ポルシェ911 GT3(RR/6MT)【海外試乗記】
ぐっとフレンドリー 2009.07.02 試乗記 ポルシェ911 GT3(RR/6MT)911シリーズのNA最強モデル「GT3」がバージョンアップ。公道はもちろん、サーキットもステージとするスポーツカーは、どう進化したのか? 生まれ故郷のドイツで試乗した。
直噴もPDKもないけれど……
ポルシェ911が、水冷の996型へと移行して約2年後。空冷時代のようなストイックでスパルタンな911への郷愁の声の高まりに応えるが如く世に出たのが、ポルシェ911 GT3である。あれから早10年。数度の進化を重ね、GT3としては4世代目のモデルがいよいよ登場した。
昨年のカレラシリーズの大幅な進化ぶりからすれば、新しいGT3にも同様の進化が期待されるのは無理もないだろう。しかしシュトゥットガルト近郊の街で対面した新型GT3には、新世代の直噴エンジンやPDKと呼ばれる7段デュアルクラッチギアボックスは搭載されていなかった。つまり単なるスキンチェンジ? いやいや、ポルシェがそんなことをするわけが無い。新型GT3は、パフォーマンスと日常性をともに引き上げた、期待に応えるモデルに仕上がっていた。
最大の目玉はエンジンだ。その排気量は先代の3.6から3.8リッターに拡大され、無段階バルブタイミング可変機構のバリオカムが、吸気側に加えて排気側にも搭載されている。結果として最高出力は20psプラスの435ps、最大トルクも2.5kgmプラスの43.8kgmにまで高められた。ちなみにエンジンブロックは新型ではなく、これまで同様の911 GT1用をルーツにもつM64型である。
トランスミッションは6段MTのみ。PDKは重量が嵩むからという説明もあったが、実際のところは、まだどれだけ需要があるか掴み切れていないということだろう。M64ユニットは寸法からなにから新世代ユニットとは違うため、カレラシリーズ用のPDKを持ってくれば簡単に付くというわけではないのだ。とはいえ、フェラーリもランボルギーニも、今やエボリューションモデルは2ペダルである。ニーズは必ずあるはずだ。あるいは客層は微妙に変化するかもしれないけれど。
振動を感じない
サスペンションの形式は変わらないが、当然、ファインチューニングの手は入れられている。目をひくのはセンターロックホイールの採用。これは4本で約3kgの軽量化に繋がるという。軽量化という意味では、ブレーキにも手が入れられ、またサスペンションも、やはり軽量な荒巻き形状とされている。
パワーが向上し、ロードホールディングも良くなった。ここまで見ただけでも、それは容易に想像できるところだが、実際に乗ってみるとそれだけには終わらなかった。一番の驚きは、実は快適性である。
エンジンをかけると、背後のフラット6は相変わらず迫力の咆哮を炸裂させる。しかし不思議なことに、今までは付き物だった振動がほとんど感じられない。そう思ったら、試乗車はオプションのPADM(ポルシェアクティブドライブトレインマウント)付きだった。電子制御の硬度可変エンジンマウントが、いざという時にはエンジンの動きをしっかり抑えつつも、普段は振動を逃がしてくれるのだ。
乗り心地も改善されている。バネ下が軽くなり、アシがスムーズに動くようになったことで、低速域でもゴツゴツとした感触が伝わってこないのである。
そうは言いつつも、もっとも力が入れられているのはやはり走りだ。動力性能は当然向上している。レブリミットが100rpm上の8500rpmに引き上げられたことにも感心させられるが、実際に恩恵が大きいのは中回転域のトルクアップだろう。4000rpmを境にスイッチが切り替わるように音が変わり、吹け上がりが一気にシャープになる、その感触は堪らない。
旧型オーナーが羨む装備
試乗日は週末で、アウトバーンの交通量は多く、速度無制限区間でも最高速は270km/hあたりまでしか試せなかった。この程度はGT3なら鼻唄まじり。追従性の増したサスペンション、そしてなんと、従来の2倍のダウンフォースを発生するという、空力パーツのおかげだ。
一方ワインディングロードでは、筆者の腕ぐらいでは限界を垣間見ることすら出来なかったというのが正直なところ。それでも、ようやくPSMが標準装備されたことで、攻めるのが心理的にだいぶ楽になったとは言える。公道では雨だって降る。まるでセミスリックのようなタイヤが標準のGT3だけに、この恩恵は計り知れないものがある。
公道といえば新型GT3には、これまたついにフロントの車高調整システムがオプションに加わった。世界のオーナーの約7割が、なんらかのかたちでサーキット走行を楽しんでいるというGT3だが、同時にほとんどのオーナーが普段は公道で乗っているだけに、すぐ擦ってしまうフロントスポイラーはずっと悩みの種だったのだ。ただし、前述のとおり空力をさらに追求した新型は、リップスポイラーがより前に突き出た感もあるから、どれほどの効果があるかは要検証だ。
この新しいGT3、日本での価格は1712万円と発表されている。快適性や使い勝手の面では10年でぐっとフレンドリーになった反面、10年前はカレラの300万円増しとなる1290万円だった価格は、さらに遠い存在になってしまった。ちょっと複雑な、しかしやっぱり惹かれてしまう、ポルシェのニューモデルである。
(文=島下泰久/写真=ポルシェ・ジャパン)

島下 泰久
モータージャーナリスト。乗って、書いて、最近ではしゃべる機会も激増中。『間違いだらけのクルマ選び』(草思社)、『クルマの未来で日本はどう戦うのか?』(星海社)など著書多数。YouTubeチャンネル『RIDE NOW』主宰。所有(する不動)車は「ホンダ・ビート」「スバル・サンバー」など。
-
スズキ・エブリイJリミテッド(MR/CVT)【試乗記】 2025.10.18 「スズキ・エブリイ」にアウトドアテイストをグッと高めた特別仕様車「Jリミテッド」が登場。ボディーカラーとデカールで“フツーの軽バン”ではないことは伝わると思うが、果たしてその内部はどうなっているのだろうか。400km余りをドライブした印象をお届けする。
-
ホンダN-ONE e:L(FWD)【試乗記】 2025.10.17 「N-VAN e:」に続き登場したホンダのフル電動軽自動車「N-ONE e:」。ガソリン車の「N-ONE」をベースにしつつも電気自動車ならではのクリーンなイメージを強調した内外装や、ライバルをしのぐ295kmの一充電走行距離が特徴だ。その走りやいかに。
-
スバル・ソルテラET-HS プロトタイプ(4WD)/ソルテラET-SS プロトタイプ(FWD)【試乗記】 2025.10.15 スバルとトヨタの協業によって生まれた電気自動車「ソルテラ」と「bZ4X」が、デビューから3年を機に大幅改良。スバル版であるソルテラに試乗し、パワーにドライバビリティー、快適性……と、全方位的に進化したという走りを確かめた。
-
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】 2025.10.14 2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。
-
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】 2025.10.13 BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
NEW
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
NEW
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。