第679回:新型「フィアット500」にも観音開きの「3+1」登場 イタリア人が“3ドア”を好む理由
2020.10.29 マッキナ あらモーダ!イタリア流のフリースタイルドア
フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)は2020年10月22日、100%電気自動車(EV)である新型「フィアット500」に新たな車型となる「3+1」を追加した。
前席両側のドアとテールゲート(3ドア)に加え、後席アクセス用のリアヒンジドア(+1ドア)を採用した。同じ観音開きの「マツダMX-30」は両サイドにリアヒンジドアを持つのに対し、500 3+1は右側のみが観音開きだ。
歴代500で初の後席用ドアを備えた車両であり、新型500としては3月発表の「カブリオ」、6月発表の「ベルリーナ」に続く第3の車型となる。
ブランドが想定する500 3+1の顧客は明確だ。プレスリリースを訳せば「かつて仕事帰りに都市のストリートを疾走していた若い男女は今、ワーキングマム&ダッドになっている。朝、出勤途中に子どもを学校に送り届け、午後は彼らをダンススクールや英語教室へと、自らのタスクをこなしながら連れていく。ファミリーとなった彼らは、よりアクセスしやすい室内空間を必要としていると同時に、常に(フィアット)500のようにクールであり続けることを意識している」。そうしたライフスタイルのために、3+1が必要であると説いている。
今回は、EVパワーユニットのことは脇に置いて、そのドアの配置について論じたい。
500 3+1の右後席ドアは、これまたマツダMX-30の「フリースタイルドア」と同様、先に前席ドアを開けないとオープンできない。つまり、後席ドア単独では開閉することができない。
フィアットはそれを逆手にとり「中から開けることができない」ことを強調している。後席乗員として子どもを想定していることから、勝手に開けられない=安全であることをアピールしているのは確かだろう。
同時に、フィアットのチェントロスティーレ(スタイリングセンター)は500 3+1のデザインにあたり、1957年に登場した500の初期型がリアヒンジの前開きドアを持っていたことを意識したという。巧みなストーリー展開である。
近年における欧州の一般量産車で、フロントドアがオープン状態でないと開かないリアドアを持つクルマといえば、2007年の初代「MINIクラブマン」が知られている。“クラブドア”と称するドアを採用していたが、2015年登場の2代目では一般的な5ドアに変更されている。「BMW i3」もあるが、一般的な量産車には含まれないだろう。
いっぽうフィアットは、今回あえてこのドア形状を採用した。500シリーズ最大の市場であるイタリアで、どう受け止められるのか興味深いところだ。
ところで、フィアットが新型500にこうしたドアを採用した背景には、過去のイタリア車との共通点が見いだせる。
3ドア大好き
それは「3ドアに見せたい」、逆にいえば「5ドアに見られたくない」というマインドである。
そうしたイタリア人の思いを最初に知ったのは、筆者がイタリアに住み始めた1990年代末のことであった。
第658回で記した知人のピエロ氏が長年愛用した「フィアット128」を下取りに出し、代わりに免許取得直後の長男ルカのためのクルマを買おうとしているときだった。
ルカが「初代『フィアット・プント』の3ドアにする」というので、筆者が「なぜ便利な5ドアではないのだ?」と聞くと、「3ドアのほうがカッコいいから」と即座に答えが返ってきた。クーペに近い感覚なのである。
今回の執筆にあたり、あらためてイタリア人に聞いてみることにした。
ひとりは20代前半の大学生、エミリオ君である。シエナ旧市街在住で、現行フィアット500を愛用している。
彼は、伝統的に3ドア専用のシティーカーの多くは、上級セグメントの4/5ドア車よりもサイズが小さかったことに言及。「街なかで駐車スペースがすぐに見つけられるし、家の近くに止めるときも、あちこち探さなくていい」と語る。実用上からの観点だ。
いっぽう、フィアットゆかりの地であるトリノ在住、日本でいうところのアラフォーの自動車エキスパート、アルベルト君にも3ドアの魅力を聞いてみる。すると「より気力が感じられるから」というユニークな表現で答えてくれた。やはり3ドアは、スタイリッシュに映るのだ。
そう答える彼は、幼稚園児の親である。察するに3ドアは、所帯じみた感じが希薄なところもイタリア人にとって魅力なようだ。イタリアでワンボックス車がはやらないのも、それに尽きる。
60年前から「4ドアに見られたくない」
面白いことに隣国フランスではイタリアほどの3ドア至上主義は見られなかったし、今日でも見られない。
筆者が考えるに、第2次大戦後における大衆車の影響があろう。フランスでは1948年の「シトロエン2CV」や1961年の「ルノー4」がその代表例だ。読者諸兄もご存じのように、それらは4ドア/5ドアだ。
いっぽう、イタリアの場合は1955年の「600」や1957年の500といったフィアット車、同じく1957年の「アウトビアンキ・ビアンキーナ」が大衆車の代表だ。これらはイタリアの狭い市街地でも最大の機動力を発揮できるよう、2CVやルノー4よりもひとまわり小さくつくられていた。軽量でありながら高いボディー強度を確保し、かつ低コストで製造するには、4ドアよりも2ドアのほうが有利だ。
さらにイタリアは高度経済成長の波に乗り、都市の郊外にも住宅が建てられるようになった。すると自動車の所有形態は「一家に一台」から「一人一台」へと変化していった。
参考までに、その状態は近年も変わっておらず、2017年の「アウトプロモテック」の調査によれば、イタリアにおける100人あたりの乗用車保有台数は62.4台で、ドイツ(55.7台)やスペイン(49.3台)を大きく引き離している。
複数台を所有する家庭が増えると、4/5ドアのメリットである後席乗降性の高さは、さほど重要な要素ではなくなる。
そうした中で、2ドアもしくはそれに代わる3ドア=スタイリッシュという空気が醸成されていったのである。
やがて、そのイタリア人の2/3ドア好きを巧みに反映し、かつ実用性を兼ね備えた4/5ドア車が現れる。
それはアルファ・ロメオがリリースした1997年の「156」と2000年の「147」である。
前者は4ドア、後者は5ドアでありながら、後部ドアのノブを窓と同じ高さに配置したうえ、サッシュと同色の黒として、限りなくその存在が目立たないようにした。
同時にフロントドアを可能な限り長くすることで、3ドア車であるような錯覚を与える効果を狙っている。
それらのアイデアは「ジュリエッタ」にも受け継がれている。また、「日産マイクラ」(日本未導入)でも、近似した手法がとられている。「トヨタC-HR」なども同様だ。
なお、この隠しドアノブに関する特許の一部は、数々のフェラーリのデザインを手がけたことで知られるレオナルド・フィオラヴァンティが所有している。
ちなみに「ビジュアル的に4ドアに見られたくない」ことを目指したデザインのルーツを探ると、ピニンファリーナが1957年に製作し、社主バッティスタの個人車として使われた「ランチア・フロリダII」にたどり着く。
一見2ドアの流麗なクーペだが、実際はBピラーレス・観音開きの4ドアセダンである。
つまりイタリア人は60年以上も前から、2/3ドアに見えるクルマを好んでいたのである。前述のアルベルト君も開口一番、今回の500 3+1に関して「どこか昔のクルマみたいだ」と述べていた。イタリア人ならではの視点で面白い。
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横着者の目にはどう映る?
冒頭のフィアット500 3+1に話を戻そう。ターゲットとされているのは2007年発売の500をイタリアで購入した人々である。彼らの多くは、1970年代中盤から80年代初めに生まれたジェネレーションXと呼ばれる世代だ。この世代が子どもを抱えるようになったことを、フィアットは的確にリサーチしていたのだ。
実は現行の「ランチア・イプシロン」も、彼らにとって適切なクルマということになる。これまた後席に隠しドアノブを備えた5ドア車だ。
しかし発売は2011年だから、もはや9年選手である。2021年に予定されているFCAとグループPSAの経営統合によって、仮にランチアブランドが廃止された場合、最後に残ったランチア車であるイプシロンもカタログから消えることになる。
ドアという観点からは、今回の500 3+1は“なんちゃって3ドア”好きの国のユーザーに対する、至って真面目な次世代への提案と見ることができる。
フィレンツェに住む30代の初代「フィアット・パンダ」愛好家は、500 3+1を見て、「楽しくて快適そうだ。販売も伸びるだろう」と印象を述べてくれた。前述した大学生のエミリオ君も「後席へのアクセスが容易そうで実用的。とても興味がある」と語る。
最後に筆者自身のことを記せば、日本でもイタリアでも2/3ドアのクルマを所有したことがない。いちいち前席のバックレストを倒して後席にアクセスするというのが耐え難かったのだ。
胸ポケットが付いていないイタリアのシャツは、たとえシルエットが美しくても、やはり不便である。
アイデアを書き留める際も、外したキャップを胴軸(本体)に刺さなければならないイタリアのしゃれた筆記具ではなく、どこでもらってきたかも忘れてしまった日本のノック式ボールペンをつい手に取ってしまう。
かくもイタリア人になりたくてもなれない筆者だが、フィアット500 3+1の後部ドアのご利益はあるだろうか。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=フィアット・クライスラー・オートモービルズ、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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