第121回:風雲! アルファ・ロメオの古都「アレーゼ」の行方
2009.12.12 マッキナ あらモーダ!第121回:風雲! アルファ・ロメオの古都「アレーゼ」の行方
繁栄の象徴アレーゼ
2009年12月2日、「アルファ147」の後継車「ジュリエッタ」の概要が公表された。ご存知のとおり、1954年に誕生した往年の名車「ジュリエッタ」のネーミングを復活させたものだ。参考までにアルファ・ロメオは、後年の1977年に発売した小型車にも、ジュリエッタと命名したことがある。
このジュリエッタ、多くの報道では直前まで「ミラノ」になると伝えられていた。アルフィスタならご存知のとおり、ミラノはアルファ・ロメオゆかりの地である。
これは1910年6月に、ミラノに「Societa Anonima Lombardia Automobili ロンバルディア自動車製造(A.L.F.A.)」が設立されことに由来する。
これもファンには耳ダコものであろうが、エンブレムの片側の赤い十字はミラノの市章、もう片側の蛇はロンバルディア地方の名門・ビスコンティ家の家紋である。いずれもミラノを歩けば、あちこちの建物の外壁に発見できる。
創業時の工場は、ミラノのポルテッロ地区に置かれていた。今日ミラノ市内の見本市会場「フィエラ・ミラノ・シティ」があるあたりだ。最近では2015年の万博に向けて、さまざまなビルの整備が進められているエリアである。やがて戦後1963年、奇跡の経済成長に支えられたアルファ・ロメオは、より広い土地を求めてミラノ北部郊外のアレーゼに本社と工場を移転する。
アレーゼは、同時期に建設されたバロッコのテストコース、1972年に操業開始した南部のポミリアーノ・ダルコ工場と合わせ、アルファ・ロメオ繁栄の象徴だった。数年後には博物館と、チェントロスティーレ(スタイリングセンター)も完成した。
ボクがアレーゼを初めて訪れたのはずいぶんあとだが、ロンバルディア地方名物の霧の中、アウトストラーダ脇に赤い“Alfa Romeo”のネオンが浮かんだときは感動的だった。同時に、戦前の航空機エンジンまで実物を収めたミュージアムに圧倒されたものだ。
その凋落の過程
しかし1986年にアルファ・ロメオの経営が、国営産業復興公社(IRI)の管理からフィアットに移されると、アレーゼに暗雲が立ち込め始めた。フィアットは経営の効率化を理由に、生産拠点としての機能をトリノに集約し始めたのだ。
1990年代中盤になると、アレーゼは完全に量産工場としての機能を失い、低公害車両の少量生産拠点とディストリビューションセンターとして生き延びることになった。やがてその電気自動車生産も終了し、人員はたびたび縮小されていき、そのたびにイタリアのテレビでは、ドラム缶で焚き火しながら本部棟の前で抗議する従業員が映し出された。やがてその電気自動車生産も終了し、ついに、開発拠点、ディストリビューションセンター、そして博物館のみが残された。
市が発表した2007年12月末現在のアレーゼの人口は、約1万9000人だ。昔を知る市民が筆者に語るところによると、労働人口は最盛期の5%しか残っていないという。
近年のアレーゼといえば、2008年春に「MiTo」発表の際にフィアットが、トリノのフィアット/ランチア用チェントロスティーレ「オフィチーナ83」ではなく、アレーゼのチェントロスティーレ発のデザインであると強調したのが記憶に新しい。
しかし、それは燃え尽きる前にもういちどだけ一瞬明るくなる線香花火だった。世界経済危機はアレーゼに最後通告を言い渡した。
2009年10月末、フィアットはアレーゼのチェントロスティーレ閉鎖を発表したのだ。実は年初あたりから業界では噂として囁かれていたが、本当になってしまったかたちだ。
現在チェントロスティーレで働く従業員は232名にのぼる。彼らは今後トリノの「オフィチーナ83」で働くことになるが、アレーゼとトリノでは140km近く離れている。事実上、居住地を変えなければ仕事は続けられない。そのため、アレーゼのチェントロスティーレ閉鎖問題は、労働組合も巻き込んで年を越すことになるだろう。
「ミラノのアルファ」を残すには
来年2010年は、アルファ・ロメオにとって、創業100周年という記念すべき年である。にもかかわらず、今やアルファ・ロメオとその生誕地ミラノは限りなく縁が薄くなりつつある。そうした意味で、アルファ・ロメオの新型車に「ミラノ」と付けなかったのは正しい選択だったに違いない。イタリアのメディアは、「ミラノのアルファ・ロメオよ、さらば」といった見出しで、アレーゼの最期を報じている。
しかし波乱万丈の自動車業界で、感情論は通用しないだろう。なにしろ2009年11月、フィアットのマルキオンネCEOは、これまで「ない」としてきた国内工場閉鎖の可能性を一転して示唆したぐらいなのだから。
「今日、イタリア国内にある6工場の合計生産量は、ブラジルの1工場と同じ」というのがその理由だ。
ちなみにシチリア工場と並んで閉鎖候補として挙げられているのは、アルファスッドの生産拠点としてスタートした前述のポミリアーノ・ダルコ工場である。待ったなしの状況なのだ。
また、デザイン開発拠点という視点からは、アレーゼはけっして理想的といえるものではなかった。多くが空室となったアレーゼ本部棟のブラインドは中途半端に開いたり傾いたりしたまま放置されている。往年は従業員や来訪者のクルマで溢れていたであろう駐車場は、雑草が生い茂るようになって久しい。
先日、アウトストラーダから再び社屋を眺めると、窓枠が落ちているところさえ見受けられた。前述のアウトストラーダから見えた“Alfa Romeo”の巨大ネオンは、とっくに取り外されている。
こんな殺伐とした環境で、プレミアムカーを造る人々がイマジネーションを膨らませられるはずがない。ましてや、多国籍体制でデザインチームが組まれる今日、憧れのアルファ・ロメオ・チームで働けると思った外国人デザイナーが、こんなススキが生い茂るような郊外に配属されては泣けてくるだろう。
そこでフィアットに提案したいのは、多くの自動車メーカーがやっているように、街なかに先行開発用の小さなデザインスタジオを開設することである。春の「デザイン・ウィーク」や家具見本市「ミラノサローネ」、夏冬に行われるファッションの「ミラノ・コレクション」にみられるように、いまだミラノはデザインの一発信地としての地位をなんとか維持している。
アルファ・ロメオがミラノの街のド真ん中に、先行開発用のスタジオを持てば、デザイナーにとってはきわめて刺激になるに違いない。いや、工業都市然としたトリノよりも、インスピレーションは冴えるだろう。それはボクの知り合いの複数のデザイナーが、「個人的にはトリノよりもミラノのほうが好きだ」と口にしていることからも想像できる。
「ミラノ発のアルファ・ロメオ」の面目も保て、パブリシティ効果も狙える。
マルキオンネさん、小さなオフィスでいいので、デザイナーたちのために一室借りてあげてはいかがでしょう?
(文=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA/写真=Fiat Group Automobiles、大矢アキオ)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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