第11回:「リーフ」は暑いのも苦手
2012.10.24 リーフタクシーの営業日誌第11回:「リーフ」は暑いのも苦手
今年の夏は「リーフ」でお仕事
斉藤孝良さんからの電話が鳴ったのは、ちょっと休憩、と、北の丸公園の木陰にタクシーを止めたときである。
「腹、痛いんスよ。すっごく。はんぱじゃないんッスよ。病院行った方がいいッスかね」
苦痛で顔が歪(ゆが)んでそうなのが電話越しにもわかる感じで腹痛を訴える斉藤さん。3の話を10に膨らませて喋るのがいつもの斉藤さんだけど、今回ばかりは本当につらそうな感じだった。
下痢じゃなさそうだし、結石とも違うみたいだし、大げさっぷりを差し引いても、これはただ事じゃないです、みたいな痛がりようだった。
医者に診てもらいなよと言って電話を切り、次に斉藤さんから報告の電話がかかってきたのは夕方だった。
「しばらく入院することになりました。膵臓(すいぞう)がひどいことになってるみたいっス」
こうして、斉藤さんが緊急入院したのは、今年の夏も猛暑日が続くかも、とか言ってた夏本番前のこと。そんな事情で、この夏、リーフタクシーは、斉藤さん抜きで、もっぱら俺がひとりで担当した。
リーフ。「寒いのは苦手」と書いたけど、実は、暑いのも苦手である。
ラジオのニュースが「関東地方が梅雨明けしたもよう」と伝え、群馬県館林市で最高気温39度を記録した7月17日。東京も猛烈な暑さで、リーフのエアコンは全開である。
フル充電状態で板橋区内にあるわが社をスタートしたのは午前9時。その4時間半後、リーフは、急速充電施設のある千代田区役所の地下駐車場に入っていた。4時間半。数字だけから判断するとずいぶん走ったようだけど、バッテリー残量、最後の1目盛りを残した状態での走行距離は60kmジャスト。ヒーターを使う真冬の40kmに比べればマシだけど、満タンで60kmしか走らないのは、タクシーとしてはやっぱりつらい。
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初めての宮内庁
急速充電器に、珍しく先客がいた。タクシーではないリーフ。ドライバーはこの充電施設で何度か顔を合わせているオジサン(俺よりは若い)で、しばらく前に会ったとき「つい最近、会社が営業回り用にリーフを導入した」と言っていた。
「満タンで八王子まで行ったらバッテリー残量がなくなって、こりゃ帰れないぞと八王子で急速充電したんだけど、ここまで戻ってきたらまた空っぽになった。冬はつらかったけど、夏も走らないねぇ」
都内の急速充電スポットは、ある場所とない場所の偏りが激しいという点に目をつぶれば、意外に聞こえるかもしれないけど、数は多い。で、その数多い充電スポットのなかで、俺が好んで、というか、いつも使っているのが千代田区役所の地下駐車場。ここはいい。昼どきの充電なら、10階の食堂で北の丸公園を眺めながら日替わりランチ。それ以外の時間ならば1階ロビーで読書しながらコーヒー飲んで充電終了を待つ。炎天下で待つ充電スポットだってあるんだから、それに比べたら天と地ほども違う。
充電終了で走りだし、区役所を出たところに客がいた。
「宮内庁までお願いします」
はい、と答えたものの、あれッ? 宮内庁って、どうやって行くんだろう……。
都内にあまたいるタクシー運転手のなかで、宮内庁に行ったことのあるやつはそう多くないはずだ。何しろ、宮内庁は皇居のなか。俺だって「タクシー運転手として」は行ったことがない。
あのぅ、宮内庁って、どこから入るんでしょうか?
「首都高の代官町入口の横、乾門から入って下さい」
厳重チェックを受け、リーフタクシーは皇居のなかに入って行く。そこは別世界だった。森があった。夜になると皇居の外壁に沿ってタヌキが走っている姿を見たことがあるけれど、これで納得。やつらはあの森に住んでいるんだ。
余談だけど、代官町入口横の交番のお巡りさんに言ったことがある。タヌキを見た、と。するとお巡りさん、こう答えた。
「この交番の横には青大将が住んでいる」
あの中が別世界だとはうすうす知ってはいたけれど、リーフで入ってみてあらためて納得だった。
この日、会社に帰りついたのは夕方の6時40分。充電後の走行距離は43.6kmで、バッテリー残量は最後の1目盛り。走行可能距離は「9km」と出ていた。話半分と考えた方が無難だから、実質、「あと5km」だろう。
リーフは、暑いのも苦手なのだ。
(文=矢貫隆)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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