メルセデス・ベンツSクラス ハイブリッドロング(FR/7AT)【試乗記】
薄味ハイブリッド 2009.11.30 試乗記 メルセデス・ベンツSクラス ハイブリッドロング(FR/7AT)……1489.6万円
話題のハイブリッド、かつ「輸入車初の……」を謳うにもかかわらず、やや目立たない存在の「Sクラスハイブリッド」。その出来映えを島下泰久がリポートする。
4リッター車並みのパフォーマンス
輸入車としては初のハイブリッド車となる「メルセデス・ベンツSクラス ハイブリッドロング」は、本国では「S400ハイブリッドロング」を名乗る。V型6気筒エンジンの排気量は3.5リッター。これと7G-TRONICと呼ばれる7段ATの間に電気モーターを挟み込み、それを量産ハイブリッド車としては初のリチウムイオンバッテリーで駆動するというのが、そのあらましである。その名からはエンジンとモーターの出力を合わせたパフォーマンスは4リッター車並みだというアピールが読み取れる。
良くも悪くも違和感が小さい。それが走りの何よりの印象だ。最高出力20ps、最大トルク16.3kgmのモーター、0.9kWhのバッテリー容量ではモーター走行はできないこともあり、スタートボタンを押すと普通にエンジンが掛かり、発進もまたエンジンの力で行なわれる。モーターの役割は加速のアシスト。エナジーフローディスプレイの表示を見れば、その様子をよく把握できる。
走行感覚はきわめて滑らか。しかも同じV型6気筒3.5リッターエンジンを積むショートボディの「S350」よりも150kg以上重い車体を、S350より軽やかに加速させる。まるでブーストが掛かったかのような力強さである。特にハイブリッドとの組み合わせのために燃費を重視して、膨張比を高めたアトキンソンサイクルを採用したことは、動力性能の面では不利に働くが、充実したモーターのトルクがそれを補って余りある活躍を見せているわけだ。
実はパワーステアリング、そしてエアコンのコンプレッサーも電動とされている。これはアイドリングストップ時にも変わらず動作させるためだが、こちらも違和感は無い。元々Sクラスのステアリングは今ひとつ手応え、座り感に乏しいところがあるが、それを差し引いても十分、不満の無い仕上がりと言えるだろう。
スムーズなアイドリングストップ
ハイブリッドモデルを運転しているんだと強く意識させるのは、まず減速時だ。モーターによる回生ブレーキと油圧ブレーキの協調ぶりは、率直に言って今ひとつ。ごく軽く踏んだ時や強く踏み込んだ時はいいが、その中間のあたりではギクシャクすることがある。これは要改善のネガティブな部分である。
ハイブリッドを意識させるポジティブな部分としては、車速が15km/h以下となるとエンジンが自動的に停止することが挙げられるだろう。信号などでの停車時に車内が静寂に保たれるのは、高級感を倍加してくれる。しかも、このエンジン停止、そして発進時の再始動は非常にスムーズ、そして速やかなのも嬉しい。ブレーキペダルからアクセルペダルへ足を踏み換えた頃にはすでにエンジンは始動している。
こうした走りの面だけでなく使い勝手の面においても、違和感を覚えさせる部分は少ない。特に大きいのはVDAで524リッターというラゲッジルームの容量が、まったく犠牲にされていないこと。軽量コンパクトなリチウムイオンバッテリーは、エンジンルーム内の通常でもバッテリーが置かれている場所に、すっぽり収まっているのである。当然、室内スペースも変わらない。
ただし装備の面では、フェイスリフトを機に他モデルに標準採用となった、居眠り検知・警告機能であるアテンションアシスト、コーナリング時に後内輪に軽い制動力を与えて曲がりやすくするトルクベクトリングブレーキが備わらない。何がかち合っているのかわからないが……。
他を圧倒する部分は少ないけれど
こんなふうに走りも使い勝手も、とにかく違和感が無いのがSクラスハイブリッドロングというクルマである。それゆえに今までのクルマと同じようにすんなり馴染めるとも言えるが、反面で物足りないと感じられる可能性もある。受け取り方は様々だろうが、なにかと引き合いに出される「レクサスLS600h」のように、静けさあるいは動力性能などで、他を圧倒する部分が少ないのは事実だろう。
ただし、LS600hは元々はハイブリッドの価値で12気筒モデルに対峙しようとしたモデルであることを忘れてはいけない。比較するなら本来はS600なのだ。一方、Sクラスハイブリッドロングの位置づけは、S350やS550ロングなど、より一般的(?)なモデルに近い。そう考えた時にはアイドリングストップ時の静粛性や、忘れてはならない省燃費性は大きな優位性となるだろう。なにしろ10・15モード燃費は11.2km/リッター。S350と比べたって25%近くも優れているのである。
Sクラスを購入する人というのは、自分で感じる部分にしても周囲に与える影響にしても、その世界に絶大な信頼を抱いている人が多いに違いない。それをいささかも薄めたり変化させたりすることなく、しかし確実に時代の空気をまとったSクラスハイブリッドロングは、実にいいところを突いたモデルだと言えそうだ。
(文=島下泰久/写真=高橋信宏)

島下 泰久
モータージャーナリスト。乗って、書いて、最近ではしゃべる機会も激増中。『間違いだらけのクルマ選び』(草思社)、『クルマの未来で日本はどう戦うのか?』(星海社)など著書多数。YouTubeチャンネル『RIDE NOW』主宰。所有(する不動)車は「ホンダ・ビート」「スバル・サンバー」など。
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