フォルクスワーゲン・シロッコTSI(FF/7AT)/2.0TSI(FF/6AT)【試乗速報】
クルマ好きによる、クルマ好きのための 2009.05.25 試乗記 フォルクスワーゲン・シロッコTSI(FF/7AT)/2.0TSI(FF/6AT)……392.0万円/461.7万円
「面白いカッコだなぁ」というフォルクスワーゲン・シロッコへの第一印象は、試乗を終える頃には「面白いクルマだなぁ」に変わっていた。
国内乗用車市場が人口100人の村だとしたら
試乗会会場で「フォルクスワーゲン・シロッコ」を見てギョッとする。眼光の鋭い、薄っぺらい物体が道路にへばり付く姿は、ちょっと異様に感じた。4本の脚を大きく広げた平べったいこのクルマを、自分はどこかで見たことがあると思った。細〜い記憶の糸を辿っていくと、それはクルマではなくミズスマシだった……。
でも、試乗を終えて数日経った今、ギョッとした部分ほど強く心に残っているから面白い。後になって「どんなカッコだったっけ?」と姿形が思い出せないクルマも多い中、シロッコだったら何も見ずにフリーハンドで絵が描けそうだ。で、テリー伊藤さんの名言を思い出した。それは「ビートルズにしろビートたけしにしろ安室奈美恵にしろ、人気者はデビュー時に常識人をギョッとさせた」という言葉。なるほど、新型シロッコにも人気者の素質はあるのかもしれない。
ギョッとしたのにはもうひとつ、最近はこの手の車高の低いクーペを見かけなくなったという理由もある。フォルクスワーゲン・ジャパンの資料によれば、輸入クーペの市場規模は年間1万台ちょぼちょぼ、国産クーペをあわせても3万台には届かない。2008年の国内乗用車販売台数は280万台ちょいだから、国内乗用車市場が人口100人の村だとすると、クーペはひとりぼっちという計算になる。
ここで今度は、徳大寺有恒さんの「クルマ趣味に関しては少数派のほうが楽しい」という名言を思い出した。なんだか名言集みたいな原稿になっていますが、「フォルクスワーゲン・シロッコ」はカッコだけでなく、操作フィーリングも万人受けは狙っていない。一部の好きモノの心に響くように作られているから、クルマ好き、運転好きにはグッとくるのだ。
ゴルフとは明らかに異なる肌触り
日本に導入される「フォルクスワーゲン・シロッコ」は、2リッターのガソリン直噴エンジン+ターボ搭載の「シロッコ2.0TSI」(200ps)と、1.4リッターガソリン直噴+ターボ+スーパーチャージャーを積む「シロッコTSI」(160ps)の2グレード。前者には6段DSG、後者には7段のDSGが組み合わされる。まずは、よりパワフルな2リッターの「シロッコ2.0TSI」から試乗開始。
シートに腰掛けると、座る位置の低さにびっくり。道路の上に直接座椅子を置いて座っているみたい。窓とリアハッチのガラス部分の面積が非常に狭く、懐かしい囲まれ感がある。ギョッとしたエクステリアに比べると、先代ゴルフや現行パサートのコンポーネンツを手直しした印象のインテリアの意匠はごく平凡。冷蔵庫の残りモノで手早く作った感じで、おいしくて栄養もあるのかもしれないけれど、せっかくのパーティなんだからもうちょい華やかさがほしい。
しかしながら、ひとたび走り出すとゴルフとは異なるスポーティな感触が伝わる。シート位置の低さは伊達ではなく、ノーズが路面を舐めるようにコーナーをクリアしていく。足まわりは先代ゴルフの発展型(ということはつまり、現行ゴルフの改良型とも言える)。けれど、ステアリングを切った瞬間のダイレクトな手応え、ぴたっと向きを変える敏捷さ、よくチェックされたロールの量など、スポーティクーペにふさわしい味付けになっている。サスペンションを専用設計し、ゴルフ5(先代)のGTIに比べてトレッドを拡大(フロントで25mm、リアで55mm)したことなどで、実用車たるゴルフと差別化を図っている。
2リッターのターボユニットの鋭いレスポンスも華を添える。このエンジンは、ボア・ストローク比など基本構造はゴルフ5のGTIに積まれていたものに準じるものの、ほとんどのパーツが新設計されたという。結果として、出力よりも燃費やフィーリング面が大きな改善を見た。アクセルを踏んだ瞬間、路面にパワーがキュンと伝わる感触は快感だ。官能性というと、ラテンのホットハッチを形容する時に使う常套句だ。けれども個人的には、精緻に作られたものが正確に動くプロダクトにもある種の官能を感じる。
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安い1.4リッター仕様に惹かれる理由
シフトセレクター前方には「SPORT」「NORMAL」「COMFORT」の切り替えスイッチが備わり、ダンパーの減衰力と電動パワステの設定を変更できる。これはかなり効果的で、とくに山道でペースを上げたい場合などに「SPORT」を選ぶと、乗り心地は硬くなるもののゴーカートフィーリング(©MINI)を味わうことができる。面白いのは電子制御式シャシーコントロールDCCが備わらず、パワーでも劣る“素”の1.4リッター仕様の「シロッコTSI」のほうが気に入ったことだ。
まず、乗り心地が爽やかで、清々しい。敏捷性と安定性が高度にバランスしているという基本コンセプトは変わらないけれど、1.4リッターモデルのほうがコーナーや凸凹をさらりさらりとかわしていく手応えがある。限られたパワーを出来のいいDSGで引きだすあたりもインテリっぽい。対する2リッターモデルは、エンジンの大パワーもあって、威力でコーナーを制圧する感触がある。2リッターのほうが速いけれど、1.4リッターのほうが新しい乗り物だという印象。
試しに後席に座ってみる。乗り込む時に腰を折り曲げる必要があるものの、ひとたび座ってしまえば頭上空間も足元スペースも広々としている。荷物置き場としてではなく、座席として使える。初代シロッコや初代ゴルフをデザインしたジウジアーロを“空間の魔術師”と評する人がいるけれど、3代目シロッコのデザインを統轄したワルター・デ・シルヴァのマジックもかなりレベルが高い。
ま、実用性があるとはいえ、やはりこのクルマがバカ売れすることはないでしょう。少なくとも日本においては、少数派のためのプロダクトだ。そして数は少ないかもしれないけれど、新型シロッコを買った方たちは深く満足するはず。クルマ好きが、クルマ好きのために作ったことがひしひしと伝わってくる。
(文=サトータケシ/写真=荒川正幸)
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サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。
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