第125回:「フォード・フィエスタ」が「フィアット・グランデプント」打倒そして高級車撃沈。伊仏市場は乱世でござる!
2010.01.16 マッキナ あらモーダ!第125回:「フォード・フィエスタ」が「フィアット・グランデプント」打倒そして高級車撃沈。伊仏市場は乱世でござる!
ヨーロッパで日本車といえば
昨今イタリアやフランスの自動車誌で採り上げられる日本車といえば、一時の「SUV」「ハイブリッド車」である。
イタリアを代表する自動車誌「クアトロルオーテ」は、2009年9月号でなんと14ページにわたって、3代目「トヨタ・プリウス」の詳細記事を掲載している。表紙も飾っている。キャッチは、モスカ・ビアンカ=白いハエである。イタリアで「なかなか現れない秀逸な人やモノ」に使われる言い回しだ。ページ数もさることながら、イタリアでは極めて珍車である初代のオーナー訪問や、編集部所有サーキットでのフルテストなど、内容にも気合が入っている。
いっぽうで、ハイブリッドに押され気味ではあるが、日本市場で販売ランキングの半数近くを占める軽自動車を紹介するメディアは少ない。軽をベースにした欧州仕様が少ないので仕方ないが、日本車に関する報道というのは、そういったところに留まっている。ジャパニーズ軽ならではの、あっと驚くコストダウン技術や、メルセデスもビックリの各種装備は、充分取材に値すると思うのだが。
同様に残念なのは、日本の自動車誌におけるヨーロッパ車報道はハード中心で、なかなか今の欧州の姿が伝わってくるものが少ないことである。それをなんとかしようと勝手に鼻息を荒くしたボクは昨年、本欄でビデオ「捨て身の調査員」シリーズを敢行した。
だが、もうひとつ手っ取り早くあぶり出す方法に、最新の統計がある。数字を眺めているだけでかなり面白いので、それをネタに人々に意見を聞いたりしているのだ。
拡大
|
イタリアの統計、看板車種が陥落
最初は、イタリア自動車工業会が発表した2009年10月の車種別登録台数である。
驚いたのは「Bセグメント」のカテゴリーだ。「フィアット・グランデプント」は9515台。対して、昨2008年に登場した「フォード・フィエスタ」は1万760台である。フィアットを支える看板車種のひとつグランデプントが、外国ブランドに抜かれてしまったのである。
さらにワンランク上のCセグメントの「フィアット・ブラーヴォ」も、2009年初め頃から失速をはじめ、今や完全に「フォルクスワーゲン・ゴルフ」の後塵を拝している。
グランデプント、ブラーヴォとも、ボクが見る限りフィアットとしては従来製品より大幅にクオリティやフィニッシュが向上しているのだが……という個人的感想はさておき、一般イタリア人ユーザーから聞く声はフォードの「お買い得感」である。
たしかに1.2リッターのスタンダードモデル同士で比較すると、フィエスタは、グランデプントの新型「プントEVO」よりも3ドアモデルで550ユーロ(約7万2000円)も安い。エアコンもプントEVOが900ユーロ(約11万8000円)なのに対して、フィエスタは750ユーロ(約9万8000円)と割安だ(いずれもイタリア価格)。
実はフィエスタは安全装備のESPが全車250ユーロ(約3万2000円)のオプションという、少々賛否の分かれる戦略を採っているのも確かなのだが、大方の一般ユーザーにとって、まず引かれるのは目に飛び込む車両価格に違いない。
こんな意見もある。
10年ほど前にフィエスタを仕事で使い倒した男性(30代)は、「当時フィアットが品質を落としていたなかで、フォードのそれは明らかに優れていた」と証言する。「そのうえで満足した顧客が、ふたたびフォードに戻ってくるのではないか?」と言う。
フィアットグループが、経営危機時代の悲願だった国内シェア30%を回復して久しい。だが、けっして油断はならないということだ。
フランスで目立つのは
フランスに目を転じてみよう。目立つのはプレミアム車種の低調である。フランス自動車工業会が発表した2009年第4四半期の国内登録台数は、「プジョー607」が337台、「シトロエンC6」は232台に過ぎない。もともとこの国でニッチな車種とはいえ、あまりに悲しい数字である。
「三菱アウトランダー」の姉妹車であり、フランス初のSUVとして2006年に鳴り物入りでデビューした「プジョー4007」「シトロエンCクロッサー」も、283台、201台と惨憺たるものだ。日本とフランスのお仕事モードの違いの狭間で、製品化に苦心した三菱マンがいるかと思うと、もっと泣けてくる。
「プジョー407クーペ」「ルノー・ラグーナクーペ」については、集計台数がいずれもベルリーヌ(セダン)と一緒になってしまっているので正確な数字は不明だが、街で見る頻度はローマ法王が死ぬくらい(イタリアでは滅多にないことを、こう言う)だから、これまた結果は目に見えている。
ちなみに「ルノー・ヴェルサティス」は、この時期正式に生産を終了した。そのため同一に扱うのはフェアでないかもしれないが、参考までに記すと、たった154台だった。
この状況を見てボクが心配するのは、これから出てくるプレミアム系フランス車である。プジョーは、2009年に生産型を公開した「RCZ」を発売し、シトロエンは「DS3」に続くDSシリーズを拡張しようとしている。こうしたクルマたちが、果たしてメーカーが満足するような成果を示すのか? ということだ。
過去にさまざまなプレミアムカーを乗りまわしていたが、今は大人しく「フォルクスワーゲン・ポロ」に収まっている知り合いのイタリア人のおじさん(60代)は、こう証言する。
「高級車を買う人たちは、普通のクルマを買う層より出費に慎重。低価格車のイメージが強いフランスメーカーが、高いモデルを造っても買わないよ」
日頃テレビやラジオで、割引セールや政府の買い替え奨励制度対象であることを強調しているブランドから、高級車を買うことはイメージしにくいのだろう。
自動車の開発は期間がかかるものだ。これからしばらく登場するモデルの多くは、リーマンショックの前の、いわばイケイケ時代に製品企画がスタートしたものだから仕方ないのかもしれない。しかし自動車メーカーというのは、いつの世も、より高度な技術を要するコンパクトカーよりも、利益を上げられるプレミアム車種を造りたがるのも事実だ。
フランスメーカーも、そうした思いがあるとボクは察している。「407クーペ」の先代である「406クーペ」が発売されて間もないときだった、モーターショーでプジョーのスタッフがボクに「トヨタ・ソアラみたいでしょ」と誇らしげに言った。思わず自動車雑誌『NAVI』創刊編集長・大川悠氏に変身して「志が無ーいッ!」と叫んでしまった。
また昨年、PSAプジョー・シトロエンのフランス人スタッフと茶飲み話をしていたときのこと。ボクが「昔は地道なイメージのあったプジョーが、最近はどんどんアグレッシブなデザインやパフォーマンスを獲得して、なんかシトロエンみたいになっちゃいましたねえ」と言うと、相手は否定も肯定もしなかったが、代わりにこう呟いた。
「フォルクスワーゲン(VW)は上手いね。最初はあまりVWと変わりなかったアウディのキャラクターを、長年かけて育てて、見事に上級車種に位置づけたんだから」
彼のニュアンスには、明らかにVWへの羨望が含まれていた。
意地を見せろ!
もちろん、労働・生産コストが高い西ヨーロッパにおいて、より収益性の高いモデルにシフトしてゆく必要があることは明らかだ。しかし安易なプレミアム化は、必ずメッキが剥がれる。それはアメリカの経緯をみればわかる。乱世の時代だが、ここはひとつイタリアもフランスも大衆車先進国の誇りをもって、じっくりと腰を据えて「少々値段が高くても魅力的な小型車」に取り組んでみたらどうか。
たとえば2009年フランクフルトショーでプジョーが提案した全長2.5メートルに4人を乗せるコンセプトカー「BB1」をすぐに実際に売り出すくらいの意地を見せてほしい。「シトロエン2CV」や「ルノー4」を産み出した国なのだから。
というわけで、今年もこちらの最新事情を産地直送であなたのもとに届けますので、週末の洗車前に本エッセイをご高覧ください。
(文=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA/写真=大矢アキオ、Peugeot、Citroen)
拡大
|

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第938回:さよなら「フォード・フォーカス」 27年の光と影 2025.11.27 「フォード・フォーカス」がついに生産終了! ベーシックカーのお手本ともいえる存在で、欧米のみならず世界中で親しまれたグローバルカーは、なぜ歴史の幕を下ろすこととなったのか。欧州在住の大矢アキオが、自動車を取り巻く潮流の変化を語る。
-
第937回:フィレンツェでいきなり中国ショー? 堂々6ブランドの販売店出現 2025.11.20 イタリア・フィレンツェに中国系自動車ブランドの巨大総合ショールームが出現! かの地で勢いを増す中国車の実情と、今日の地位を築くのに至った経緯、そして日本メーカーの生き残りのヒントを、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが語る。
-
第936回:イタリアらしさの復興なるか アルファ・ロメオとマセラティの挑戦 2025.11.13 アルファ・ロメオとマセラティが、オーダーメイドサービスやヘリテージ事業などで協業すると発表! 説明会で語られた新プロジェクトの狙いとは? 歴史ある2ブランドが意図する“イタリアらしさの復興”を、イタリア在住の大矢アキオが解説する。
-
第935回:晴れ舞台の片隅で……古典車ショー「アウトモト・デポカ」で見た絶版車愛 2025.11.6 イタリア屈指のヒストリックカーショー「アウトモト・デポカ」を、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが取材! イタリアの自動車史、モータースポーツ史を飾る出展車両の数々と、カークラブの運営を支えるメンバーの熱い情熱に触れた。
-
第934回:憲兵パトカー・コレクターの熱き思い 2025.10.30 他の警察組織とともにイタリアの治安を守るカラビニエリ(憲兵)。彼らの活動を支えているのがパトロールカーだ。イタリア在住の大矢アキオが、式典を彩る歴代のパトカーを通し、かの地における警察車両の歴史と、それを保管するコレクターの思いに触れた。
-
NEW
レクサスLFAコンセプト
2025.12.5画像・写真トヨタ自動車が、BEVスポーツカーの新たなコンセプトモデル「レクサスLFAコンセプト」を世界初公開。2025年12月5日に開催された発表会での、展示車両の姿を写真で紹介する。 -
NEW
トヨタGR GT/GR GT3
2025.12.5画像・写真2025年12月5日、TOYOTA GAZOO Racingが開発を進める新型スーパースポーツモデル「GR GT」と、同モデルをベースとする競技用マシン「GR GT3」が世界初公開された。発表会場における展示車両の外装・内装を写真で紹介する。 -
NEW
バランスドエンジンってなにがスゴいの? ―誤解されがちな手組み&バランスどりの本当のメリット―
2025.12.5デイリーコラムハイパフォーマンスカーやスポーティーな限定車などの資料で時折目にする、「バランスどりされたエンジン」「手組みのエンジン」という文句。しかしアナタは、その利点を理解していますか? 誤解されがちなバランスドエンジンの、本当のメリットを解説する。 -
「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」の会場から
2025.12.4画像・写真ホンダ車用のカスタムパーツ「Modulo(モデューロ)」を手がけるホンダアクセスと、「無限」を展開するM-TECが、ホンダファン向けのイベント「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」を開催。熱気に包まれた会場の様子を写真で紹介する。 -
「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」の会場より
2025.12.4画像・写真ソフト99コーポレーションが、完全招待制のオーナーミーティング「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」を初開催。会場には新旧50台の名車とクルマ愛にあふれたオーナーが集った。イベントの様子を写真で紹介する。 -
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション/CR-V e:HEV RSブラックエディション ホンダアクセス用品装着車
2025.12.4画像・写真まもなく日本でも発売される新型「ホンダCR-V」を、早くもホンダアクセスがコーディネート。彼らの手になる「Tough Premium(タフプレミアム)」のアクセサリー装着車を、ベースとなった上級グレード「RSブラックエディション」とともに写真で紹介する。
