第266回:大矢アキオの「喜びも悲しみもパリサロン」(後編)−「ベルばら警官」との再会
2012.10.12 マッキナ あらモーダ!第266回:大矢アキオの「喜びも悲しみもパリサロン」(後編)「ベルばら警官」との再会
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パリなのに話題は新興国
(前編からのつづき)
2年ぶりのパリモーターショー会場でいきなり気づかされたもの、それはメーカー各社による新興国への前回にも増したアプローチである。プレスブリーフィングで地元ヨーロッパ市場での実績を強調するメーカーは少なく、多くは世界市場での生産・販売台数を好んで採り上げた。
例えばシトロエンは「DSシリーズ」が中国で成功し、南米がそれに続くことを強調。ベースのラインである「Cシリーズ」も、中国、ロシアでの好調を伝えた。なぜなら、そうした新興国市場での成功を盛り込まないと、誇らしい数字をはじきだせないからである。
欧州市場について言えば、PSAプジョー・シトロエンは会期中に、発売から半年しかたっていない「プジョー208」の減産を決めた。こんな状況なのだから仕方ない。
新型車も新興国向けが目立った。プジョーが発表した「301」は、アルジェリア、トルコ、ロシア、中国といった、3ボックスカー需要が高い地域に向けて送り出す新型セダンである。同じくプジョーが展示したコンセプトカー「2008」は、欧州はもとより、中国、南米も視野に入れたプチクロスオーバーの予告であると紹介された。
そもそも、会場のムードからして新興国シフトだった。報道関係者公開日における同時通訳用イヤホンには中国語チャンネルが用意されているのが当たり前となった。プジョーに至っては、チャンネルが英語と中国語の二カ国語に絞られていた。中国語対応の増加は、かねてからイタリア語の報道資料が各国のショーから徐々に消えてしまったのと対照的である。気がつけば、会場脇に置かれたモーターショー特集の雑誌も、ひとつは中国語だった。
シトロエンのブースに戻ってみると、2012年北京ショーで発表済みのコンセプトカー「Numero 9」の横に東洋系男性モデルが立っていた。しばらくすると彼が休憩に入ったので、代わりにまねをしてターンテーブルに立ってみようかと思いたったが、大統領もやってくる会場で無用な諍(いさか)いを起こすといけないのでやめておいた。
前編でお伝えした「フォルクスワーゲングループナイト」で、やはり新興国での市場拡大を目指すシュコダが発表したデータによると、2011年から2016年におけるハイエンド車種の購買力伸長予想は、ブラジル+59%、ロシア+76%、インド+114%、中国+106%という。もはやメーカーのプレゼンテーションも、ショー会場ムードも、新興国抜きにしては語れないことは、この数字をみてもわかる。
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なんちゃって◯◯風が多いんですけど……
話は変わって、2012年、日本ではトヨタ車体が超小型EV「コムス」を発売したことで、マイクロカーが久々に注目を浴びた。
フランスといえば、いまなおEVよりもパワーユニットの主流は500cc前後の汎用(はんよう)ディーゼルエンジンなどの内燃機関であるとはいえ、イタリアと並ぶ欧州屈指のマイクロカー普及国である。出力4kWのモデルは、筆記試験のみの免許で16歳から運転できる。
パリモーターショーでは毎回フランスのマイクロカーメーカーが出展するが、今年は4ブランドが共同でスタンドを設営していた。思わず笑ってしまったのは、そのボディースタイルだ。いずれも、昨今人気のプレミアムコンパクトカーにそっくりなのである。「なんちゃってデザイン」だ。
担当者に話を聞くと、開口一番「こちらは(シトロエン)『DS3』風、あちらは『MINI』風です」と、ボクが指摘する前に解説されてしまった。そういえば、以前フランスのマイクロカーには、あの「ルノー・アヴァンタイム」風もあったっけ。
アヴァンタイムはともかく、言い換えればフランスのマイクロカーメーカーのモチーフになるということは人気車の証しだろう。マーケットを食い合うものではないので、“本物”のデザイナーとしては、怒るどころか実は内心喜んでいるのに違いない、とボクは信じている。
ちなみにフランスのマイクロカーメーカーの名誉のために記せば、彼らは商用車分野でEV普及の推進役を果たしている。フランスを代表するマイクロカー製造者のひとつ、リジェ社の商用車「ビーサン」は、フランス郵便の配達車として、確実に実績を上げているのだ。「2015年には現在の10倍の1万台が国内を走っているであろう。EVの普及には、商用車が重要な役割を果たす」と彼らの鼻息は荒い。
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仲間は南に行ってしまった
しかしながら残念なのは、主要メーカーが入るパビリオン以外は、2年前に増して空きスペースが目立つことだ。実際、2012年の出展者数約270ブランドは、2008年の362ブランドと比べ、90ブランド以上の減少である。
会場の隅にいくつも作られた「休憩所」は、フランス社会の高齢化が進む昨今、一概に悪い施設とは言えないが、やる気のない学園祭のようでもある。それより、来場者に配布している会場見取り図に書かれたメーカー名の字が小さすぎて、ボクでも判読しづらいとはいかがなものか……などと、ぶつぶつ言いながら歩いていて、ふと思い出したのは、2号パビリオン2階の「警察コーナー」である。
そこには毎回いくつかの警察組織および関連団体がスタンドを構えているのだが、ボクが向かったのは、そのなかのひとつ、「ジャンダルムリ」と言われる軍警察である。
なぜボクが訪ねたかというと、2010年のパリモーターショーでスピード違反取り締まり機の実演をしてもらったからだ。スタンドにたどり着くと、2年前にいた軍警察官のひとりが番をしていた。今年のお題は、安全運転シミュレーターである。
しばし再会を喜んだあと、彼は腕についたワッペンを誇らしげに見せてくれた。「大統領護衛」と書いてある。出世である。「世が世なら、『ベルサイユのばら』でマリー・アントワネットの近衛(このえ)隊長をしていたオスカルですねえ」という冗談を言おうと思ったが、ルックスからしてベルばらを読んでいない確率が高いのでやめておいた。
代わりに、2年前の記事をボクのスマートフォン画面に呼び出して見せてあげた。すると彼は写真の中のリュックという名の同僚を指して、こうつぶやいた。
「リュックは南に行っちまったよ」
その言葉には、たとえみずからが大統領護衛の名誉に浴しながらも、暖かくのんびりした南フランスで働いている仲間への羨望(せんぼう)もあることが見え隠れした。
世界や時代に刻々と連動する空気が興味深く、また人との出会いが楽しい。そしてそれらは、華やかなコンセプトカーやハイテクデバイス満載の新型車以上に心に刻まれていたりする。最近のモーターショーは、ボクにとってちょっと複雑なのだ。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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