第149回:ユーロな「家電取説」に大矢アキオ埋没寸前!
2010.07.03 マッキナ あらモーダ!第149回:ユーロな「家電取説」に大矢アキオ埋没寸前!
増殖する「取説」
今回は取説、つまり「取扱説明書」のお話をしよう。
ボクは家電その他の取説を、ひとつの段ボール箱に放り込んでおく。だが最近その箱が満杯になって、ついにフタが閉まらなくなってしまった。整理を始めてみると、その原因がすぐに判明した。
近年ヨーロッパで販売されている家電やPC関係は、添付されている取説の量がやたらと多いのである。詳しく言うと、さまざまな国の言語で書かれた説明書がドサッと入っているのだ。
先日買ったフィリップス社製の家庭用ビデオトランスミッター(1台目のテレビの映像を電波で送信し、別の部屋のテレビに映し出すもの)は、その好例だ。製品に同梱(どうこん)されていた説明書は、なんと12カ国語分、12冊も入っていた。細かく記すと、伊、英、仏、西、独、露、蘭、ポルトガル、ポーランド、スウェーデン、チェコ、ギリシャの各語だ。
先月買ったソニー製ICレコーダー欧州仕様の取説もかなりのものだった。その「クイックスタートガイド」は4冊に集約されていたものの、見ると15カ国語分が収録されている。そして英語による詳細説明書と、欧州連合の定めるリサイクル方法が8カ国語で解説されたものも各1部付いてきた。加えて、以下はペラペラの紙だが、カスタマーサポート案内(英仏独西)1部、お客様登録の手引き(英仏独西伊)1部、保証規定(欧州22カ国語)も添付されていた。
いずれの製品も、購入直後に自分の読みたい言語の取説をさがすのにさえ、ちょっとした時間を要した。こんな具合だから、家中にある製品の取説を集めれば、箱が満杯になるわけだ。
「一言語の取説を選んで取っておいて、あとは捨てちゃえばいいじゃん」というご指南、ごもっともである。
しかし後日リサイクルショップに出したり、仏・独語圏の知人に譲るケースを考えると、やはりひととおり取っておきたい。
また、ボク自身がイタリア語で理解できないとき、英語で読んだらわかった、またその逆ということもよくある。したがって、ポイポイ捨てるばかりが能ではない。
日本語の説明文は? という疑問もあるだろう。だが、欧州で売られている家電の多くは、たとえ日本ブランドであっても、各種仕様が違うために日本語取説が付いていることはまずない。それでいて、最近は中国語説明文がしっかり付いていたりするのも事実だが。
ちなみに、それを克服する裏技としてボクがやっているのは、似たような日本仕様をメーカーサイトで探し、取説をダウンロードして参考にすることである。ただし、日本仕様というのは独自の高機能が付加されていることが多い。だから少し踏み込んだ操作になると役にたたないのがつらいところだ。
ちなみにEU加盟国は現在27カ国、公式言語の数は23言語に及ぶ。各国では、製品に自国語の説明書添付が義務づけられている。EU加盟国はさらに拡大される予定だから、添付される取説の量はこれからも増え続けていくだろう。
「シボレー・カマロ」のテールランプ
「いっぱい付いてくる」といえば、最近は取説ばかりではない。電源プラグも、自国用以外のものが差し替え方式で複数付いてくることが多くなった。またADSLルーターを買うと、別の国の電話プラグがいくつか同梱されていたりする。
「もっと仕向け地に合わせて、同梱する説明書やプラグをきめ細かく入れ替えられぬものか?」と考えたとき、思い出したのは1980年代の「シボレー・カマロ」だった。
その頃カマロのテールランプは、日本に陸揚げされてからすべてインポーターの手で交換されていた。なぜなら、ブレーキランプの光がターンシグナルランプのレンズまで漏れる構造になっていることを、日本の運輸省に指摘されたためだ。そのため、日本に着いてからブレーキ/ターンシグナル両ランプの間にスカットル(仕切り)の付いたものに取り替えていたのである。アメリカから来たランプは廃棄された。
当時日本では、すでに輸入車を対象にした関税は撤廃されていたものの、保安基準で輸入車に不利な、いわゆる“非関税障壁”が多数設定されていて問題となっていた。カマロのテールランプは、その一例だった。まだ学生だったボクの素朴な疑問としては、「GMのアセンブリーラインの時点で、日本仕様のランプを組み付けてしまえば、こんなムダはないのに」と思った。
しかし数年後、就職した自動車誌の編集部で、インポーター勤務経験のある先輩はこう教えてくれた。
「そんな工数の増えることは、やらないんだよ」。
生産性を徹底的に追求する量産車の艤装(ぎそう)ラインにおいて、マーケットの小さい日本向けに別パーツを組み付けることは、工場従業員が選択する作業をひとつ増やしてしまう。イコール時間・手間そしてコストの損失であるということなのだ。
そこから考えれば、欧州の家電にやたら付いてくる説明書やプラグも、おのずと理由がわかってくる。カマロのテールランプ同様、仕向け地ごとに同梱内容を分けていては、メーカーとしてはキリがないのである。
ボクたち消費者としては、コスト低減で安く手に入れることができるのはありがたい。しかし、要らない取説やプラグが入っていて、それを捨てるのは、エコを叫ぶ昨今、ちょいと心が痛む行為である。
そうこうしているうちに、家電はどんどん複雑になり、取説はもっと分厚くなってゆくのは目に見えている。あまり分厚くなると、今度はパッケージが大きくなり、輸送コストが問題になってくるだろう。
そうかといって、CD版やオンラインの説明書は、パソコンを立ち上げたりネットに接続しないと読めないので不便だ。ヨーロッパにおける取説肥大は、そのうちマジメに考えねばならなくなる、とボクは読んでいる。
タイムカプセル感覚
ところで今回取説の話を書くにあたり、前述したわが家の取説ボックスをひっくり返したら、底から意外なものが出てきた。クルマの取説である。
ひとつはイタリアで初めて買った、1987年型中古「ランチア・デルタ」の取説だ。次のクルマを買うときに下取りに出したら「もう解体工場に回す」というので、もらっておいたのだ。
図解にはしゃれた書体で刻まれたヴェリア製のメーターや、きゃしゃなウインカーレバー、空調ダイアルが載っていて、眺めているとその色や感触を思い出してきた。
もう1冊は東京時代の家にあって、のちに初めて自分専用車となった「アウディ80」の和訳説明書だ。80年代初期のモデルゆえ、記載されている製造業者名は、まだ「アウデイ NSU アウトウニオン社」である。
驚くべきは、正味たった85ページであることだ。やたら分厚くなった今日のクルマの取説からすると、ウソのようなシンプルさだ。
それでも「海外で走行される場合」と題して、走行レーンの異なる国で走る場合には、対向車にまぶしくないようヘッドライトのレンズ上に施すテープの貼り方まで詳説してある。イタリアに住んでいる今でこそ、イギリスから旅でやってくるクルマでよく見かけるものだが、当時は「へえー、欧州じゃこんなことをするのか」とシビれながら読んでいたのを思い出した。さらにページを繰っていると、1枚の紙がひらりと落ちた。
「1982年2月26日 大安 うま」
どうやら、納車日の日めくりカレンダーを、亡父が挟んでおいたものらしい。古いクルマの取説はちょっとしたタイムカプセル感覚である。家電の取説と違うところだ。
……おっと、これだからボクの片付け作業は、いつもなかなか進まない。
(文=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA/写真=General Motors、大矢アキオ)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの 2025.10.16 イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。
-
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ 2025.10.9 確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。
-
第930回:日本未上陸ブランドも見逃すな! 追報「IAAモビリティー2025」 2025.10.2 コラムニストの大矢アキオが、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」をリポート。そこで感じた、欧州の、世界の自動車マーケットの趨勢(すうせい)とは? 新興の電気自動車メーカーの勢いを肌で感じ、日本の自動車メーカーに警鐘を鳴らす。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
第928回:「IAAモビリティー2025」見聞録 ―新デザイン言語、現実派、そしてチャイナパワー― 2025.9.18 ドイツ・ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」を、コラムニストの大矢アキオが取材。欧州屈指の規模を誇る自動車ショーで感じた、トレンドの変化と新たな潮流とは? 進出を強める中国勢の動向は? 会場で感じた欧州の今をリポートする。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。