マセラティ・グラントゥーリズモSオートマチック(FR/6AT)【試乗記】
セクシーの奥に秘めたもの 2009.09.11 試乗記 マセラティ・グラントゥーリズモSオートマチック(FR/6AT)……1784万3000円
イタリアンスポーツクーペ「マセラティ・グラントゥーリズモ」に、4.7リッターエンジンとトルコンATを組み合わせた「Sオートマチック」が加わった。ムード重視のクルマと思って走り出してみたが……。
日常で真価を発揮
試乗した印象について伝える前に、簡単にラインナップを整理しておこう。基本形であるマセラティ・グラントゥーリズモは最高出力400psを発生するV型8気筒4.3リッターに6段ATを組み合わせたスポーツクーペ。続いて導入されたグラントゥーリズモSは、パワートレインを440psを発生するV型8気筒4.7リッターとトランスアクスルレイアウトの6段シーケンシャルMTの組み合わせに置き換え、よりファームなサスペンションや1インチアップの20インチタイヤでシャシーを強化したという、徹底的に走りに振った仕様である。
では新たに登場したグラントゥーリズモSオートマチックはといえば、エンジンは「S」用の4.7リッター440psユニットを使いながら、これに6段ATを組み合わせて、より日常性を高めたモデルと言える。この手のクルマが欲しい人は、大抵は一番良いグレードを求めるはず。しかし、それが必ずしも硬派な方向でなくてもいい。そのあたりをうまく突いたモデルと言えそうだ。
実際、その走りのキャラクターは「S」よりは素のグラントゥーリズモの延長線上にあると言えそうだ。つまり、それほど硬派には振られておらず、日常的なシーンでこそ真価を発揮する躾けである。
排気量4.7リッターのパワーユニットは7000rpmで最高出力を発生するというスペックどおりの圧倒的な高回転型。低速域ではやや線の細さを感じるが、実際には排気量があるだけに、トルク自体は決して不足していない。要は中〜高回転域の活発さが、そんな風に感じさせるのだ。
硬派どころか軟派
それにしても艶っぽい吹け上がりである。そのキメの細かなタッチは排気量と気筒数からすると驚異的なほど。しかもセンターコンソールにあるSPORTボタンを押せば排気音がさらに刺激を増す。グラントゥーリズモSのような炸裂ぶりではなく、住宅街で気を使うようなことは無いが、それでも十分陶酔できること請け合いである。アクセルオフ時の軽いバックファイア的なバラバラとした音も、ヤル気をそそる。
惜しいのはパドルを引いて手動で選んだギアでも7000rpmあたりで自動シフトアップしてしまうATの設定だ。自動シフトアップ自体はクルマの性格からすればいいとして、せっかく伸びを楽しもうと思ってパドルに指を伸ばしているのだから、あと200〜300rpmでも伸びてくれれば快感度はさらに高まるはず。現状は絶頂に向かう途中で、ブツッと強制終了させられてしまう感じなのだ。
シャシーの味付けは、硬派どころかほとんど軟派といっていいほどである。ステアリングは拍子抜けするほど軽く、乗り心地も芯の硬さは感じるものの、あたりは20インチタイヤを履くとは思えないほどふんわり柔らか。あまりの手応えのなさに不安に感じてしまうほどだ。SPORTボタンを押せばダンパー減衰力が高まるが、それでももう少し確かな接地感があっても……と感じさせる。サスペンションにはグラントゥーリズモにもオプションで用意されているスカイフック制御が採用されているが、 これが何と言うか、上から引っぱり過ぎ? と言いたくなるような印象なのだ。
もっとも実際の接地性が低いわけではない。手応えの無さにこわごわステアリングを切り込むと、反応は想像以上にダイレクトでノーズがグイッとイン側に引き込まれる。2940mmというロングホイールベースが信じられないほどだが、前後49:51という前後重量配分を聞けば、それも納得だ。
攻め込むと、変わる
その感覚に慣れるに従って、徐々に軽い身のこなしを楽しめるようになってくる。初期制動が甘く、奥に入りがちのブレーキにさえ気を使えば、ステアリングに添えた手にそっと力を入れるだけでビビッドな回頭性を満喫できる。むしろ力を入れたほうが、かえってギクシャクする感じである。
きっとグラントゥーリズモSオートマチックとは、名前どおりのそんなグランドツーリングカーなのだろう。真剣に走りと対峙するというよりは、流すような走りでこそ光る、あくまでムード重視の……。そう結論づけようと思っていたのだが、最後にもういっぺんだけ真剣にコーナーに挑んでみたら、別の一面が垣間見えた。タイヤがムズムズするくらいまで攻め込むと、4輪の接地感がありありと伝わってきて、クルマとの意思疎通がグッとダイレクトになる。硬派なスポーツカーとしての表情をむき出しにし始めるのだ。
さすがマセラティである。普段は内外装から走りに至るまで徹底的にラクシャリーでセクシー。しかし本気で走りに挑めば、それに真剣に応える硬派な部分も、奥にしっかり秘めているのである。
そのキャラクターはグラントゥーリズモとグラントゥーリズモSの良いとこどりと言ってもいいかもしれない。今後、グラントゥーリズモのセールスの主力は、まさにこのモデルが担うことになるのではないだろうか。
(文=島下泰久/写真=荒川正幸)

島下 泰久
モータージャーナリスト。乗って、書いて、最近ではしゃべる機会も激増中。『間違いだらけのクルマ選び』(草思社)、『クルマの未来で日本はどう戦うのか?』(星海社)など著書多数。YouTubeチャンネル『RIDE NOW』主宰。所有(する不動)車は「ホンダ・ビート」「スバル・サンバー」など。
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