アバルト500(FF/5MT)【試乗記】
気分はイタリア〜ノ 2009.10.15 試乗記 アバルト500(FF/5MT)……295.0万円
復活なった「アバルト500」に試乗した熊倉重春は、そのあまりの走りやすさに複雑な気持ちを抱くのだった。
アバルト復活のワケ
イタリアのミニミニ・ダイナマイトが爆裂的に復活! チビっ子なのに強心臓で足腰のバネも抜群、気取ったスポーツカーなんぞ簡単にやっつける痛快ホットハッチが、新発売の「アバルト500」。やたら大排気量の高出力や大きすぎるサイズに食傷気味の昨今、スポーツ大好きエンスーが待ち望んだ清涼剤だ。ここには、オーソドックスなドライビング(いや、クルマとのスパーリングかな)に取り組む楽しさと喜びが充満している。
それはそれとして、乗ってキャアキャア舞い上がる前にちょっと復習。レース魂の伝道者カール・アバルト(これまでカルロと呼ばれることが多かったが、オーストリア出身なので)が、フィアットなど小型の大衆車を徹底的にチューンしたり、そのエンジンを独自のチャーミングなボディに載せたりしてマニアを熱狂させたのが50〜60年代のこと。そのイメージがあまりにも強烈だったので、その後もフィアットのスポーティ系にはアバルトの名前が付けられたり、有名なサソリのバッジが飾られたりしてきた。特に日本では、みんなバッジだけで大喜びしたものだ。
そんなアバルトの名がふたたび脚光を浴びることになったのは、最近ヨーロッパで大流行のレトロ路線がきっかけ。これに乗ったフィアットも往年の人気者ヌオヴァ・チンクエチェント(フィアット自身は2代目と言っているが正確には3代目)のカバーバージョンとして今の「500」(つまり5代目)を出したら大当たり、すっかり若者のアイドルになってしまった。そこで「それなら、これをベースにアバルト仕様も作っちゃおう。ついでにアバルトの名前も独立したブランドにしよう」となって生まれたのが、このアバルト500だ。
みなぎるパワー
そういうわけで、新しいアバルト500はほとんど全面的にフィアット500と同じ。それでも顔とホイールを変え、リアにスポイラーを突き出した(RRのエンジンフードを冷却のため少し持ち上げた往年のアバルトを連想させる)だけで、みごとに熱いイメージを漂わせているから、よほど好き者がデザインしたのに違いない。もちろん今度は横置きエンジンのFFで、1.4リッターのターボから135psを叩き出す。トルクもノンターボの2リッター級に匹敵する太さだ。
プラットフォームの元になった「フィアット・パンダ」の「100HP」が6段MTなのに対しこちらが5段なのは、ターボパンチに対する耐久性を考えてのこと。当然サスペンションも強化され、195/45R16なんて生意気なタイヤも履いている。
そんなアバルトを一言で表現すれば「ビタミン剤をがぶ飲みしたチンクエチェント」。全長3.6m級で1110kgしかないボディに対してパワーは充分以上で、しかも2000rpm以下からモリモリ力が出るので、どこで踏んでもウムムム〜ッと強引に持って行く。せっかくのMTでも、どのギアを使うか考えるより、とりあえず踏んだ方が速い。
高い位置にあるシフトレバーは、そのぶんストロークも短いが、手応えが少しムニョッとしているので、手間を省いて踏めるのは助かる。
ここで少し気になるのは、ベースとなったチンクエチェントと同じく、メーターのデザインが悪いこと。昔のチンクは小さな円形メーターだけで、スイッチが少し付いたダッシュボードはのっぺらぼうだった。その雰囲気を再現しようと、エアコンやオーディオのコントロールをフラットにしたうえで、丸いメーターの中にスピードもタコも同軸で配置したうえオンボードコンピューターも押し込んだからゴチャゴチャ煩雑で、いわゆる瞬読性が非常に悪い。
刺激を欲する若者に薦めたい
余談ながら、ここを逆に言えば、いかにタコメーターなんぞ必要ないかの証拠でもある。いちいちそんなものと相談しなくても、瞬間ごとの響きや加速感を受け止めて、どこがトルクの山か、どこから頭打ちになるかを読み、的確なアクセル操作やシフトアップ/ダウンをできてこそ、本当に愛情あるドライビングというものだろう。アバルト500の場合も、だいたい3000〜4500rpmを中心に、むやみに引っ張らない方が美味しいし、公道では速く走りやすい。
それより褒めたいのは、何と言ってもシャシー全体のバランス感。荒れた舗装路ではちょ〜っとだけ突き上げがキツい(特にリア)が、どこでどう振り回してもタイヤは執拗にグリップし、まず絶対に姿勢を乱さない。たとえオーバースピードで飛び込んで、急にアクセルを戻しながらブレーキングしても、ぶざまにノーズを巻き込んだりしない。腱の逞しさという点では、一回り大きい先輩の「アバルト・グランデプント」(と、それをベースとした『アルファ・ミト』)に匹敵する。このシャシーとタイヤを、かなり重めの電動パワーステアリングでねじ伏せながら攻めると、もう気分はイタリアーノそのものだ。当たり障りのないクルマに飽き飽きしている若者に、ぜひ薦めたいと思う。
それと同時に、オールドファンとして言っておきたいこともある。ここまで元気を演出したアバルト500とはいえ、やっぱり今どきのクルマにすぎない。昔ちょっとだけ乗ったことのある本物のアバルトは、可愛いくせに骨っぽくて、こんなにイージーに走っちゃくれなかった。時代が違うのはわかっていても、誰でも気軽に楽しめちゃうアバルトって、歓迎したくもあり、いささか寂しくもあり、おじさん、ちょっと複雑ではあるのだ。
(文=熊倉重春/写真=荒川正幸)

熊倉 重春
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