第39回:今度のクロエは田舎娘! ベガスを目指すロードムービー − 『HICK ルリ13歳の旅』
2012.11.13 読んでますカー、観てますカー第39回:今度のクロエは田舎娘! ベガスを目指すロードムービー 『HICK ルリ13歳の旅』
乗っているクルマで人を判断できるか?
乗っているクルマを見て、人の本性を見極めることができるだろうか。もちろん、できるわけがない。クルマの種類なんてたかが知れているが、人の性格は千差万別だ。とは言え、実際にはクルマのイメージで人を判断することが往々にしてある。黒塗りの高級ドイツ車から坊主頭にグラサンの男が出てくれば身構えるだろうし、5ナンバーのミニバンに乗っているのは子煩悩なお父さんだろうと想像する。実際には逆の場合だっていくらでもあるはずだが。
『HICK ルリ13歳の旅』は、家出した少女が田舎町からラスベガスを目指すロードムービーだ。旅の始まりで、彼女は通りがかりのクルマに乗せてもらう機会に2度遭遇する。どちらのクルマを選ぶかで、運命は大きく変わってくるだろう。
ルリはアメリカ中西部のネブラスカに住んでいる。何もない農村地帯だ。両親は教育熱心とは言いかねるタイプのようで、ボロ靴を履いた彼女は、ひとりでスケッチブックに絵を描いて日がな過ごしている。13歳の誕生日パーティーを開いてもらったが、そこは近所の酔っぱらいが集まるバーだ。父は酔いつぶれ、母は男たちとダンスをしている。ルリが誕生日プレゼントとしてもらったのは、スミス&ウェッソンの45口径だ。何もかもが、ローティーンの女の子には似つかわしくない。
ピックアップトラックのカウボーイ
ある朝、投資家と名のる男が「キャデラック・デビル・コンバーチブル」でやってくる。着飾った母はいそいそと助手席に収まり、彼についていってしまった。酔いどれの父が帰ってきたが、妻が出奔したことを知ると、ボロい「シボレー・ノバ」に乗ってどこかへ行ってしまう。ひとり残されたルリは、“運命に逆らおう”と心に決める。スミス&ウェッソンをバッグに放りこんで、さっそうと家を出た。
ルリを演じるのは、“ヒットガール”ことクロエ・グレース・モレッツだ。『キック・アス』でコスプレ&アクションを華麗に決めていた彼女だが、もう子供の面影はない。ちょこまか飛び跳ねていた頃とは打って変わって、体つきは少々肉付きがよすぎるぐらいだ。ショートパンツにヘソ出しというビッチテイストあふれるスタイルだから、道で手を挙げればすぐにクルマがつかまる。シボレーのピックアップトラック「C-10」が近づいてきて、エディ(エディ・レッドメイン)が声をかけてきた。
カウボーイハットをかぶった純朴そうな青年で、足が不自由だ。しばらくは平和に会話していたが、途中で雲行きがあやしくなる。エディはルリの服装が“売春婦”みたいだと言い放ち、それに対して彼女は彼の足のことをばかにした言葉で返してしまった。字幕では「足の不自由な人」と呼びかけたことになっていたが、そんな説明的な言い方をするはずがない。明らかに差別的な言葉を使っているのだ。
キャデラックのセクシー美女
ルリはクルマを降りて、橋の下で野宿するハメになる。水しぶきがかかって目を覚ますと、派手なピンクのドレスを着た女が立ったまま上から放尿していた。ゴージャスでセクシーを絵に描いたような女、グレンダ(ブレイク・ライヴリー)だ。クルマもいかにもなチョイスで、「リンカーン・コンチネンタルMkV」に乗っている。ただ、ダッシュボードの上は布でデコってあるし、ルームミラーからは妙なボールがぶら下がっている。洗練された趣味の持ち主ではないようだ。
先へ進むと、待ち構えていたようにエディが現れた。ここが、分岐点である。シボレーのトラックに乗った純朴そうな青年と、リンカーンのクーペに乗ったセクシー美女。どちらを選べばいいのか。あるいは、この世に良い人などいなくて、正しい選択などないのか。
この作品は、アンドレア・ポーテスのベストセラーが原作である。彼女自身ネブラスカ出身で、これは半自伝的作品だと話している。“hick”とは無知な田舎者を意味するスラングで、ラスベガスに憧れる中西部の少女を表すにはピッタリの言葉だ。悪い大人にとっては、こんなに扱いやすいカモはいない。特徴的な形の鼻を持つクロエのブスかわいさが、この役に妙なリアリティーをもたらしている。彼女のファンのために付け加えておくと、映画の後半で見せる黒髪ショート姿は必見だ。
最終的に選んだ移動手段が、彼女の未来を決める。選択肢は、二つではない。自ら行き先を選べば、クルマはどこにだって連れていってくれる。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。