとも一般大衆の目には「セダン=乗用車」より格下に見られていたライトバンと区別がつかず、しかも生産台数が少ないため、価格がセダンよりも割高なワゴンを選ぶユーザーは少なかったのだ。

1960年に登場した「ダットサン・ブルーバード1200エステートワゴン」の、マイナーチェンジ後の1962年型。価格は「セダン1200デラックス」の70万9000円に対して74万円と高価だった。
1960年に登場した「ダットサン・ブルーバード1200エステートワゴン」の、マイナーチェンジ後の1962年型。価格は「セダン1200デラックス」の70万9000円に対して74万円と高価だった。拡大
本場アメリカ製ワゴンに倣った雰囲気が魅力の「日産セドリック1900エステートワゴン」。マイナーチェンジでヘッドライトが縦4灯から横4灯となった1963年型である。
本場アメリカ製ワゴンに倣った雰囲気が魅力の「日産セドリック1900エステートワゴン」。マイナーチェンジでヘッドライトが縦4灯から横4灯となった1963年型である。拡大
同じく「日産セドリック1900エステートワゴン」。カタログのイラストでは後ろ向きのサードシートを備えた8人乗りをアピールしているが、実際に成人が乗車したらもちろん室内スペースにこんな余裕はない。
同じく「日産セドリック1900エステートワゴン」。カタログのイラストでは後ろ向きのサードシートを備えた8人乗りをアピールしているが、実際に成人が乗車したらもちろん室内スペースにこんな余裕はない。拡大
1964年「トヨペット・クラウン カスタム」。テールゲートは下方開き式で、電動で上下するリアウィンドウをテールゲートに収めなければゲートは開かない。「セドリック」と「グロリア」のバン/ワゴンも同じ方式だった。
1964年「トヨペット・クラウン カスタム」。テールゲートは下方開き式で、電動で上下するリアウィンドウをテールゲートに収めなければゲートは開かない。「セドリック」と「グロリア」のバン/ワゴンも同じ方式だった。拡大
1965年「プリンス・グロリア6エステート」。2リッター直6 SOHCエンジンを積み、リアサスペンションがセダンと同じド・ディオン式というスペックは、「クラウン」や「セドリック」より高級だった。
1965年「プリンス・グロリア6エステート」。2リッター直6 SOHCエンジンを積み、リアサスペンションがセダンと同じド・ディオン式というスペックは、「クラウン」や「セドリック」より高級だった。拡大

ハイパフォーマンスワゴンという新潮流

1970年代に入ると、相変わらずボディーはバンと共用だったものの、ユニークなワゴンが登場した。マツダが社運を賭して開発した高性能なロータリーエンジンを搭載したモデルである。まず1972年に「グランドファミリア バン」のボディーに10A型エンジンを積んだ、その名も「サバンナ スポーツワゴン」、翌1973年には「ルーチェ バン」のボディーに13B型エンジンを搭載した「ルーチェAPワゴン」をリリース、ハイパフォーマンスワゴンという新境地を切り開いたのだった。

1970年代の国内自動車産業は、1973年に勃発した第1次石油危機、そして1975年から実施される本格的な排出ガス規制に翻弄された。なにしろ排ガス規制をクリアしなければ新車が販売できないのだから、各社とも排ガス対策が最優先事項となり、新車開発は後回しとなった。もともと市場の小さいワゴンなどはその最たるもので、実際、1975年には日産のセドリック/グロリアが、翌1976年にはブルーバードがフルモデルチェンジしたが、4ナンバーのバンは用意されたもののボディーを共用するワゴンは消滅している(次世代では復活)。

この状況がどうにか落ち着いた1979年、日産から久々に専用ボディーを持つワゴンがデビューした。4代目「サニー」(B310型)に追加された「カリフォルニア」である。5ドアボディーは商用バンとは異なり、クーペとほぼ同じ低められたルーフと前傾したテールゲートを備えたスポーティーなフォルム。その名のとおりアメリカのワゴンを意識したオプションの木目調のデカールがよく似合い、市場では好評をもって迎えられた。

オプションの木目調デカールが似合ったモデルといえば、翌1980年に登場した「ホンダ・シビック カントリー」もそうだった。1971年にリリースされたホンダ初の乗用ワゴンだった軽の「ライフ ワゴン」と同様にボディーは商用バンからの流用だったものの、当時のホンダおよびシビックというブランドが持っていたフレッシュなイメージによってまずまずの評価を得た。

以上が1960~1970年代、黎明期の国産ワゴンを取り巻く状況だが、もちろん話はまだまだ続く。

(後編へ)

(文=沼田 亨/写真=フォード、ゼネラルモーターズ、スバル、フォルクスワーゲン ジャパン、日産自動車。トヨタ自動車、マツダ、本田技研工業、TNライブラリー/編集=藤沢 勝)

1972年「マツダ・サバンナ スポーツワゴン」。当初は491cc×2の10A型ロータリーエンジンを搭載、最高速170km/hという高性能をうたった。
1972年「マツダ・サバンナ スポーツワゴン」。当初は491cc×2の10A型ロータリーエンジンを搭載、最高速170km/hという高性能をうたった。拡大
1973年「マツダ・ルーチェAPワゴン」。排ガス規制対策済みの654cc×2の13B型ロータリーユニットと3段ATを組み合わせ、速さとクリーンさを両立。だが石油危機により、燃料消費の多さが敬遠されてしまった。
1973年「マツダ・ルーチェAPワゴン」。排ガス規制対策済みの654cc×2の13B型ロータリーユニットと3段ATを組み合わせ、速さとクリーンさを両立。だが石油危機により、燃料消費の多さが敬遠されてしまった。拡大
1979年「ダットサン・サニー カリフォルニア」。「若々しく、自由で明るく、新しい文化と風俗を生み出すカリフォルニアをイメージした」という車名を冠し、日産ではワゴンではなく「5枚のドアを持つスポーツセダン」と主張していた。
1979年「ダットサン・サニー カリフォルニア」。「若々しく、自由で明るく、新しい文化と風俗を生み出すカリフォルニアをイメージした」という車名を冠し、日産ではワゴンではなく「5枚のドアを持つスポーツセダン」と主張していた。拡大
1980年「ホンダ・シビック カントリー」。ボディーはバンと共用で、リアサスペンションもハッチバック/セダンのストラットの独立に対して、バンと同じリーフの固定軸。1.5リッターSOHCのCVCCユニットを積む。
1980年「ホンダ・シビック カントリー」。ボディーはバンと共用で、リアサスペンションもハッチバック/セダンのストラットの独立に対して、バンと同じリーフの固定軸。1.5リッターSOHCのCVCCユニットを積む。拡大
沼田 亨

沼田 亨

1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。

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