ジャガーXKRクーペ(FR/6AT)/XKポートフォリオ・コンバーチブル(FR/6AT)【試乗速報】
若返りは成功したか? 2009.06.08 試乗記 ジャガーXKRクーペ(FR/6AT)/XKポートフォリオ・コンバーチブル(FR/6AT)……1569万8000円/1450万円
5リッターエンジンを搭載した最新の「ジャガーXK」に試乗した。リポーターは、変わりつつあるジャガーの脈動を、このクルマからも感じたという。
口は出さない
米国資本のフォードを離れ、インドの財閥系自動車メーカー、タタ(Tata)モータースの傘下に入って最初の新作ジャガーが「XK」シリーズである。グランドトゥアラーのXKが現行の2世代目に生まれ変わったのは2006年夏。新作といっても2年半ぶりの大がかりなマイナーチェンジだが、果たしてそこにインディアン・テイストみたいなものが滲んでいるのかどうか、興味がもたれた。
結論から言うと、べつにカレーのニオイはしなかった。フォード傘下時代のジャガーは、プラットフォームやエンジンで可能な限りフォードとの共通化を図ろうとしたが、インド純国産の国民車メーカーを目指すタタにそうしたシナジー効果は期待できない。旧宗主国の名門ブランドを手に入れたタタの姿勢は、いまのところ「金は出すが、口は出さない」という、よきスポンサーのお手本であるようにみえた。もっとも、製品に影響が出るには、まだ日が浅すぎるだろうが。
12年ぶりにエンジン一新
ジャガーがこのところ熱心に推し進めているイメージ戦略は「若返り」である。「XJ」よりカジュアルな4ドアサルーンとして2007年に登場したXFをみると、ジャガーの目指すところがよくわかる。
今回、箱根の試乗会でまず試した新型XKは、ハイパワーモデルの「XKRクーペ」である。エンジンをかけると、ウッドパネルで飾られたセンターフロアからアルミ製のダイヤルが音もなくせり上がってくる。Jシフトと呼ばれたATセレクターにとって代わる新趣向「ジャガードライブセレクター」だ。「XF」で初お目見えした今ふうのカッコイイ運転装置がXKにも採用されたのである。ドライブセレクターのダイヤルはギアのポジションを変えるだけだから、エンジンブレーキやスポーツ走行で任意に6段ギアを変速したいときにはステアリングの裏側に付くパドルで行う。XKシリーズも、パドルシフトで走らせるクルマになったのである。
さらにマイナーチェンジの目玉は、エンジンの刷新だ。長く使われてきたジャガー製V8が12年ぶりに全面改良されたのである。「AJ-V8」の第3世代にあたる新しい直噴ユニットは、排気量が4.2リッターから5リッターに拡大されている。時代に逆行するようだが、環境性能も向上した。XKRに搭載されるスーパーチャージャーユニットは510psというジャガー史上最強のパワーを誇る一方、CO2排出量を292g/kmに抑えた。ちなみに0-100km/hが4.8秒という加速性能は、5リッターV10(507ps)の「BMW M5」(4.7秒)と肩を並べるが、M5は1kmに344gのCO2を出す。5リッター級のスーパースポーツでも、CO2を200g/km台に収めるのが、今後は欧州メーカーの沽券にかかわる目標値になるはずだ。
新エンジンを得たXKRは、4.2リッター時代より軽快になった。排気量アップにもかかわらず、ルーツ式スーパーチャージャーで過給される5リッターV8は回転フィールが軽やかになった。ステアリングやペダルなどのコントロール系も以前より軽くなった。XKRには、XFと同じ「アクティブ・ディファレンシャル・コントロール」が新採用されている。より曲がりやすく、より操縦安定を高める駆動制御機構だ。それらの相乗効果で、全長4.8メートル、車重1.8トン超の重量級GTにもかかわらず、かるく振り回せる。ひとことで言うと、運動神経がよくなった印象だ。10年近く前、先代のXKRで箱根を飛ばしていたら、徐々にラジエターホースがゆるみ、ボンネットから蒸気が盛大にたなびいて、気がつくとSLみたいになってしまった。そんなことも、今回はもちろんなかった。
キレ増して、コク薄れる
もう1台試したのは、XKのコンバーチブルである。自然吸気5リッターV8で、385psのこちらもパワーは十分以上だ。オープンボディはどうしても剛性が落ちるから、コンバーチブルは少し控えめなこっちのエンジンのほうが合っている。
試乗車は「ポートフォリオ」という豪華トリムの新グレードで、内装は白。ビバリーヒルズやコート・ダジュールの“勝負ジャガー”だ。白日の下、まばゆいばかりのホワイト内装に包まれたオープンジャガーをパドルシフトでコントロールしている自分にちょっと戸惑う。
ひとつ気になったのは、内装の質感や仕上げに昔ほどの手づくり感がなくなってきたことだ。革と木の使用面積は大差ないにしても、乗ったとたん、人をウナらせるジャガーのありがたみはどうなのか。クルマとしてのキレは増しても、コクが薄れつつあるようにみえるのは、古くからのジャガー・ウォッチャーとしてはちょっと寂しいところである。
見た目のアンチ・エイジング対策は新型XKでもぬかりなく、フロントマスクはかなり若づくりになった。55個のLED(発光ダイオード)を使ったテールランプで、バックスタイルもリフレッシュされた。デザインチームの平均年齢は34歳。なかにはiPodのようなガジェットのオタクもいるという。
(文=下野康史/写真=郡大二郎)

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。