トヨタ・オーリス 開発者インタビュー
真っ向勝負の武器を得た 2015.04.15 試乗記 トヨタ自動車製品企画本部
ZE 主査
遠藤邦彦(えんどう くにひこ)さん
新開発の1.2リッター直噴ターボエンジンを搭載し、欧州では人気車のひしめくCセグメントハッチバックに正面から挑む形となった「オーリス」。その開発にかける思いを聞いた。
欧州では王道ファミリーカー
6年半ぶりに新型が登場した「アルファード/ヴェルファイア」の販売が好調だ。昨年フルモデルチェンジした「ノア/ヴォクシー/エスクァイア」もバンバン売れている。日本のメインストリームとなったミニバンで、トヨタは盤石の態勢を築いたが、全方位に目を配る大メーカーだから光が当たらないジャンルにも抜かりはない。「オーリス」は、新エンジンを引っさげてマイナーチェンジを果たした。“直感性能”を掲げる欧州戦略車で、ヨーロッパではこちらが本流である。
弊社社長は常々「もっといいクルマをつくろうよ」と話しています。いいクルマにもいろいろあって、便利なミニバンもそのひとつ。オーリスは乗って楽しい、運転して楽しいクルマで、走る楽しさをもたらすという意味のいいクルマだと思います。
――ただ、日本ではこのジャンル自体に勢いがありません。ヨーロッパとは何が違うんでしょう。
ヨーロッパだと、オーリスは王道のファミリーカーです。ヨーロッパに行くと、街中の道路にびっしり縦列駐車しているのに驚きますよね。あのスペースに停められるかどうかということが、非常に重要です。家の中に駐車場スペースを持つ人は少ないですから、誰かが停めていたところに入れる、家の前に停められることが決め手になります。だから、全長が短くてコンパクトで、居住スペースもしっかりあるクルマがファミリーカーとして必然的に選ばれます。
日本では各家庭に駐車場があるので、コンパクトさはそれほど大事なポイントではないんです。家や集合住宅の駐車スペースに収まるクルマであれば、できるだけ大きなサイズがいいと考えるのでしょう。
――日本ではまったく事情が違うんですね。
“あのクルマ”を横に置いて開発
――オーリスがファミリーカーとは受け止められていない日本でのターゲットはどのあたりになるんでしょう。
30代前半のこだわりの強いユーザーと子離れ世代が中心です。実用的なクルマを求められるお客さまですね。国内のCセグメント2ボックスの市場は、走りの楽しさがあってナンボのもの。そこをお客さまから求められているのは重々承知しています。
――ヨーロッパでのライバルというと、当然“あのクルマ”になりますね。
もちろんアレです。開発する中で、いかなるシチュエーションでもあのクルマを横に置いて、ここは勝ってる負けてるということを常に意識していました。
アレというのは、「フォルクスワーゲン・ゴルフ」のこと。このクラスで長年にわたり圧倒的な強さを誇っており、各社ともゴルフを基準にして性能向上を図っている。対抗する上で、これまでトヨタに欠けていたのがダウンサイジングエンジンだった。フォルクスワーゲンは早くから1.2リッターターボエンジンをラインナップに加えていたが、トヨタはようやく対等に戦うための武器を得たのだ。
1.2リッターターボは、社内評価ですけど、ゴルフより数字はいいです。モード燃費、高速燃費、広い意味での実用燃費はわれわれのほうが上だと思っています。トルクや出力も数字は上です。
エンジン設計部主査の引地勝義さんにもお話を伺った。
過給エンジンというのは性能曲線がそのまま発揮されるのではなく、時間とともに変化しているんです。過給がかかる前は、数字で表される出力やトルクは出ていません。最初の状態から出力やトルクが最大の状態になるまでの時間をいかに短くするか、そこにわれわれは非常に神経を使っているわけです。そこもこのエンジンは勝てていると思います。ターボというのは出力をさらにかさ上げするための道具だと思っていて、まずベースの状態で性能が良くなければターボの効きも悪くなります。最大になるまでの時間も長くなってしまう。まずベースのエンジンをしっかり作り込むことが大切なんです。
ホットハッチにはハイブリッドよりターボ
フォルクスワーゲン以外にも、ルノーやプジョーが1.2リッターのダウンサイジングターボエンジンを作っている。フィアットは0.9リッター、フォードは1リッターのターボエンジンを出しているが、トヨタが1.2リッターを選んだことには理由があるのだろうか。
1リッター近辺で使い勝手の幅広さということだと1.2がいいだろうと判断しました。欧州は偶数刻みでやっていますから、彼らに合わせておけば間違いない。そろえておけば、政治的な判断で切られることはないわけです。同じ規格で比べてもらえば、こちらの数字が上だというのは大きなアピールになります。1.1とか1.3だと逃げているイメージにもなりますからね。真っ向勝負です。
――戦略的に重要なエンジンを初めて搭載するのがオーリスになったのはなぜでしょう?
オーリスはヨーロッパのCセグメントの主力車なんですよ。本気で戦うためには、このクルマに載せることが大切です。
――日本国内だとハイブリッドという選択もありそうですが……。
まず優先すべきは、ホットハッチ的に運転を楽しんでいただくこと。それにはハイブリッドよりも1.2リッターターボのほうがマッチングがいいと考えました。当然ハイブリッドを求める人もいらっしゃると思います。今後についてはお客さまの声を聞かせてもらって考えていきたいと思っています。
――1.2リッターにはマニュアルトランスミッションの設定がありませんが、必要ないということですか?
エンジンとのマッチングは、CVTのほうがいいということがありますね。MTの場合は、特に高回転側で出力がしっかり出るエンジンがいい。そういう意味で1.8リッターがいいのかなと考えました。
――ヨーロッパでは1.2のMTがありますよね。
あります。彼らはCVTが嫌いなんですよ。これはもう、どうにもなりません。クラッチがないとダメという人が半分以上いるんで……。
普通だけど特殊なクルマ
――日本でMTの需要はどのぐらいあるんでしょう。
マイチェン前では、10%ぐらいでした。特殊なクルマといえば特殊なクルマなので……。
――普通のクルマじゃないんですか?
普通のクルマなんですけどね……特殊になっちゃったんです。ゴルフは普通のクルマですから。奇をてらうことなく、世界中のお客さまに喜ばれるクルマを作るということではわれわれも同じなんです。王道のクルマに対しては、ゲリラ戦法ではなく正攻法で立ち向かうしかありません。社内で乗り比べてもらうと、走り、乗り味の部分でゴルフが好きという人と、オーリスが好きという人に分かれます。そういう意味で、好き嫌いで差がつくというくらいのレベルにはきたと思いますね。
――勝ったとは思っていない?
……正直に言いますね。まだまだです。
――そんなにスゴいんですか、ゴルフは?
あのクルマのスゴさは、ボディー剛性に尽きます。ボディーがしっかりしていればサスペンションが仕事をする。サスペンションが仕事をすれば、それだけ滑らかになる。そういうことを忠実にやっているのが、彼らです。
――今回は、安全性能の強化もポイントですね。
ユーロNCAPのレギュレーションで予防安全が加点対象になってきていますから、セーフティーは必須項目ですね。
――自動運転も視野に入っている?
極端な話、例えば東京から大阪までを高速道路の一番低速のレーンをひたすら走るということなら、今でも自動運転で行けると思います。ただ、突発的な事態に対応するのが難しいんです。
――自動運転のクルマに乗りたいですか?
個人的には……会社的にも、そういうクルマはあってもいいと思います。だけど、自分で運転できないクルマは開発したくないんですよ。
普通のクルマは社会の要請に応える必要がある。それを踏まえた上で、オーリスは運転して楽しいクルマでなければならない。それが、遠藤さんにとっての「いいクルマ」なのだ。
(インタビューとまとめ=鈴木真人/写真=荒川正幸)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。