トヨタ・オーリスRS“Sパッケージ”(FF/6MT)【試乗記】
美尻でMT復権を 2012.10.18 試乗記 トヨタ・オーリスRS“Sパッケージ”(FF/6MT)……255万3083円
大胆なテレビCMが話題となった「トヨタ・オーリス」。その走りをMTモデルで確かめた。
AKBが自動車界を変える!?
「フォルクスワーゲン・ゴルフ」の新型がパリサロンに登場して、仮想敵の姿がはっきりした。これからヨーロッパでは「トヨタ・オーリス」のしんどい闘いが繰り広げられるのだろうが、日本では“vsゴルフ”という構図はあまり前面には出てこない。オーリスで注目される要素といえば、ひとつはデザインだろう。そしてもうひとつは、マニュアルトランスミッションを大きくフィーチャーしていることだ。
試乗車がMTだと聞いて、ずいぶんニッチなモデルに乗るのだなあと思ったのだが、そういうわけでもないらしい。マスコミ向けの試乗会では、用意されたクルマの半分がMTだったというのだ。もちろん、販売台数の半数がMTになると考えているはずはないが、重要なアピール点がここにあることは確かだ。「86(ハチロク)」でスポーツカー復権をテーマに掲げているトヨタは、MTのオーリスを投入することでさらなる「Fun to Drive Again」の展開をもくろんでいるのだろうか。
とはいえ、ATが圧倒的な多数派となった現在、そもそもMT車を運転できる人は絶滅危惧種となっている。そこにも、トヨタはちゃんと手を打っていた。アイドル界の独占企業となったAKB48を使ったキャンペーンが進行していたのだ。『AKB自動車部』という深夜番組を作って、あっちゃんこと前田敦子を自動車学校に送り込んだ。
彼女が選んだのは、マニュアル免許コースである。片山右京から坂道発進の極意を伝授されるなどのサポートもあって、みごと仮免に合格した。篠田麻里子や峯岸みなみも、MT免許取得に向けて勉強を開始したとのことだ。AKBファンが大挙してMT車に乗るようになれば、クルマの売れ行きに大変化が生じるはずである。番組自体が突然終了してしまったことが気がかりではあるが。
やり過ぎ感のないスタイル
今あっちゃんといえばお尻だが、オーリスもお尻を売りにしている。CMがビジュアルもコピーもトヨタのイメージを裏切る斬新さだったため、とんでもないアバンギャルドなスタイルを想像していた。しかし、実物を見ると、極端に奇妙な形をしているわけではない。これは悪口ではなく、普通にかっこいいのだ。バックスタイルはコンパクトな中に抑揚があり、かつエッジが立っている。CMの彼と同様に、キュッと引き締まった美尻だ。
フロントだって負けてはいない。中央のエンブレムから左右のヘッドランプまでV字につながるのが、新たにグローバルなデザインテーマとして採用された「キーンルック」だ。フロントグリルの威圧感競争の中ではいささか控えめにも見えるが、それが日本の美意識というもの。えげつなさが極限まで行き着いた折には、あえての寸止めが評価されるだろう。やり過ぎ感のないところが、オーリスの美点である。
運転する前に、まずは後席に乗ってみた。広さに不満はない。全高が先代より55mm低くなったというが、窮屈に感じることはなかった。ダッシュボードを眺めて、なかなかスポーティーでよろしいなと思っていたら、運転席のK氏が「時計が同じですね」と謎の言葉をつぶやいた。よく見ると、エアコン吹き出し口の左に、ひっそりとデジタルの時間表示がある。確かに、「プリウス」の時計とそっくりだ。有名な高級ブランドの時計をアイデンティティーにしているクルマはあるけれど、これはなんとも実用的なセレクトである。
スタイリッシュさを追求してはいるものの、これはまず5ドアハッチバックという使い勝手のいい車型なのだ。まずは4人ないし5人が快適に乗車でき、荷物を積むスペースをしっかり確保することが大切である。その上で、どう付加価値を作り出すことができるかが問われる。
ギアを上げるだけで楽しい
運転席に収まると、着座位置が低いおかげで気分は高揚する。黒いカーボン調の素材を使ったダッシュボードも古典的で、スポーツカー然とした意匠だ。クラッチを踏み込んでスタートボタンを押してエンジンを始動させると、この感覚がかなり懐かしいものであることに気づく。3ペダルのクルマに乗る機会は限られているのだ。
クラッチのミートポイントが思いのほか高く、回転を上げすぎてギクシャクしてしまった。しばらくすると立体交差の合流で渋滞につかまり、上り坂でスタート&ストップを繰り返すハメになった。MT車にとって、いちばんありがたくない状況だ。渋滞を抜けて、広い道路に出た。やはり、リズムよくギアシフトしながら加速していくのがMTの醍醐味(だいごみ)である。2速、3速、4速とぽんぽんギアを上げていくのは、それだけで楽しい。
1.8リッター144psのエンジンが胸のすく加速を……と言いたいところだが、今時このスペックでびっくりするような鋭い速さを体感したと言ったらウソになる。圧倒的な排気量で有無を言わさずスピードを見せつけるようなクルマではないのだ。かといって、小さなエンジンをバンバン回してパワーを絞り出すタイプとも違う。高速道路では、100km/h巡航は6速2600回転ほどである。室内はそれなりに静かだ。前が詰まって2000回転以下に落ちた時、そのまま加速しようとしても言うことを聞いてはくれない。ずぼらな態度は厳しく叱責(しっせき)される。ちゃんとギアを落としてからでないと、満足な加速は得られない。
箱根の山道にも持ち込んでみた。6000回転超まできっちり回してシフトアップするのだが、思ったようにはエンジンが吹け上がってくれない。音もブーブーうなっていて、特別にスポーティーな演出はされていないようである。コーナーでブレーキングすると、不意にハザードランプが点滅した。標準装備の「緊急ブレーキシグナル」が働いたのだ。それほどハードなブレーキをかけたつもりはないのだが、これがこのクルマにとっての安全基準なのだろう。
オーリスは、あくまでスタイル優先のモデルなのだ。本気の人のためには、86が用意されている。MT好きがスポーツカーしか選べないとしたら、それはむしろ残念なことだ。普段の生活に使えて、しかもちょっと素敵(すてき)なスタイルのクルマがオーリスである。実用車をマニュアルで運転したい人にとって、悪くない選択だと思う。
(文=鈴木真人/写真=菊池貴之)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。