第94回:ヨーロッパ随一!? の「アメ車保護区」発見!
2009.06.06 マッキナ あらモーダ!第94回:ヨーロッパ随一!? の「アメ車保護区」発見!
ヨーロッパでは、馴染みが薄い
ゼネラルモーターズ(GM)がついに米連邦破産法11条の適用を申請した。
当然イタリアでも報道されたが、ニュースに割いた時間はといえば、先日までのフィアットによるオペル買収関連のほうが明らかに長かった。
そもそもイタリアの一般人にとって、GM倒産はそれほどの関心事ではない。4年前までフィアットがGMと提携していたことでさえ、ケロリと忘れている人が大半だ。
背景のひとつは、「GM」というブランドのクルマがないからであろう。シボレーといっても2005年以降、ヨーロッパでは韓国GMDAT製のコンパクトカーやSUVを指すようになっている。若い世代で、シボレーがアメリカ発祥だと知る者は稀だ(コルベットは別ブランドとして扱われている)。
キャデラックも、熟年世代以上には高級車の一般名詞的に浸透しているものの、GMの1ブランドとして認識している人は限られている。GMに限らず、ヨーロッパの普通の人たちは、アメリカ車全体に馴染みが薄いのだ。
その理由はひとえに、見かける機会がきわめて少ないからだ。数少ない例外は、オーストリアのマグナ・シュタイアで製造されたクライスラー系である。「ボイジャー」「グランドボイジャー」、旧ダイムラー・クライスラー時代の産物である「300C」、そして「ジープ・グランドチェロキー」といったモデルだ。
前述のキャデラックも、多くの人がとっさに連想するのは、往年のテールフィンを生やした頃のものだ。いっぽうで、今日のキャデラックがどういう形をしているか、知っている人は少ない。
アメ車が目立つ街
そうしたなか、アメリカ車が愛好されている珍しい街がある。スイスのジュネーブだ。GM系では1980-90年代の「ビュイック・センチュリー(日本名リーガル)」や、その姉妹車、クライスラーではあのリー・アイアコッカ会長が80年代に企業再生の切り札として登場させた「Kカー」のバリエーションあたりを、たびたび目撃する。
街の中古車店にも、1台や2台はアメリカ車が置いてあることが多い。彼らのウェブサイトでも、1990年代のフルサイズセダンが、邦貨にして100万円以下で売られていたりする。走行距離も少なく、明らかにガレージ・コンディションだ。
隠れアメリカ車ファンであるボクなどは、いつか1台買って帰りたいと思っているくらいだ。ただしEU加盟国同士でも、中古車を他国で買ってくるのには面倒な手続きが必要。ましてや加盟国でないスイスで売っているクルマをイタリアに持ってくるなど、その手間は気が遠くなるほど大変なので、ぐっと我慢している。
「ジュネーブにアメリカ車が普及したのはなぜか?」
この地にはGMヨーロッパの本社があるが、そんなことは一般ユーザーにとって関係のないことであろう。少し前、同じフランス語圏のスイスに住む70歳代の自動車業界の人物に、この疑問をしてみた。
すると彼は、「スイスには1950-60年代にアメ車ブームがあったのです。その名残ですよ」と、すぐに教えてくれた。他国の例にもれず、当時のアメリカ車は豊かさの象徴だったという。とくにジュネーブの市民たちは、それを憧れに終わらせず、実際に買えるだけの資力があった。住宅や庭も広く、ガレージにも困らない。かくして、アメリカ車文化が根付いたらしい。
スイスはクルマ連邦だ!
ではなぜ、今日でもジュネーブにはアメリカ車が多いのか?
それを解く鍵は地理的条件にあった。ジュネーブ自体は小さいが、南側に広がるフランス・サヴォワ地方に向かうと、モンブランに行き当たるまで山に挟まれた平野である。レマン湖畔を東に向かって移動しても、それほど険しい道はない。道路もよく整備されている。
そうした道を走るのには、ワインディングロードを走破するためにスプリングが強化された欧州車よりも、アメリカ車のほうが楽ちんだったのである。
またジュネーブには、国際機関関係者や外交官など、アメリカ車のイージードライブを知っている人が多いことも背景にある。
さらにスイスでは環境保護上、ディーゼルの燃料価格よりもガソリン価格のほうが安く設定されている。このことも、ジュネヴォワ(ジュネーブ人)がアメリカ車に乗り続ける背景にあろうことが容易に想像できる。
そんな「アメ車保護区」ジュネーブだが、スイスの他の地域は? というと、途端にアメリカ車は姿を消してしまう。
かわりに、ジュネーブでは運行されていない郵便バスが往来する山岳地があったり、雪が多いイタリアとの国境地帯では、スバルの四駆がやたら重宝されている村があったりする。スイス連邦は26のカントンといわれる州と、4つの言語が並存する連邦国家であるが、自動車に関しても地域特性が強い“クルマ連邦”なのである。
そういえば今頃から夏にかけて、我が家の近く、年によってはミッレミリアコースとなるキャンティの山道で、スイスから来たアメリカ車と遭遇することがある。風景とのミスマッチ以上に、その激しいロールが特徴的だ。対向車線を走っているボクのほうが思わず心配になってしまうことは、いうまでもない。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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