第140回:大矢アキオ、取材妨害に遭遇!? ドイツにあのセンチュリーが!
2010.05.01 マッキナ あらモーダ!第140回:大矢アキオ、取材妨害に遭遇!? ドイツにあのセンチュリーが!
異国に突然、憧れのクルマが
鳩山首相の最近の公用車は「レクサスLS」のようだが、もしボクが閣僚に指名されたら(ないってば)、「トヨタ・センチュリー」を手配してもらおうと決めている。
センチュリーへの憧れは、子供の頃に始まっていた。「富士の裾野と東名高速のもと〜」のナレーションで始まる、受託生産会社・関東自動車工業のテレビCMに出てくるセンチュリーにシビれたのが最初だった。
イタリアに移り住んでからは、東京に行くたび官庁街や丸の内、銀座の路上に駐車しているセンチュリーを見て、「これぞ日本を代表するクルマだ」とため息をもらすようになった。欧州車どころか、世界のどのクルマにも似ていない孤高のスタイル。速そうに見せることを意図していないデザインという観点では、「日産キューブ」をはるかに上まわる。
それはともかく、2010年4月初旬、ヒストリックカーショー「テヒノクラシカ(テクノクラシカ)2010」を見学すべく、ドイツ・エッセンを訪れた。
会場は東京ドームの2.5倍超。今年の出展車数は昨年を上回る1100台に及んだ。珍車多きスタンドをくまなく見るには最低2日は必要な規模。とくに最近は知り合いが増えてきたため、彼らとの車談義を挟みながら鑑賞するには3日あっても足りないくらいだ。そんな具合なので、今回ボクの見学最終日である2日目の夕方は、見きれないパビリオンがまだいくつも残っていたため、ある種のパニック状態に陥っていた。
そうしたなか、ボクに「ちょっといいですか?」と声をかける人がいた。おいおい信仰宗教の勧誘か? と思って振り返ると、そこには白髪ロングヘアーの紳士が立っていた。
「日本人ですか?」とボクに尋ねる彼。
ボクがそうだと答えると、ちょっと自分の日本車を見てほしいと言うではないか。日本車ファンか。ボクは少々おっくうに感じながらも、とりあえずついていった。ところがそこにたたずんでいたものを見て、思わず気絶しそうになった。彼のクルマはあのセンチュリー。1991年モデルだというのだ。
彼が困っていたワケとは
以前、ボクのセンチュリー好きを知った親切な読者の方が、パリの日本在外公館で使われているセンチュリーの写真を編集部に送ってきてくださったことがあった。またトヨタのある関係者によると、センチュリーは中東諸国にはわずかであるが渡っているという。でも、なぜまたドイツの地に?
そんな疑問をただす前に、ロングヘアーの紳士は、ボクを車内に引きずり込んだ。そして何を言うかと思えば、
「こ、これ、お願いですから教えてくださいッ」と。彼が指さしたのはダッシュボード。アクセサリー類の操作スイッチが、すべて日本語で記されている。それも最高級車だけあって、その数は「クラウン」の比ではない。いやー、センチュリーには、こういう落とし穴があったのか。
その昔、シトロエンのメーターパネルには「Huile(オイル)」と書かれていて、ATセレクターレバーのDレンジは「A(avant=前進)」と記されていた。メルセデス・ベンツの計器盤のオイル表示にも、「¨」(ウムラウト)がついた「ÖL」と記されていて、そうした舶来風情が楽しかったものだ。
だが、さすがにこの猛烈な勢いの日本語羅列は、ガイジンにはキツい。なにしろ、エアピュリ(エアピュリファイヤー:空気清浄機の略)なんていう、日本人でも一瞬考えてしまうような用語が平然と刻まれているのだから。
さらにエアコン吹き出し口には自動ルーバー、さらにドアのアームレストにも電動カーテンのスイッチと、他の部分にも宇宙戦艦ヤマト級にスイッチ満載だ。
彼は熱心にメモをとり、実際に動作を確認しては感心することもあって、いつのまにかボクも熱烈指導していた。オーディオの音楽ジャンルを選ぶスイッチを説明するときは、思わずドイツの60年代懐メロからベートーベンまで、それぞれイントロを熱唱してあげた。
紳士はカタログも確保していた。トランクルームの写真を指しながら「日本ではゴルフバッグの収容力が問われるのです」とボクは解説を欠かさなかった。
惜しいのは、「交通情報」のスイッチだ。日本なら便利なのだが、こちらでは周波数が違うため役にたたない。こんなささいなことでも、やはり日本製品はガラパゴス化していることを感じてしまった。
博士の愛したセンチュリー
そんなわけで、お互いの自己紹介は操作レクチャーが一通り終わったあとになってしまった。
彼の名前は、ゲルハルト・ホフウェーバーさん(40歳)。宗教和議で有名なドイツの大学都市アウクスブルクで、哲学・経済研究所を主宰している博士だった。
「先生、なぜこのセンチュリーを?」と聞けば、
「数年前フィンランドを旅行していたとき、船上で退屈しのぎに読んでいた自動車雑誌で偶然見つけて、興味を持ったのです」と、教えてくれた。帰国後ゲルハルトさんは、ネットオークションでセンチュリーが出品されるのを辛抱強く待ち続けた。そして少し前、イギリスの個人オーナーが売りに出した車両の落札に成功したのだという。
なおこのセンチュリーには北越地方のトヨタ販売店のサービス記録ステッカーが残っていることからして、英国のオーナーの手には日本で一定期間使われてから渡ったものと思われる。
ちなみにゲルハルトさんは現在、1万9300ユーロ(約237万円)で買ってくれる人がいれば手放してもよいとしているので、彼の購入価格はそこから各自類推していただこう。
ゲルハルトさんによれば、欧州には少なくとも彼のクルマも含めて、2台のセンチュリーが現存しているのではないかという。もう1台が前述の在外日本公館のものかどうかは残念ながら不明だ。
「日本でセンチュリーは閣僚も乗りますが、造り手の意に反して、ときおり“その筋”の方々も乗ってます」とボクが冗談を飛ばすと、彼は知ってる知ってるとうなずき、
「それよりも、日本のカイザー御一家もお乗りでしょう?」と返してきた。“Kaiser”とは天皇陛下のことである。博士の表情は得意げだった。
ゲルハルトさんが豪華カタログ(もちろん日本版)を持っていたこともあって、気がつけばボクは、残りの取材も忘れて閉館時間近くまで彼とセンチュリー談義にふけっていた。なんともうれしい“取材妨害”だった。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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